ア・オ・ナ・ツ

Quill pen

序章

――海だ!


 バスに揺られてまどろんでいた小夏は、車窓越しに飛び込んできた景色に目を見開いた。


「海……」


 たまらなくなって、窓を開けた。

 エアコンの効いたバス内と比べ、暑くてむっとする空気が入ってくる。

 だが、下方から立ち昇る排気ガスをかき消すように、海風がさあっと吹いて、磯の香りが小夏の鼻腔をくすぐった。


――あの日と同じだ


 あの日と同じ匂い、同じ風、そして、同じ海。この海の深い、深い青色だけは、いつまでも変わらないように思えた。

 そして、あの頃の私たちは、空よりも、この海よりも青かった。


 小夏は席に座り直し、海の輝きを瞼越しに感じながら目を閉じた。


 バスの振動に身を任せ、小夏の心はバスをさまよい出て、いつしか十八の頃の記憶を辿っていった……

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