2-5:デートイベント

「お、お手手、は、離しちゃ、やだよ?」


 予定通りに俺は名幸を駅前のショッピングモールに連れてきた。我ながらテンプレート極まりない。まあデート経験値0の俺がたった二時間で作れるデートプランなんて所詮こんなもんだ。

 それに、人通りの条件もある。

 午後4時のショッピングモールは学生や家族連れの往来が盛んだ。名幸が仮に強引な方法を用いて俺を脅迫すること考えていたとしても、これだけ人の目があれば実行に移すのは難しい…………と言うかだな。


「ひ、人、人、人、人……み、見られてる」


 まるで暗闇の中で唯一の明かりである松明を握りしめるみたいに、俺の右手を力強くホールドしながらガクガクブルブルと小型犬みたく震える名幸を見て、俺はつい溜息を吐いた。

 この少女にそんな悪巧みが出来るのだろうか。


「大丈夫だ。誰も気にしてないし見てない」

「わ、私は気に、する……!」


 顔を青ざめさせながら弱々しく口にする。

 外気に適応出来ない生物を見てる気分になって、思わず甲斐甲斐しく手を引いてやる。


 ───万里の言葉を忘れたわけじゃない。


 名幸は俺にとってはただのブルメモの登場人物で、重要な情報を握っているからこうして付き合っているだけだ。そこは勘違いしていない。

 でもこうやって歩いているとやはり普通の少女にしか見えなくて困惑する。

 もっと月風みたいに俺に鋭い殺意を向けてきたり、愛夏みたいに異質さを前面に出してくれば俺だってもうちょっと敵意と言うか、明確な他人意識を持ててやりやすいのに。

 こうも物騒な空気一つ出さず、ただの可愛い女の子でしかない姿を見ていると俺もそれ相応に普通の態度を取ってしまうのだ。


 ともかく、ずっとショッピングモールを歩き回ってる訳にもいかない。


「何処か行きたい店はあるか?」

「ふ、服!」

「意外だな。ゲームじゃないのか?」

「ゲームは、ね、ネットでダウンロード、出来る。ふ、服は、ダウンロード、出来ない」

「おう。服屋な」


 良く分からない考え方についてはちょっとどう返せば良いか分からないからスルーしておく。

 特に無反応でいると名幸は俺の右手を小さく引いた。


「……そ、それに、可愛い服着た、名幸……見てもらいたい」


 頬をリンゴみたいに紅潮させながら名幸は視線を落とす。思わずまじまじと見た。

 アレ、この世界ってこんなラブコメだったか?


 俺と名幸の間の空気が少しふわふわとし始めて、俺は早足で服屋に駆け込んだ。

 マズイ。

 このままだと本気でマズイ。

 俺はこの少女に情を抱いてしまう。絶対に。本気でヤバい。


 一先ず落ち着け俺。クールになれ。

 気分を鎮めるために俺は名幸のコーディネートを強引に店員へ委託すると、緩やかに息を吸った。

 ……好きとか惚れるとかじゃない。勿論俺の嫁とか0.2世紀前の妄言を持ち出す気もない。

 でも自分に懐いてくれる美少女とか、マトモに接してたら見捨てられなくなるだろ。


 万里のことをつい考えた。

 考えてみると万里はそういう仕草が無い。いや全く無い訳ではないのだが、恋する乙女と言うか……妙な雰囲気にならないからこそ落ち着く。俺への好感度もそう高くはないはずだ。信頼しているというのもある。

 だから万里に軽蔑される顔を脳裏に浮かべると多少冷えた芯のような情緒が戻ってきた。

 ……よし。マシになった。

 目的を見失うなよ俺。

 重要なのは名幸から情報を聞き出すことだ。デートはそのために履行しているに過ぎない。そう、これは取引だ。契約の下に名幸は要求して、俺は対価を支払ってるに過ぎない。

 事実だけを端的に考えろ。

 名幸は取引相手だ。


 店の前のコンコースで気分を整えていると、中から店員が出てきた。俺を見ると手で案内される。


「彼氏さんですよね。お連れの方のお着替えが終わりましたよ。凄い可愛くなっちゃってるんで一杯褒めてあげてくださいね!」

「は、はあ」


 生返事。彼氏さんじゃないが……まあ否定しても何にもならないか。

 店員に先導されて試着ルームの一角に連れて来られる。

 試着ルームのカーテンは既に空いていて、中を見るとそこには普段は着ないような明るい色のワンピースを着た名幸が立っていた。


「ど、どう、かな?」


 言葉を失った。

 ───これほどもなく似合っていたからだ。


 名幸は普段ぶかぶかのパーカーを愛用していることをゲーム知識として俺は知っている。それはゲームを作るときに大きいサイズの衣服を着た方が集中出来るからと言う理由だったが、今の名幸は薄い桜色が基調として、正方形の模様が白く等間隔で並んだワンピースを身に付けて、ワンピースのスカート部分を人差し指で摘まみながら、何かを期待するようにこちらを見ている。腰元を覆う金髪に、サファイアの双眸、小柄ながら整ったプロポーションが仕事をして、まるで休日のお姫様みたいな姿を思わせる。

 つい、俺は求めている言葉を投げかけてしまった。


「……凄い似合ってる」

「え、えへ。う、うれしい」


 唇を柔らかく閉ざしたまま、はにかんだ笑顔を咲かせる名幸に俺は無言で視線を虚空に放り投げた。

 破壊力が強すぎる。

 ダメだろこれは。

 万里のアドバイスが無駄になる一歩手前だ俺の感情のバカ野郎……!


 自分自身を殴りそうになりつつも、何とか拳を抑えて会計をしに行った名幸を見送る。名幸はあのワンピースを買うつもりらしい。


 手持ち無沙汰になって俺は軽く店内を見回る。

 にしても、この店は男には居づらい場所だな……。多分万里も似たような感情を抱くだろう。アイツ、ファッションは最低限人から変に見られなければ良いとか思ってそうだしな。

 ふとネックレスを見つけた。銀色に輝く円環状のリングが細いチェーンに繋がれていて、リングの中央にはパール色の装飾が付いている。値段はそう高くないから本物の真珠ではないんだろうが……そうだな。

 俺は何となくそのネックレスを手に取った。


 その後、俺たちはショッピングモールにあるフードコートに立ち寄った。そこではアイスを食べた。俺が抹茶とバニラのダブルサイズを頼むと、名幸はチョコとイチゴのダブルサイズを頼んだ。物欲しそうな眼で見られたがギリギリで話題を反らして危機的状況だけは回避に成功。因みに危機が何かと言えばと、互いにあーんをし合うあの恋人の恋愛感情確認行為のことである。恐らく名幸はそのために俺とは被らない味を購入したのだろう。でもそんなことをされてしまえば俺は多分名幸のことを本気で内側に仕舞い込んでしまう。他人として見れなくなる。そうなってしまえば脱出することは今以上に困難になるはずだ。万里に対しても裏切りになってしまう。その代わりにスマホの連絡先を交換することにはなってしまったが、まあ対価としては随分安いだろう。本気で何とか回避できて良かった。


 次にゲームショップに行った。先程はダウンロードで良いとか宣っていた名幸もいざパッケージを見ればゲーム制作者の血が騒ぐのか色々と手に取っては興味深そうに眺めている。俺も一人のゲーマーとしてどんなタイトルがあるかと見てみたが、案の定ほとんどが知らないタイトルだった。偶に俺が凄いやりこんでいた思い入れのあるRPGゲームやFPSタイトルなんかは同名パッケージが存在したが、九割以上は俺の住む現実では見たことが無いタイトルで、それを嬉しそうに名幸が手に取ってはしゃぐ様子を見るとやっぱり世界が違うんだなと実感する。ここはゲームの世界であって、俺の住む現実とは別の世界なのだ。


 そうすると午後6時になった。もう30分もすれば夜闇が辺りを覆う。他のヒロイン達が世間体を脱ぎ去って、俺を脅すか殺すかするために本性を剥き出しにする時間帯になってしまう。


「そろそろ帰るか、暗くなってきたしな」


 予定通りに俺は提案すると、名幸はぶんぶんと濡れた犬みたいに頭を振った。


「い、嫌だ」

「そうは言っても危ないだろ。名幸を暗い夜道で一人で帰すわけにはいかないしな」

「で、でも、もう一軒、君と行きたい店がある。ここから、ち、近くだから」


 名幸は更に強く拒否した。両手の指で俺の腕を掴んで、上目遣いで俺を見る。

 言葉的にはショッピングモールの中にあるような店ではないらしい。

 そんなにも行きたいのなら先に言っておけば俺だってもっと早くに行くことを考えたのに。


「……まあいいよ。ちょっとだけだからな」

「う、うん!」


 仕方ない。これでデートが終わるんならちょっとくらいは受容してやろうじゃないか。

 俺は前を歩き始めた名幸に軽く息を吐いて、その背を追った。

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