第八節『女子寮』

 女子寮はほぼ男子寮と同じ作りで二人一組の相部屋だ。ミクリアのルームメイトは——ってララじゃん!


 忘れていた。なぜ自分とミクリアに接点があったのか。このまま白亜と一緒にミクリアの寮室に行ってしまえば隣をのんきに歩いている白亜がどうなるかわからない。


 いや、これはむしろチャンスなんじゃないか? もしミクリアが僕たちの提案を受け入れたとしたら僕、白亜、ミクリアの三人で約一年間も互いに背中を預けあう旅をすることになる。まあ生きていられればの話だが。ともかくそんな状態が続けば絆は深まるだろうし恋愛感情も出てくるのではないだろうか。


 少なくともララはそう考えるはずだ。そうなればララもついてくるはずだ。あわよくば四人目の隊員確保もできるだろう。そんな損得勘定が働いてしまい白亜にこの事実を伝えることが惜しくなってしまった。


「ほら、できたよ」


 と、もう入寮許可証が出たのか。いつの間にか到着していた女子寮、玄関口前の事務室で白亜が入寮手続きを済ませていた。


「変なことをしないようにね」


 事務のおばさんがそう言った。全く何を考えているんだか。純真無垢、清廉潔白という言葉がぴったりくる僕にそんなことを聞くとは。白亜はおばさんが言ったことの意味を理解していないのかきょとんとしていた。


 全く…顔を赤らめていたのは僕だけだったか。


「ま、ありがとな。ばあちゃん」


「おばあ様とお呼び。それにねまだまだ現役だよ。お前たちのような青二才にはこの入れ歯一つとれやしないね」


「なんだそりゃ」


 そんな祖母と孫の会話を眺めながら僕は思う。もし、もしも僕が一つ願いを叶えられるなら僕は家族の記憶を戻してほしいと願うだろうかと。


 まあそんなことは置いておいて僕たちは目的の場所へ向かうべく薄暗い階段を上る。


 この学校の寮は男女ともに木造二階建てで回収も繰り返されているが、それでも築年数約千六百七十七万年の建物は雰囲気が違う。あくまでも世の中に数ある暦のうち、『五心色』様が最初にこの世に生まれ落ちた時を起源とする数え方での話だが。


「やっぱり築百万年の建物は違うな」


 こいつは何を言っているのだろうか。


「あのな、この学校はな、『五心色』様が生まれた時にお創りになったの。マンセル暦は始まってもう一千万年以上経ってんの。だからみんなめんどうなって、何色の年かでしか呼ばなくなったぐらいなんだから。これ常識な」


「一夜漬けのくせに」


「なっ!」


 くそう。聞かれていたか。しかも科学一般とか種族学Iの重要単語は覚えないのにそんなことだけは覚えていやがる。


「まあいい。てかお前あいつらの部屋番号覚えてる?」


「おう、RAの39号室な。覚えてるけどあいつらって……—あ」


 そのとたん顔から血の気が引いていく。ま、自分で蒔いた種だ。


「ええっと、RAの39っとこっちだな」


「お、おい待てよ」


「お、あった」


「ちょ、まじで」


 全くこいつは…、まだ気持ちの整理ができていないのか。柄にもない、シュンとなりやがって。ここは一度かつを入れてやるとしよう。白亜のためでもあるし、隊員探しの期限もある。ためらわずに僕はノックをする。


「おおい、ミクリアー。いるかー?」


 キイと木製扉についた蝶番が音をたてる。そして中から綿雲のようにふわっとした雰囲気のミクリアがのそっと現れる。その頭に葉っぱをはやしていること以外は以前の雰囲気通り気が小さい女子といった感じだ。


「れ、レナグ!? と白亜?」


「よっ。あのさ突然なんだけどうちの小隊はいらない?」


「——???」


 頭の上を三つのはてなマークがぐるぐると回っている。話す前から思考停止していたような気もするが。そこで「はあ」とため息をつき白亜がホォローを入れてくれる。


「いや、あのさ俺ら今度冒険課程参加することになっちまっ—」


 そこまで言って白亜の動きが止まった。中に目の周りが紫色に腫れたララの姿があったからだ。本来真珠のように白い艶があるはずの頬と、ルビーのような透明感と鮮やかな赤の唇は見る影を失っていた。


「ララ…」


 これは少しかわいそうなことをしてしまったかもしれない。


「これ、二人にしてあげたほうが、い、いい気がする」


「そうするか」


 気を使うということは。時に自らの意図とは違い、迷惑になるときもある。しかし、それでもここは二人にしてあげたほうがよさそうだ。そう思い僕たちは相部屋を後にする。

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