ボーイミーツガラパゴス

渡貫とゐち

遠い距離


 宇宙船から放り出された夢を見た。

 悪夢から目を覚ましたわたるは、上体を起こして額に手を添え――ようとして、利き腕が動かない事に気づき、反対の手を使う。

 ……汗をかいたのか、服が濡れている。

 だが、『濡れている』の度合いが思っていたよりも酷い。

 汗ではなく、水に浸かったような濡れ方だった。

 そして後回しにしていたが、右腕に意識を向けた途端、痛みが走る。

「……っ」

 と、思わず声がこぼれてしまった。


「――折れてるわよ、右腕」

 と、弥の声に合わせて声があった。

 ……同年代くらいの少女がいる、のだが…………遠い。

 泉を挟んで向こう側。およそ二〇メートルくらいだろうか……彼女は体に張りつく競泳水着のような服を着ている。

 体の輪郭がはっきりと見える。あばら骨や胸の凹凸、腰回りなど、弥は目のやり場に困ったが、目を逸らしたりはしなかった。

 意識していると思われたくなかったのだ。


「あんた、一体なんなの? 突然、空から落ちてきて……」


 空から? つまり落ちた、ということか。

 弥は訂正しなければならないことに気づく。

 さっき見たと思っていた夢は、夢ではない。

 ……実際に起こった事実だ。

 そうだ、弥は宇宙船から放り出されたのだ。


「ねえちょっとっ、黙ってないで――」

「どうやら仲間とはぐれたみたいだ」


 喋ったものの、少女の目線がきつくなる。

 どうやら質問に答えなかったのがよくなかった。

 なので名乗ることにした。

 ――羽村はねむら わたる。一五歳。地球人。


「地球……?」


 少女が首を傾げる。聞いたこともない、という表情だ。

 地球を知らないとなると、事故により咄嗟に不時着したこの惑星は、よほど他惑星と交流をしていないのかもしれない。

 気になったが、弥は特に詮索はしない。それよりもまずは自分のことだ。


「この近くで宇宙船……大きな乗り物が落ちたりしなかった?」


 少女は首を左右に振った。

 ……宇宙船から放り出された弥は、どうやら遠くまできてしまったらしい。

 そもそも、生きていたのが奇跡だ。

 腕の一本が折れたが、落下した高さを考えれば安いものである。


 ちらっと視線を向ければ、少女と目が合った。

 彼女もまた、弥を見ていたのだ。

 ……どっちも逸らそうとしないので、しばらく見つめ合ってしまう。


 先に折れたのは弥だ。

 意地になってもしょうがない。

 そう思い、まぶたをいちど閉じてから、


「助けてくれてありがとう。じゃあ……僕はもう行くよ、君の生活の邪魔をしたくないし」


 軽く手を振り立ち去ろうとする。

 しかし、そんな彼を呼び止める声が遠くから。

 やはり会話をするのに二〇メートルは遠く感じる……。


「行くって、どこに……っ」


 泉を迂回し、少女が「会話をするのに適切な距離」まで小走りで近づいてくる。

 だが、手を伸ばしても触れられないくらいの距離がまだあった。

 得体の知れない男を目の前にすれば当然か。


「どこかは、分からないけど。はぐれた仲間を探しに。墜落した宇宙船を見つけて、このから脱出しようと思ってさ」


 長く留まっているわけにもいかないだろう。少女がしたように、この惑星の人々は弥たちを警戒する。最悪、話も聞かずに始末しようとするかもしれない。

 その最悪が、今のところ最も可能性がある展開だろうと弥は予想している。


「そう……、でも、今はやめた方がいいかも」

「なにを。……脱出、を?」

「それもあるけど、この森から出ること。出る以前にこの泉から離れることをお勧めしないわ」


 どうして? と、弥は聞かなかった。

 少女が先に、今の状況を口にしたからだ。


「ここら辺、いつ巻き込まれてもおかしくない≪戦場≫になってるから」




 森の中にあった頑丈そうなツタを使い、骨折した右腕を首で支える。

 ツタを探し、使い方を教えてくれたのは少女だ。

 彼女は名を”プリムム”という。


「そうか……戦争中の惑星、ね……」

 

 よりにもよって『ここ』へ落ちるとは。

 相変わらず、運がないなと、弥が溜息を吐く。

 脱出するためには彼女の手伝いが必要不可欠だ。

 そして、彼女の手を借りるということは、彼女がいま抱える事情を解決しなくてはならない、ということでもある。


 つまり――戦争トラブルを。

 どうにかしなければいけないわけだ。


「……頭が痛くなる案件だな……」

「え、腕だけじゃないわけ?」


 骨折した上で、骨が折れる脱出方法だった。




 ・・・おわり

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