第14話
「……負け、だよ。私の」
ベッドの上で白露は観念したかのように両手を上げる。
激しい言葉の応酬の後にも関わらず、彼女の表情は先程よりもむしろ穏やかであった。
「認めるよ。私が本当は、幸せに生きたいと思っているのだと。
……ああ、最期にそれを認められて良かった」
そう言って静かに瞳を閉じた彼女の顔に、私は躊躇うことなく身を寄せる。
「何を寝ぼけたことを言っているのですか。
これが最期だなんて、私は認めた覚えはありませんよ」
「でも……」
「でも、ではありません。
だって白露さんは言っていたでしょう?婚礼と言うのは本来互いの願いを交わす儀式でもあるって。
だから……」
深く息を吸う。
自分は本気でこの言葉を言うつもりなのだろうか?勿論本気だ。
伊達や酔狂でこんなことを言えるものか。
「結婚してください……この、私と」
言い放つ。
誰に憚られることもない、心からの言葉を。
「だってそうでしょう?
あなたの不調が、病気ではなく、死と生の”距離感”にあるのだとしたら。
私が、あなたと関係を結んで……こちら側に結び直せばいいのではないですか?」
何もかも曖昧で思い込みに満ちた素人の思い付き。
だが、直感的にそれほど的外れではない気がした。
事実、白露の表情はこの考えが考慮するに値することを示していた。
「いや、確かに理屈のうえでは成り立つ……けど……。
でも、私なんかの為に君が……」
「……ねえ、白露さん。
以前、あなたは自分のことを”止まり木”に例えた事がありましたよね?」
「それなら私はあなたの家になりたい。
孤独を抱えたまま、身動きが取れなくなったあなたにとっての……安息になりたい。
……そう願う事は、いけないことでしょうか?」
「…………」
沈黙が返る。
だがその沈黙は否定の意を帯びたものではなかった。
「……」
「……わかったよ」
「でも、覚悟しておいてよ?君がやろうとしている事は君が思っているよりもずっと深く、君を縛り付ける。
何せ、これは魂を縛る契約になる。それこそ、『死が二人を別つまで』なんて言葉が可愛く思えるほどに」
「いいじゃないですか。それで」
「私はもう既に、覚悟を決めているんですよ?ええ」
そうだ。既に覚悟は決まっている。
人生を懸けて……いや、魂まで懸けて彼女と一蓮托生となるのなら、それこそ本望だ。
……。
きっと……彼女もそう思っていたのだろう。
雨宮菊璃もまた、人生を、魂を賭けて白露結を幸せにしたいと、そう思っていたのだろう。
そう思うと同時に、今は姿の無い彼女に対する想いが胸の奥から溢れて来た。
……ありがとう、雨宮さん。
今まで白露さんを護ってくれて、本当にありがとうございました。
これからは私が彼女を支えて、幸せにしてみせます。だから。
今はゆっくりと、休んでください。
いずれ二人でそちらに向かうまで、何年……何十年かかるかはわかりませんが。
ずっと、ずっと……白露さんを幸せにしてみせますから。
死が私たちを結び付ける、その日まで。
今は、束の間の別れを──。
「……ええ、それでは」
死者への祈りを終え、静かな息とともに白露へと視線を向けた。
柄でもなく緊張しているのだろうか、唇をきゅっと結んだままこちらをじっと見つめている。
今まで見た事も無い、可愛らしい彼女の姿に新鮮な驚きを覚える。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
その言葉とともに、示し合わせたわけでもないのに、気づけば唇を重ねていた。
触れた瞬間、一瞬、彼女の体がぴくりと震えた。でも、それ以上の拒絶はなかった。
まるでそうなることが自然であるかのように、二人の影は一つとなっていた。
この夜、二人は互いに契りを交わす。
二人の花嫁。二人だけの婚礼。一つの契約。
幽霊病棟の花嫁たちを、星の光と夜の闇が祝福していた。
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