第6話:楓の変化

タクシーの窓から流れる街の灯りをぼんやりと眺めながら、俺は微かに残るアルコールの余韻を感じていた。


「れいちゃんは、前みたいに誘ってくれないですね」


楓の言葉が、ふと頭に浮かぶ。


「……誘っていいのか?」


俺はあの時、冗談めかして返したつもりだった。

けれど、楓の「どうでしょう?」という返しは、どこか曖昧で、含みのあるものだった気がする。


——いや、深く考えすぎか。


俺は軽く頭を振って、タクシーを降りた。


翌週。


仕事帰り、会社のエントランスを出たところで、スマホが振動した。


楓:お疲れさまです。

楓:今どこですか?


不意なメッセージに、思わず画面を見つめる。


俺:会社出たとこだけど

俺:どうした?


すぐに既読がつき、返信が返ってきた。


楓:今、近くにいるんですけど、軽く飲みません?


……妙にタイミングがいい。


俺:偶然?


楓:偶然ですよ。たぶん。


その曖昧な言い回しに、少しだけ違和感を覚えた。


とはいえ、断る理由もなかった。


俺:じゃあ、どこか入るか


駅近くのバー。


楓はカウンターの隅の席にいた。

少しオフィスカジュアルっぽい服装で、グラスを指でなぞっていた。


「お待たせ」


俺が隣に座ると、楓は少しだけ笑った。


「れいちゃん、やっぱり来てくれましたね」


「……何か、用だったのか?」


「ただ飲みたかっただけですよ」


そう言って、ワインを軽く傾ける。


少し沈黙が流れた。


「れいちゃん、この前の飲み会……楽しかったですね」


「そうか?」


「私は、ちょっと懐かしかったです」


楓は氷を揺らしながら、ふと視線を落とした。


「れいちゃんは……どうでした?」


「久しぶりだったな、とは思ったけどな」


「そうですか」


どこか、探るような口調だった。


「れいちゃんって、変わらないですよね」


また、その言葉。


「前も言ってたな」


「うん。でも……やっぱり、思います」


「そうか」


楓は、グラスの中のワインをゆっくりと回しながら、どこか考え込むような表情を浮かべる。


そして——


「れいちゃんって、今……幸せですか?」


「……」


突然の問いに、俺はグラスを持つ手を止めた。


何を言えばいいのか、すぐには答えが出なかった。


(続く)

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