尻ガール
平賀・仲田・香菜
尻ガール
「ちょいとちょいと。そこに誰かいるでしょう。少し話を聞いてくれんか」
壁から生えた尻はスカートをリズミカルに揺れながら私に話しかけてきた。化物、という訳ではない。私と同じ高校の制服を着ているし、スカート丈は長い。人物は真面目な気性とも推測できる。
つまり、通学路のブロック塀から腰から下を露出しながら話しかけてきた女子高生がいるだけだ。
「どんな状況だよ……」
「おっ!? やっぱり人がいた! しかも可愛い声、女の子だね? お尻に感じた気配は気の所為じゃあなかった」
眼前の尻は喜びを示すように激しく揺れる。
しまった。見て見ぬふりを決め込もうと思っていたのに、思わず吐いて出た呟きを拾われてしまった。
「私、急いでるんだよね。これから入学式なのに遅れそうで」
実際のところ、入学式なんて出なくてもいいと思っていたし、サボろうとも思っていた。しかしこの尻から離れるための方便として画策した次第。
「えっ!? ここの道を通って入学式なら絶対一緒の高校だよ! 袖振り合うも多生の縁ってね。私たち友達になれそうじゃない?」
私は尻と友達になるつもりはないし、こいつが振っているのは袖ではなく尻である。そもそも私はこの尻の顔すら見ていない。
「友達壱号さん」
誰が壱号だ。
「見てわかると思うけど、身体が抜けないの。助けてくれない?」
そりゃあそうだろう。尻が話しかけてきたときは驚いたけど、どうせそんなことを頼まれるのだろうと予測はできていた。しかしシチュエーションの割にはあまりに普通の展開で、なんだか私は急にがっかりしてしまった。
「可哀想に思わないこともないんだけど、関わりたくないから私もう行くね」
「ちょっと! ちょっと! 待って私本当に困ってるの! そうだ! いいこと教えてあげる……」
「いいこと?」
「いかにして私が壁にハマってしまったのかを教えて進ぜよう」
それはちょっと気になる。入学式に向かう新入生が壁にハマる理由とは何か。平々凡々な私には到底想像がつかない。
「しかたない。引っ張ればいいのかな」
私は尻の腰を両腕でガッチリと抱え込み、力の限り引っ張ってみた。が、どうにも動かない。腹がつかえて抜くに抜けないようだ。
「あー。さっき早弁したからお腹出ちゃったかー」
「バカなの!?」
驚き、そして罵倒を込めて尻を力の限り平手で打った。その振動は尻を揺らし、肉、水分を触媒に全身へ伝わる。コンクリート塀にハマった腹は小刻みに揺れ、微かな隙間が産まれ。
「キャイン!」
踏まれた仔犬のような叫び声とともに、尻は少女へと変貌した。ようやく抜けたということだ。
「いやー。ひどい目にあったよー」
尻の正体は、私と同様これまた平々凡々の少女。真っ直ぐ切り揃えられた前髪はコンクリートのカスで汚れている。身長は若干小さい割に動きが大きく、小動物のようだった。
彼女は服のゴミを払いながら顔を上げる。
「どうもどうも助かりましたありが……ひいっヤンキーだったの!? ヤンキー・ゴー・ホーム!」
「誰がヤンキーか」
「だってパツキンのチャンネーでちょっとプリン頭でガム噛んでるし……私の人生終わった……今日の救出劇をネタに揺すられるんだ、裏庭に呼び出されてお小遣いは巻き上げられ万引きを強要されて店長に見つかったらまた揺すられて……人生に絶望した私は俯いて歩いた結果、壁の穴にハマってまた身動きがとれなくなるんだ! 入学式に行きたくなくて俯いて歩いていたら壁に刺さった今回のように!」
いつの間にか約束が果たされていた。俯いていた原因まではわからないが、そうやって壁に刺さったらしい。話しかけられたときが面白さのピークだったな。理由は案外つまらないものだ。
「ええい私はヤンキーになんて屈しない! 本当は入学式なんて行きたくなかったけど、私は逃げるぞ! バイナラ!」
それだけ言うと尻女は駆出し、呆気にとられた私が反応できた時には豆粒だった。
さて、気が進んでいなかったのだけれど、やっぱり私も入学式に行ってみようかな。原因こそはつまらないものだったけれど、どうやら同級生にはおもしれー女がいるみたいだから。
「ちょっとあなた、新入生でしょ!? もう入学式始まってるわよ! もう代表の答辞よ!」
遅刻はしたけれど、入学式には参加できた。体育館の端に教師と立たされる羽目にはなったけれどね。校長の話も、新入生代表の答辞も、私からすれば興味のある内容のハズも……。
「ーー」
マイク越しに聴こえた答辞の声は懐かしく。いや懐かしくというか、かなり最近聞き覚えがあるというか。
「尻女……!」
「あら、知り合い? 彼女、入試で主席だから答辞をお願いしてるのよ。人前に出るのが苦手だっていうから心配してたけど、ちゃんと入学式にも来てくれたから安心したわ」
私は声を出して笑うのを堪えるのに必死だった。
やっぱあいつ、おもしれー女。
尻ガール 平賀・仲田・香菜 @hiraganakata
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