第6話 「先生の名前はサカモンテだ」
銀という名前が文の飼いはじめたペットと同じだったのは、偶然にせよ不思議な引き合わせだなあと、後にその事を知った尚也は思った。
文のペットのギンはすくすくと育っていた。
地球の100均ショップで購入した、丸いプラスチックの皿に頭を突っ込み、文スペシャルフードをガツガツと食べているギンを眺めながら、文は「あっちの銀は元気にしてるかな」と考えていた。
ロボットは病気をしないので、元気というのは「向こうの生活には慣れたか?」とか「楽しくやってるか?」という意味でだ。
ペットのギンを見るとどうしても地球に置いてきた銀のことを考えてしまう文だったが。
(ウダウダ考えててもな。会いたいんだからさっさと会いに行こう。ちょっと遠いが)
普段はめんどくさがりで腰の重い文だったが、決断すると行動するのは早かった。手早く旅支度をすませると、ペットのギンをつれて、修理から戻ってきたばかりの宇宙船に乗り込んだ。
「銀、大きくなったかなーってな。なるワケないか。ははは」
ギンに向かって話しかけるが当然返事はない。ウキウキする気分を抑えられなかった。びっくりさせたかったので、三田村家にはナイショで赴くことにした。
尚也 12歳
銀 2歳
春
尚也は中学一年生になっていた。
毎朝、学校へ向かう尚也を銀がエプロン姿で見送りする。母親の毬は仕事場で寝泊まりする事が多かったし、父親は何も予定がない日は釣りか海に潜りに出かけてしまう。
銀が来て家事を任せられるようになってから哉は転職した。
少年野球の監督兼コーチを、甲子園に出場経験があるという近所の元高校球児に託し、今は料理研究家という名目で本を出版したり、深夜に5分だけ放送される料理番組に登場したりと、マイペースな仕事ぶりだ。
中学生の息子がいるようには見えない若々しい哉は、料理のお兄さんとして主婦層に人気があるらしい。が、本人はレギュラー以外にはテレビに出る気もないのか、家でいろんな創作料理を試しては、SNSで紹介したり子供たちに試食させたりしている。
銀はものを食べておいしいと感じることはできなかったが、口に入れる事でいろんな食材の割合やその栄養成分を分析して記憶しておくことができたので、手間のかからない確実なメモ代わりになった。
でも尚也は銀に味覚をもたせたいと思っていた。美味しいものを食べる時の幸福感を知ってほしかった。
「文さんなら出来るかな」
「どうだろ。それってすごく難しいと思う」
「でも、銀だって何食べてもおんなじじゃつまらないだろ」
「でも私はおいしいっていう感覚が分からないから、それがつまらない事なのかどうかも分からない」
そもそも銀は人間のように食事を取る必要はない。
「おいしいって思う事は幸せなんだと思う。快感かな」
銀は首を傾げた。実は快感というものもよく分からない。
尚也はなおも言う。
「銀は夜充電してる時に、気持ちいいなーとかないの?」
「ない」
「じゃあバッテリーが空っぽになってきて腹へったなーってのも?」
「そろそろ充電しないと動けなくなるって思うだけ」
「じゃあ、たとえばだ」
尚也は銀の柔らかな喉元を指先でくすぐる。
「こういうのって、くすぐったいとかもないの?」
「触られてる感覚はあるけど別に平気」
「やっぱつまらん。文さんに聞いてみよ。次はいつ来るんだろ」
それは誰にも分からない。
その頃文はワープの計算を間違えて、暗黒の宇宙のどまんなか「俺は一体どこにいるんだ?」と巨大な銀河全域マップを広げ、隅から隅まで隈なく確認する作業を行っていた。
尚也は周りの子たち同様に地球の中学校へ通っていたが、毎日一時間だけ父親の故郷であるアキャラカン星に関する講習を受けていた。
中学校では苦もなく優等生でいられる尚也だったが、この一時間はなかなか大変だった。
月曜から土曜日まで日替わりメニューのように矢継ぎ早に、あらゆる分野から怒濤のように情報が流れ込む。尚也はそこから必要なものを選択し学び、これだけは知っておかなければという最低限の知識を得なければならなかった。
何しろ尚也は地球と月以外には行ったことがないのだ。その地で生活していれば自然に身につくような常識であっても、尚也は一から学ぶ必要があった。
なのに銀が家に来てからというもの、その勉強でさえ滞りがちだった。二人で夢中になってゲームをしていて、つい夜更かししてしまう事も少なくなかった。
銀の体内にはタイマーも内蔵されていたが、色々と人間くさい銀の体は不定期にロボットとしての便利な機能を放棄してしまう。
ある日とうとう哉が尚也を自分の部屋に呼んだ。尚也はおおよその事を察していたので、内心びくびくしながら父の部屋に入っていった。
それまでは何とか合格ラインを保っていた成績が、前回ガタッと下がったのだ。勉強時間を増やすように言われるのは覚悟していた。でも何より不安なのは、銀を文のところへ返すと言われることだ。
こうなったらゲームに費やす時間を減らして、ちゃんと勉強すると約束して許してもらおう。そう決心して尚也が父の顔をおそるおそる見ると。
あいかわらず地球人でいえば20代半ばの若さを保っている男前の父は、あっさりと言った。
「おまえ、今回惑星統一試験の結果ボロボロだったろ」
「……ごめんなさい」
「銀が来て舞い上がってたんだな。おまえは一人っ子だから姉妹ができて嬉しかったのか?これからちゃんと勉強するつもりがあるんだったらまあいい」
「ほんと!?」
銀とはこれからも一緒にいられるらしい。ホッとした尚也が顔をあげると父は少し困った顔で言った。
「でも毬がな。家庭教師を頼むと言っている」
「家庭教師?」
級友の中には、家庭教師に勉強を教わっている子もいた。だけど尚也に必要な知識を教えられる教師が果たして地球にいるのか?いたとすれば当然それは地球人ではない。
無言で悩む息子に父は話を続ける。
「先生の名前はサカモンテだ」
「サカモンテ」
「地球名は
「その人が俺の先生をしてくれるの?」
「毬の同郷だとか。タラモンジャ星人。あっちの学校を卒業した後も研究室に残っていたらしいが、どうせなら植物の豊富な星へ行きたい、しかも前人未踏の地へ行きたいという事で地球へやってきた」
「だったらこんな街中よりも、熱帯雨林とかマダガスカル島とかの方が面白そうなのに」
「そこはやっぱり世間知らずのお坊ちゃまだったのかもな。最初はそっちを目指したらしいんだが、やつは昆虫が苦手なんだと。そういう場所にはでっかいゴキブリが生息していたりするからな。よほど怖い目にあったんだろう。当時の様子を聞くと真っ青になるし」
「ふうん」
色々わけありの人なんだなと尚也は頷いた。とりあえず銀を返さずにすんでよかった。これからは先生の言う事を聞いてまじめに勉強しよう。
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