3-4:愛夏心中
シチュエーションとしては最悪も最悪と言って良い。
愛夏が俺のことを
「よ、愛夏。本名って今お前が言ったじゃん」
心の中で冷たくバクバクと鼓動を刻む心臓を蹴りつけて、俺は一度白を切ることにした。カマを掛けられている可能性もゼロじゃない。
そんな俺の思考を見透かしたように愛夏はつまらなそうに「ふーん」と相槌を打った。
「嘘吐きだよね君って~。私、分かってるんだよ。だって幾ら検索してもgrepしても入力インタフェースを叩いても壊しても君のキャラクターデータが見当たらないんだもん。そういうジョークって私つまらないことだと思うな。でもそっか、君は私と違うよね。君がそれを面白いと感じるなら私もそれを面白いって感じてあげなきゃかな」
「まあ確かに俺って良く常人から少し食み出た感性をしてるとは言われるな。理解してくれて嬉しいぞ俺は」
「けど、それと本名を隠すのは違うよね? 違わない? 違わないなら理由を教えて? 何で私に名前を隠すの?」
「愛夏だけじゃないぞ、誰にも言ってねえし」
俺はさらっと嘘を言う。もし心を読まれる超能力とか存在するならヤバいなと思ったが、流石にそんなものはなかったみたいで愛夏は目を黒々と淀ませて視線で詰ってくる。
「誰にもじゃ駄目だよね。それって私に対する不平等だよ。君に聞くけど私ってその他大勢のヒロインにいる一人なのかな。それはおかしな話だよね。私って君と付き合ってるもんね。何度も告白して了承してカップルになるプロセスを踏んだもんね。なのに平等なのは変じゃないかなあ? 私の扱いがその他大勢の女と同列になっている今この現状こそ真の不平等で、私はもっと他より区別されるべきだと感じない?」
「……そうだな」
「なら分かるよね……あっ。ごめんね捲し立てちゃって~。つい君が分かってくれないと思うとさ、感情が制御できなくなっちゃうんだ。でもだからって怒ったりはしないから。ううん、幸せなんだこうしているのが。一生このまま居たいくらいに!」
やはり何処かがマトモじゃない。
夕日に照らされ、危うい深緋の眼光を宿した愛夏の言葉に俺はそう感じた。
付き合っている……という言葉は本当なんだろう。部分的には。少なくとも愛夏の認知ではそうなっているし、ゲーム内では確かに主人公は愛夏と付き合うこともあった。
だがゲーム内の愛夏はこんなんじゃなかったはずだ。
少なくとも自分の感情を他人に押し当てて理解を要求する様な行為は無かった。
「俺、これからバイトだから」
「バイト?」
離脱を試みようと事実を口にすれば愛夏は小首を傾げた。
「ああ。金が要り様でちょっとな」
「へ~何が欲しいの?」
「バイクだよ。ほら、この街結構広いからな。徒歩じゃ何かと不便だと思って」
「ふーん」
言葉の軽さとは裏腹、愛夏から表情が抜ける。
その顔を見て俺は何か失言をしてしまったかと考える。
別に普通のことのハズだ。バイクを買うためにバイトすること自体は高校生でもそう珍しいことじゃない。
愛夏は一歩、確実にこちらへ近づいた。
「……そっか。へーそっかそっか。君はそう考えてるんだね……じゃあもう良いかな」
「は?」
「分かるよ。君がたぶん逃げようとしてること。この世界からログアウトを試みようとしてること」
バレていた……この情報を知っていたのは名幸だけじゃないのかよ!
背筋から滲んだ冷や汗の不快感から伝わってくる危険信号。
愛夏の手先が舞うように制服の懐へと伸びて俺は確信する。
───愛夏と一緒にいたらやばい!
「私から逃げるなら……一緒に終わろ?」
「俺、時間無いから! じゃあな!」
橙色で鈍く照らされた刃先が視界に入った刹那、反射的に身を翻して俺は駆けだした。何度か修羅場かを経験したせいかこの前みたく足が震えることもなく、灰色のコンクリートを力強く足で蹴る。
「待ってよ! 苦しくなんてしないよ! だって私も苦しいんだもん! 私と一緒になろうよ! データの墓場で!」
「冗談じゃない! 俺には俺の生活があるし、ってかお前にはお前の生活があるんじゃないのかよ!? 殺しなんてしたらもうシャバに出て来れないぞ!?」
「あはは、何言ってるの? こんな模造品の世界で行儀良くしてた理由なんて君がいたから、それだけなんだよ? 君が居なくなろうとしているなら秩序なんていらない。世界のフリをしたこのセカイに順応する必要もない」
「クソ!」
やはりと言うべきか、愛夏はここを現実と捉えていない!
思ってみればそうだ。
万里以外のヒロインたちは無茶苦茶だった。月風は初手から俺を殺そうとしてくるし、名幸は多分データを改造することで自宅をゲームセンターにしていた。平理に関してはもうチート人間と化していた訳だ。マトモな倫理を持っていると期待すること自体が間違っている。
万里が特殊なのだ。その理由はきっとステータスカンスト時に使ったセーブデータの間、俺が一度も攻略していなかったから。万里は真っ当な考え方を持っていたからこそ、他のヒロインも自分と或る程度同様の感性を抱いていると勘違いしていた。
違うんだ。
ヒロイン達からすれば主人公以外は等しくどうでも良くて塵芥なんだ───!
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