吸血鬼で多重人格なカノジョがキスするまで
青野ハマナツ
1. 約束
美しく整えられたボブカットに、大きな目を中心とした整った顔、大きめの胸に健康的な脚……。俺の彼女である
そんな彼女が、なにもかもが平均値の俺と付き合っている理由。それは、少し特殊なものだった。
「いいから、とっとと吸わせなさいよ……」
咲良さんは、顔を赤らめながら言葉を紡ぐ。その口元には、キバが細々と煌めいている。
「──!? 学校ではまずいでしょ」
「吸いたくなっちゃったんだもん……」
そう言って、赤い瞳をした咲良さんは俺を校舎裏に連れ出し、首筋に「かぷり」と噛み付いた。
「……ぢゅーっ」
そう。咲良さんは吸血鬼なのだ。そして俺は、生まれつき血の生産が早い上に、味もとても良い……らしい。だから、咲良さんはそんな俺を求めているってことだ。
「ぷはっ……」
「本当に俺の血って美味いの?」
「──美味しいわけないでしょ」
口ではこう言っているが、実際には「美味しい」と思っていることを俺は知っている。なぜなら、咲良さんはことあるごとに俺の血を求めているのだ。本当に「不味い」と思っているなら、何度も吸うことなんてないはず。つまり、彼女は俺の血を求めている。
そして、俺が咲良さんの本音を知っている理由はこれだけではない。
「血が吸えたからもう満足した。じゃあね」
赤目の咲良さんは素っ気なくそう言った。しかし、その場から離れるわけではない。咲良さんは目をつぶっただけで、その他の動きはしなかった。
「──あれ、急に呼び出されちゃった」
咲良さんがそう言って目を開けると、瞳の色が黄色に変わっていた。咲良さんの本音が知れる理由……それは、ここにある。
「ボク、もうちょっと休んでたかったのになぁ」
「まあまあ、赤の咲良さんは気まぐれだから……」
咲良さんは吸血鬼なだけではない。多重人格なのだ。だから、俺の血の美味さも、『別の咲良さん』から聞くことが出来るってことだ。
「休みたいから寝るねー。こうたーい」
咲良さんは再び目をギュッとつぶり、足元を少しだけふらつかせてから瞳の色を紫色に変えた。
「──あら? なんで急にわたしの番に……? 柊真くん、何か聞いてる?」
「なんか、黄色の咲良さんが『めんどくさい』って言ってたよ」
「もう、気まぐれなのは相変わらずね。まあいいわ。早く教室に戻りましょう?」
俺はそう言われ、既に授業開始まであと僅かという時間まで迫っていることに気づいた。ヤバい……急がないと!
◇ ◇ ◇
咲良さんは成績も優秀だった。授業中に難しい問題が出されても難なく解くし、実技も得意。こんな優秀な彼女がいる俺は幸せ者だ。しかし、体質というアドバンテージはあるにしても、俺に咲良さんは勿体ないような気もする。
「柊真くんっ」
咲良さんが教科書を持って近づいてきた。瞳の色は青。つまり、四人目の人格だ。咲良さんは俺の身長に合わせるように背伸びをして、耳打ちでつぶやいてきた。
「ねぇ……あした、ふたりで出かけない? 新しい服屋さんに行ってみたいんだ」
「いいけど……俺は服選びのセンスとかないよ……?」
「──柊真くんと出かけられるなら……それだけで満足だから」
青い目の咲良さんは、さっきほどではないにしても顔を赤くして言った。
「わかった、明日の十時に駅前でね」
「──うん」
咲良さんは小さく頷くと、スカートをパパっと整えてから自分が所属する女子グループの中に戻っていった。
血を吸われる、ということは、自分が生み出したものが彼女の生命を維持するためのエネルギーになることに等しい。なんなら、彼女の健康的な身体の構成要素の一部になる。超美人な彼女の身体を、一部とはいえ俺が支えている。そう考えると、心臓がズキリとする。
それがなに由来の痛みなのか、イマイチ分からない。血が減ったからなのか、恋心なのか、それとも別の何かが刺さっているのか。そのどれかなのは間違いないが、それを探ることはしなかった。そして今はただ、明日のデートのことだけを頭に浮かべた。
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