第14話:あの頃と今の間で

金曜の夜。


「そろそろ行くか」


会議が長引き、オフィスを出たのは20時を回った頃だった。


スマホを確認すると、同期のグループチャットにメッセージがいくつか届いている。


佐伯:おい、みんなもう集まってるぞ!遅いやつは一気飲みな

他同期:社会人にもなって一気飲みってお前……

他同期:早く来いよ


数日前、「また飲もうぜ」と言われていた飲み会。

場所は前回と同じ、大学時代によく使っていた居酒屋だ。


俺は軽く息をつきながら、メッセージを打つ。


俺:今向かってる


佐伯:おせーぞ!あと楓も来てるからな

佐伯:楓が、8期のやつもう1人呼んでるぞ


一瞬、画面を見つめる。


——楓が、後輩を。


まあ、仲の良かった8期のやつなら自然か。


俺はスマホをポケットにしまい、店へ向かった。


店内。


奥の座敷席に入ると、懐かしい顔ぶれが集まっていた。


「おー、やっと来た!」


佐伯がビール片手に手を振る。


「悪い、遅くなった」


席につくと、楓がグラスを持って微笑んだ。


「れいちゃん、お疲れさまです」


「おう」


その隣に座っていたのは、見覚えのある顔だった。


「お久しぶりです、れいさん」


楓が呼んだのは、同じく8期の後輩——田辺だった。

楓と仲が良かったやつで、当時から礼儀正しい印象があった。


「おう、久しぶり」


「なんか、懐かしいですね」


「確かにな」


「じゃあ、そろったところで……改めて、乾杯!」


「かんぱーい!」


グラスがぶつかり合い、大学時代と変わらない雰囲気の中、会が始まる。


「いやー、れいちゃんたちの代のサークル、ほんと自由でしたよね」


田辺が笑いながら言う。


「自由というか、無法地帯というか……」


「どっちでも大して変わらん」


「いやいや、変わりますって!」


「まあ、確かに今思うと無茶してたな」


楓がクスクス笑いながら続ける。


「大学の広場で飲んで、管理人さんに怒られたりしましたよね」


「懲りずに何回もやってたな」


「しかも、れいちゃんが『すみません、今片付けます』って大人ぶるのに、次の日にはまたやるっていう……」


「俺だけじゃなくて、みんな乗ってたんだろ」


「はいはい」


楓は笑いながらビールを飲む。


佐伯が思い出したように手を叩く。


「そういえばさ、れいって記事企画のネタ出しめっちゃ適当だったよな」


「適当じゃない、効率的なだけだ」


「いや、俺めっちゃ覚えてるんだけど……『学生起業家ってなんか流行ってるし、とりあえず特集しとくか』とか言ってたよな」


「実際、それで結構読まれたじゃないか」


「そうなんですよね、なぜかバズるっていう……」


田辺も笑いながら頷く。


「でも、れいちゃんの記事のまとめ方、今思うとすごかったですよね」


「確かに」


楓も懐かしそうに続ける。


「れいちゃん、意外とちゃんとインタビューしてたし……記事の編集もうまかったし」


「意外とってなんだ」


「だって、普段めっちゃ適当なのに」


「おい」


「でも、楓もめっちゃ細かい編集してたよな」


佐伯が楓に向かって言う。


「私? そうでしたっけ?」


「いや、そうだったぞ。見出しとか写真の配置とか、異常なこだわり見せてたじゃん」


「……確かに。今思えば、結構気にしてたかも」


「楓、今もその性格変わってなさそう」


「えっ、変わってないですか?」


「むしろ悪化してるかもな」


「ひどい!」


楓が口を尖らせるのを見て、みんなが笑う。


終電が近づき、店を出る。


「じゃあ、またな!」


同期たちがそれぞれ別の方向へ散っていく。

田辺も「今日は楽しかったです!」と手を振り、別の路線の改札へ向かっていった。


楓と俺は、同じ方向の駅へと歩き始める。


「なんか、楽しかったですね」


「そうだな」


「……でも、少し疲れました」


楓がふと立ち止まる。


「……もう一杯だけ、飲みません?」


俺はその提案に、一瞬だけ迷った。


「いいぞ」


二軒目のバー。

「れいちゃんと、こういうバーに来るの、いつぶりでしょうね」


楓が、ウイスキーのグラスを指でなぞりながら言う。


「そこそこ来てたんじゃないか?」


「そうでしたっけ?」


「サークルの帰りとか、たまに来てた記憶あるぞ」


「うん、確かに。でも……今みたいに落ち着いて飲むのは、初めてかも」


「……かもな」


楓は少し照れくさそうに笑った。


俺はグラスを傾けながら、ふと考える。


——あの頃とは、確かに変わった。


けれど、変わらないものもあるのかもしれない。


(続く)

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