欲があるなら席につけ

芦屋 瞭銘

第一章 エビとカニカマ

第1話 脳内の居候



「ああもう、今夜は無理だって言ったでしょう!!」



 深夜近くのこと。とある創作居酒屋で張り上げた声は、思ったよりも響いてしまっていた。綾咲 卓(あやさき すぐる)二十七歳、人生何度目かの一生の不覚である。




「あ……す、すみません」


 私が成人男性だからというわけではなく、食事をする場で突然大声を出せばその場の空気は一気に崩れるだろう。ホラ、今まさにそうだ。こんな風に。



 それに、問題は突然大声をあげたことだけじゃない。



 ”いらっしゃいませぇ! おひとり様ですか?”

 ”……はい”


 加えて私はこの店に一人で来店している。


 カウンターにいる一人客が急に誰かに対して声を荒げたのだ。会話する相手がいないはずの初来店の一人客。そんなことをすれば、それはシンプルに変な人でしかない。ああもうほら、他のカウンター客の方、席移りたいですって。もう終わりです。


「(どうする……諦めて店を出るべきか)」


 私は耐えきれずに手元のメニューを伏せた。周りからの視線はまだ感じたままだ。


「はあ!? 何言ってんだ! やっとここまで来たってのに……!」

「(そう言われても。私がここにいられる空気ではなくなっているんですよ、貴方の所為でね!!!!)」


 今度は口に出してしまわないように細心の注意を払い、私は聞こえてくる声に答えた。



 実は今、私の脳内には私以外の魂が宿っている。

 いや、宿るというより取り憑かれていると言った方が正しいか。



「はーあ? なに他人の所為にしてんの。こっちの相手をすんのもあんたの仕事でしょうが!!!」

「(違いますぅ〜。勝手に貴方が取り憑いただけですぅ〜)」


 そう。私の意思をガン無視して勝手に居座っているこの霊が悪いのだ。私は取り憑かれただけ。紛れも無い純白な被害者なのである。


「……の」

「(もっと力があれば追い出せるというのに……!)」

「へっ。残念だったなー。こっちは簡単に離れてやる気はないぜ」


 霊媒師。その家系に生まれた私だが、霊力が低いことに加え、食に未練を残す霊に憑かれやすいという厄介な体質を持っていた。こうする今も、食べたいものを今すぐ食わせろとうるさい霊に人生の全てを乱されている。


「(最悪だ……いつまでこんな奴の声を四六時中聞いていなくちゃいけないんだ……)」

「あのー」

「いつまでって簡単なこったろ? オレが望むものを全部食べるまでだ!」


 彼らはその欲を満たすまで、私の身体に居座り続けるのだ。

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