第16話 「やっぱり坂茂知先生はやめとこ!」



「出てってくれ銀。布団は自分で干すから」

「尚也は私に性教育してくれるはず」

「あとで教えてやる」

「けど後だったら朝だちが終わってしまう」

「だからそういう事言うなよ。羞恥心ってもんがないのか?」

「羞恥心?分からない」

「別に俺のじゃなくてもいいだろ。坂茂知先生にでも見せてもらえよ!」

 苦しまぎれに叫んでしまう。すると銀はあっさりと頷いた。

「今度頼んでみる。ここはいいから尚也はご飯食べてきて」

 さらりと言うと銀は尚也をベッドから転がり落とし、布団を抱えてさっさとベランダへ向かってしまう。尚也は焦った。

「やっぱり坂茂知先生はやめとこ!」

 危険すぎる。あの男には前科(海辺のデート&キス)があるのだ。銀は振り向いた。

「どうして?坂茂知の方が尚也のより大きそうで悔しいから?」

「違う。先生はもうトシだからコレはないんじゃないかな」

「……ないの?」

「うん」

 事実は知らないが尚也は大きく頷いた。

「けれど尚也は見せてくれない」

「……ちょっとだけでいいか?」

 背に腹は変えられないと、尚也は思い切って枕を股間からどかせた。坂茂知よりは幾分小ぶりかもしれないけど、よく猫っぽいと称される顔のわりにはまあまあな勃起が銀の前に姿を現した。

 銀はまじまじとそれを見ている。尚也はじっと恥ずかしさをこらえていたが、あまりにも銀が真剣に見ているのでだんだん不安になってきた。

「なに?なんかヘン?」

「触ってみてもいい?」

「!?」

 尚也が返事をする前に、銀がほっそりとした指を固く張ったペニスに触れさせようと延ばしてくる。

「いいわけない!!」

 夢中で叫んで体を反転させ銀の指から逃れる。すると銀は手を引っ込め悲しそうな目で尚也を見つめた。

「そうだった」

「?」

「私は忘れてた。これはイケないこと」

「?」

「尚也のここは将来愛する人と結ばれて、子供を授かるかもしれない大切な器官だから、私が触ったらダメなんだ」

「???」

「尚也はいつか結婚する人のために純潔を守るんだよね」

「……」

 言葉を失った尚也が呆然と見つめる中、銀はうなだれたまま悄然と部屋から出ていこうとしていた。

「布団、尚也が干しておいて」

 そして銀が去った後、しばらく尚也は動けなかった。

 やがてポツンとつぶやく。

「俺、結婚するまでエッチしたらダメなのか」

 銀が何かにつけ極端なのはよく分かっていたつもりだったが、やはり困惑することは多かった。

(明日から当分パンツはいて寝よ)


 一方。

(不思議だ)

 洗濯機の回転の渦を見ながら、銀は思った。

 普段はへにょへにょの尚也のアソコが、かちこちになってぴんと上を向いていた。

 もしあのまま触らせてもらえてたら、射精というのも見られたんだろうか。

 銀はまだその瞬間を見たことがなかった。尚也が見せてくれた動画で、下腹部をくっつけてハァハァしている男女の映像は見たことがあったが、肝心の部分はぼかされていてちゃんと見えなかった。モザイクがチラチラするその部分を眺めながら、銀は(なぜ隠すんだろう)と考えていた。

 あそこだって手や足と同じ人間の体の一部分なのに、人前で表に出すと色々面倒があるらしい。

(ワイセツブツだから……)

 かわいそうな器官だと思う。そいつ自身は何も悪いことをしていない。悪いのは欲望を抑えられず、レイプや隠し撮りなどの犯罪行為に走る人間だろう。

 でも尚也のあそこは罪もないのに布団を剥がされ、日差しを浴びて眩しそうに見えた。もしあれの先に顔がついていたら「恥ずかしいからやめて」と一生懸命言ってるのかもしれない。

 そんな事を考えて銀はおかしくなった。恥ずかしがっていたのは尚也だ。尚也は家では平気で裸でウロウロするし、家族もそんな事でいちいち驚いたりはしないが、勃起したペニスを見られるのは気まずそうだった。

 なぜ?それが分からない自分は、まだまだ普通の人間の感覚とかなりズレがあるのかもしれない。

 おまえには羞恥心がないのか、と尚也は言っていた。

 文の言っていたように性機能をつけてもらったら、そういう感情も理解できるようになるんだろうか。恋というものを経験すればもっと人間に近づけるのだろうか。

 


 とある週末。尚也と哉がそれぞれ出かけていってしまい、一人で留守番をしていた銀が居間でテレビを見ていると。予期せぬ来客が訪れた。

「また来ちまったよ」

 恥ずかしそうに玄関に立っていたのは、つい一週間前に帰星したばかりのはずの文だった。

 もちろん銀は大歓迎だ。

「忘れ物ですか?」

 銀が尋ねる。

「え?ああ。うん、まーな」

 しどろもどろの様子がいつもの傍若無人な文らしくない。

「俺当分こっちにいることになったから。だから」

 と、文は片手に下げた大きなバスケットを銀に差し出す。

「こいつも連れてきた。お前とは初対面だよな」

 銀の並外れた聴覚は、かごの中の気配をしっかり聞き取っていた。安定した小さな息づかい。その生き物は眠っているらしい。

「開けてみろ。そっとな」

 文に言われて銀は籠の横にある小さな留め具を外した。ふたを開けて 覗き込むと、そこにはフワフワした金色の固まりがいた。

「?」

「さ、ギン。着いたぜ。起きろ」

 名前を呼ばれて銀が一瞬戸惑ったとき、文は籠のなかの生き物を抱き上げて床に下ろした。

「こいつもギンってんだ。前に言ったよな」

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