第33話 「おお、えらいべっぴんのお子ちゃまたちがおるやないか」

 ゴマは約束どおりやってきた。

 その日の朝、遅刻だー!と慌てて家を飛び出した尚也は、マンションのエントランスですれ違ったのがゴマだとは全く気付かなかった。全身をイスラム教徒の女性のような黒のベールとずるずるした衣装、更にサングラスで包み隠していたから。

 聞いてみると、地球の太陽光が極めて危険だと坂茂知に脅されていたらしい。坂茂知は地球に来て初めて訪れたのがケニアだった。薄着でいた為、日焼けのし過ぎで全身ズル剥け状態になったとか。

「日本の四月の紫外線はそこまで強くはないですよ」

と銀に言われ、すぐに黒装束を脱ぎ捨てたゴマは、ユウリ同様細身で麗しかった。

 一見するとユウリと同じくらいの年齢。しなやかな身のこなしやキツい眼差しがどことなく野生の獣を思わせる。

 ゴマが訪れた時、銀はユウリの朝食を作っていた。

「ほら、これが納豆。こうやって箸でよーくかきまぜて食べるんです」

 ユウリは部屋に充満する納豆の匂いに顔をしかめながら、箸を持つ銀の手元を眺めていた。銀に招かれて家に上がったゴマは、納豆のパックをできるだけ遠ざけようとしているユウリを見た。

「よう」

 ゴマが手を振る。

「ゴマ、ここで何してる」

 ユウリが突き放すようにあらぬ方を向いたまま言う。

「迎えに来てやったのに、ひどい態度だな」

「頼んでいない。ゴマはこれ食って帰れ」

 ユウリは納豆のパックをゴマに差し出した。

「これは食いものじゃないだろ」

「健康食品」

「うまいのか?」

「まずい」

 そんな他愛ない会話を交わしている兄と妹にコーヒーを出すと、銀は坂茂知に電話してゴマの来訪を告げた。


 坂茂知に連れられて4人が訪れたのは、スポーツの大会やプロレスの興行試合などで利用される大きな市民体育館だった。なんの催しなのか、周辺はお祭りみたいな大にぎわいで、TV局の中継車までが数台停まっている。

 そんな中で、大きなカメラが坂茂知ご一行を捕らえた。近づいてくるなり笑顔の女性にマイクを突きつけられて銀は驚く。

「おはようございます。今日はどなたの応援にこられたんですか?」

 わけのわからない銀に変わって、坂茂知が笑顔で答えた。

「いや。ぼくたち参加者なんですよ」

「みなさん全員が?」

「競技に出るのは、この子とこの子」

 と、坂茂知がゴマと銀を指さす。マイクの女性から笑顔が消えた。

「この方たちですか?まったくそんな風には見えないんですけれど。でもこの世界は意外な人が活躍されたりするものだし、外見じゃ分からないですよね。頑張ってください」

 そして現地レポーターと色々な機材を抱えた一団は次の標的めがけて素早く移動していった。

 そこで坂茂知が、銀とゴマにようやく説明してやる。

「大食い選手権の地区予選だよ。今日ここで開催されるのは。これに勝ち抜いたら全国大会に行ける」

「出るんですか?」

 と、銀が不安そうに尋ねる。

「でも…」

「いいんだ。ロボットの出場を禁じるなんて規定なかったから」

「ちょっと待て」

 きょろきょろと珍しそうに周りを眺めていたゴマが、初めて口を出した。

「銀ってロボットなのか?」

 坂茂知が頷く。

「知らなかったか?」

「知らない。それって反則だろ。大会規定なんかどうでもいいけどな。俺に対してそれはズルだ」

(そういうのは問題じゃないんだって。ちゃんと負けてやるつもりなんだから)

 と、坂茂知は思うが今はユウリがいるからそれは言えない。ゴマはなおも納得できない様子でブツブツ文句を言っていたが、やがてあるものを見つけた。

 会場の入り口には『大食い王座決定戦予選会場』と立派な立て看板と垂れ幕がかかっていたが。

 少し離れてやや目立たない小さめの看板がひっそりと。

『第一回ゲテモノ喰い王者争奪戦会場(飛び入り参加も大歓迎!)』

「これはなんて書いてあるんだ?」

 まだ日本語が読めないらしいゴマに坂茂知が説明すると、ゴマは「ゲテモノってのは納豆みたいなやつか?」と尋ねる。

「いや、あんなのとは比較にならない」

「なんでわざわざそんなの食うんだ?」

 ゴマは不思議そうにしていたが、突然思い立ったらしい。

「よし、こっちでいこう」

「え?」

 坂茂知はさすがに驚く。

「これ?それはやめた方が……どんなもの食わせられるか分かってんの?」 

「知らない」

「だったらなおさらやめた方が」

 だがゴマは決断してしまったらしい。

「こっちでいこうぜ。この方が公平だ。いいな、銀さん」

 銀は頷いた。不安だが、負けていい戦いなんだから無理するつもりはなかった。


 大食い大会参加者の食欲を喪失させる恐れがある、というわけでゲテモノ食い選手権は別会場で催された。会場といっても、体育館の会議室の椅子と机を脇に押しやっただけの、殺風景な空き部屋だった。

「えー、それではただいまより、第一回ゲテモノ喰い王者争奪戦を行います。なお戦いの模様は後日『シンヤナンデス』で放送される予定です」

 司会進行を務めるのは、顔も名前も知らない駆け出し芸人。TV?今初めて聞いたぞ。と坂茂知は思う。言われてみれば撮影用のカメラとスタッフが数名。

 参加者は大食い大会をキャンセルしてゲテモノに参戦したゴマと銀を含め、総勢12名。観客は最初ユウリと坂茂知だけだったが、大会直前になって大勢の騒々しい男たちが部屋になだれ込んできた。

 うるさいな、と思ってそっちを見た坂茂知がギクリとする。参加者の応援らしい彼らは、服装といいかもしだす雰囲気といい、どう見てもカタギではない。別に恨みを買った覚えはないのに、坂茂知はなるべく目立たない奥の席にユウリと移動した。自分自身ヘタするとそっち系に見られてしまうという事はすっかり失念して。

「おお、えらいべっぴんのお子ちゃまたちがおるやないか」

 男たちが、銀たちを見て大げさに騒ぐ。

「君ら来るとこ間違えてるんちゃう?もっとカッチョええカフェとかあるやろ」

「なんやったらオッチャン連れてったんで」

 浮かれて騒ぐ男たちには構わず、当の銀とゴマは素知らぬ顔で出されたメニューを手にとった。

 前菜から始まって、最後のデザートに至るまで当然ながらまともな料理は一つもない。その時点で参加者の中から手が上がり、数名が試合前にリタイアしてしまう。彼らは観客のヤクザな男たちの罵声を浴びながら退出した。

 

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