第10話 「あんなになってしまった」

(なんだよ。デートうまくいかなかったのかよ)

 坂茂知が勝手な推測をしていると、銀も尚也に問いかける。

「もうデート終わったの?」

 すると尚也は銀に厳しい目を向けながら言った。

「消えるんなら消えるで、なんでちゃんと言っていかないんだ。坂茂知先生すごく心配して俺に電話してきたんだぞ」

「消える?」

 消えた憶えのない銀は問い返す。横から坂茂知があわてて口を挟む。

「それは俺の早トチリだったんだ。余計な心配かけてほんと悪かった」

 尚也が怒っているのはデートをじゃまされたからだろう、と思った坂茂知はとにかく謝りまくる。だが。

「それはいいんです」

 そっけなく答えた尚也は、やはり銀にキツイ口調で言う。

「何度も言ってるだろ。外出中に勝手にいなくなるのやめろって」

 だが銀は唇をとがらせる。

「私は坂茂知に言った。勝手に消えてない」

 そういえばあの時銀は何か告げていたような、と坂茂知は記憶をたどる。色々パニックになっていて、まともに聞いてはいなかったが。

 だが同時に不思議な思いにとらわれてもいた。

 やはりこの銀というロボットは、かなり標準タイプのものとは違っているらしい。こんな風に主人に向かって口答えするロボットは初めてだった。

「先生に聞こえてなかったんだから、言ってないのと同じだ」

 そう言い捨てるとクルリと向きを変え、尚也は先に立って山道を下り始める。

「言ったから!」

 銀が手にしていた水筒を背後から尚也に投げつけた。それは尚也の後頭部に命中し、ゴツッと音をたてる。

「いてー!何すんだ」

 パシッ!

振り返った尚也は、ほとんど反射的に銀に手をあげてしまった。痛みは感じないものの、生まれて初めて顔を叩かれた銀は、怒りのせいか目をキラキラさせて尚也をにらむ。

 一方、尚也はじんじんする手を空いた手でギュッとつかむと、銀の顔から目を逸らせた。

「なんだよこれ」

 銀の頬を叩いた瞬間、かなりの強さの電気が尚也の手のひらと指を走り抜けたのだ。文が作った非常時用防衛措置なのかもしれない。

 尚也がまだ知らない謎の機能が銀にはあるらしい。

(文さん。こんなのやり過ぎだって)

 ビリビリは相当な強さで、銀にぶつけられた水筒よりもずっと痛かった。

 もしかしたら銀がスマホを壊しまくるのはこれに関係ある?と尚也は思う。だとしたら文に頼んで、こんな機能は外してもらわないと。

 そして山を降りて家に帰り着くまで、二人は全く口をきかなかった。


 その夜。坂茂知から電話がかかってきて尚也は溜息をつく。

 不機嫌にさっさと話を終えようとする尚也を坂茂知は引き止める。

「今日のことで思ったんだけど銀のハートは赤ちゃんなんだ。俺はあいつからのプレゼントをめちゃくちゃにしてしまったけど、あんな事をした俺を責めはしない。自分の作ったものが気に入ってもらえなかったんだと思って、もう一度作り直そうとしただけだ。出来事をそのまま受け止めて、素直な思いを返してくれる。いい子だよ。尚也くんもよく知ってるはずだ」

「……わざわざありがとうございます」

 複雑な思いで尚也は電話を切る。

 それって銀が人間並みに傷つくことがないからじゃないのか?普通なら頭にきて、こんな事する奴のためになぜ?と思うだろう。

 冠を作り直そうとしたのは、単にロボットが持つ人間への服従の結果にすぎないんじゃ?

 そんな事を思いかけて、山からの帰り道の銀の悔しそうな表情を思い出す。

 銀は謝ろうとしなかった。小さい子みたいに駄々をこねて結局あれからずっとスネていた。

 いつもは色々話しかけてくるくせに、帰ってから一言も口をきいていない。

 尚也の怒りはいつの間にか収まっていた。このまま放ってはおけないと尚也は思った。


 三田村家の唯一の和室を銀は使っている。客用にあけていた部屋だが、泊まり客なんか滅多に来ないから、と哉が銀に使わせた。

「銀?」

 部屋の外から声をかける。

 やがてふすまが開いて、銀が顔を出した。何もない部屋にしなびた花輪が転がっていた。

 そういえば山菜は全部坂茂知が持ち帰っていた。美味しく頂くよ、と言って。

「入っていい?」

 尚也が尋ねると銀が脇へよけてくれる。

「今なにしてたんだ?」

 部屋に入り、自分よりもわずかに高い位置にある銀の目をのぞき込む。なんだか銀の表情が暗い気がする。

(やっぱり俺のせい?)

 尚也の胸がしくしくと痛んだ。

 銀の行動に神経質になってしまうのは仕方ないと思う。彼女は人間ではないから、もし不慮の事故で壊れるような事があれば、文もいない今はお手上げ状態になる。

 けれど頭ごなしに叱りつけて、おまけにひっぱたいたのは自分が悪かった、と尚也は後悔していた。

 その事を謝ってから、銀にもこれからは無断でいなくなったりしないように注意しようと思ってきたのに、悲しそうな銀をみると何も言えなくなってしまう。


「泣いてたの?」

 尋ねた尚也に、銀は初めて気づいたように目のフチをぬぐった。

「俺のせい?」

 なおも尚也が尋ねると銀はかぶりをふる。そして畳の上のしなびた花輪を指さした。

「あんなになってしまった」

 尚也は花輪を見た。ただの花輪だ。

「あれが何?」

 尋ねると、銀はもどかしそうに首を振った。

「だって摘んだばかりの時は、もっと綺麗だった」

「そんなの仕方ないだろ。花は切ったらすぐに枯れるんだ」

「かれる」

「だから……死んでしまうんだ」

 言ってしまってからこの説明はまずかったかな、と尚也は思う。だがすでに遅く銀はまたしてもほろほろと涙を流していた。

(泣きすぎだろ。なんで花がしなびたくらいでいちいち泣かれなきゃなんないのさ)

 正直疲れるが、こういう奴なんだからしょうがない。

 銀は花輪を拾い上げると、尚也の傍らをすり抜けて部屋を出ていこうとする。

「どこ行くんだ」

「お墓を作る」

「明日にしたら?もう外真っ暗だ」

「このまま置いといたら、明日にはもっと汚くなってしまう。かわいそうだ」

「……」

 仕方ない。せっかく銀が作ったものだしごみ箱に捨てるよりはマシかと、尚也はそれ以上何も言わずに付き合うことにした。埋めれば植木の肥料にはなるかも。


 銀は花輪を胸に抱くようにしてマンションを出ると、裏の公園に向かった。

 ぽつんと灯された照明の薄明かりの中、銀は公園を取り囲むように植えられた木立の脇にしゃがみこむと、地面を素手で掘り始めた。

「おい!」

 尚也はびっくりして銀の手を土から引き剥がす。細い指が泥にまみれているのを見て尚也は怒鳴った。

「やめろって!」

「なに?」

 尚也の剣幕に驚いた銀が顔をあげた。

「犬じゃないんだから道具使え。ちょっと待って」

 子供の砂遊びのおもちゃでも残っていないかと、砂場を見に行くが何もなかった。

「ここで待っとけ」 

 銀に声をかけると自宅まで駆け戻る。

 数分後尚也がシャベルを手に公園に戻ると、銀の姿が見えない。あわててさっきの場所に駆け寄ると、木の影に隠れるようにして銀が倒れていた。

「銀っ!」

 肩を掴んでゆさぶるが銀はぴくりとも身動きしない。

 小さく開いた唇に耳を寄せて、吐息がもれていないことにギクリとするが、すぐにロボットなんだからと思いなおす。

 文から預かった探知機のメーターを覗き込むと、案の定、体内電池の残量がゼロになっていた。

 普通に生活していればあと数日はもつはずだったが、今日は山登りのせいで消費量が急激に増えてしまったらしい。

 いつもは銀も電池の残量には敏感だったが、多分それどころじゃなかったんだろう。暗い部屋でひとりしょぼくれていた姿を思い出す。

 尚也は意識を失った銀が握りしめている花輪を見た。ここに投げ捨てていっても誰も文句なんか言わないはず。

(でもせっかくシャベル取りにいったんだし……)

と、自分でも納得いかない行為に理由をつけながら、尚也はせっせと木の根本に穴を掘ると、花輪を埋めて上から土をかけた。


 その後尚也がどうやって重量99キロのロボットボディを家まで持ち帰ったか。

 父親に事情を説明して二人で暗がりの中、銀の体を抱えてマンションの非常階段を登った。

 息をしていない銀は一見すると綺麗な遺体のようで、いつ人が来るかもしれないエレベーターを使うのは気が引けた。

翌朝、充電を終えて元気になった銀に尚也が告げたのは「ダイエットしろ」という、実行不可能な命令だった。 


 その頃、宇宙をさまよっていた文は。 

 古い顔なじみ、カリャンドゥル教団の星船に運よく拾われ、その後色々あって不運にも囚われの身となっていた。

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