第3話 デート一回で手を打ちましょう
「一流にするって、どうやって……」
トールは困惑気味に尋ね返す。
まあ、いきなり言われたらそうでしょうね。
「冒険者としての実力を上げるということです。まずは現状の確認をしましょう。貴方の仕事っぷりを調べますね」
「あ、はい」
私はギルドで管理している冒険者リストを、備え付けられてた棚から引っ張り出す。
ここではギルドに登録してある冒険者がいつどんなクエストを受けたのか、その可否も含めて記録されている。
……うん。やっぱり簡単な単発クエストなら難なくこなしているようね。
「どうだ、俺もなかなかのものだろう?」
「ええ。ですがもっと効率的に出来るはずですよ。端的に言えば無駄が多い」
「俺なりに頑張ってるんですけど!?」
でも、こうやって落ち着いて見てみると、トールに何が足りていないかもわかる。
それは……、
「すばり、貴方に必要なのは頭脳ですね」
「がーん」
「とは言っても、必要なのは知識や経験なので、これから補うことができます」
知識が足りないとわかっているなら増やせばいいだけだ。
私はさらに棚の奥深くを漁って分厚い本を取り出した。モンスター図鑑やギルド管轄エリアの地図である。
「まずは座学をはじめましょうか。一番手っ取り早いですからね」
「げ、勉強はちょっと……」
「図鑑でモンスターの生態を知れば有利に戦えますし、地図が頭の中に入っていれば効率的に依頼をこなせます」
「で、でも俺って実戦派だし」
「はやくランクを上げたいんですよね?」
クエストの消化率が上がればランク昇格の機会も増える。
うちのギルドでは、冒険者の昇格権を持っているのはギルドマスターだ。マスターはその辺りの数字もけっこう見ている。
そもそもギルドは、冒険者に試験を課して及第点を取れたものにしか仕事の斡旋はしない。
認定試験と呼ばれているもので、トールもそれに受かって冒険者になったはずだ。
試験の中には知識を問うものもある。冒険者はただ勇敢なだけでは勤まらないのだ。
「わかった。俺、頑張るよ。ベルフィーネ」
「受けて立ちましょう」
「そ、それでさ。もし俺のランクが上がったときは……」
トールの視線が泳ぐ。
何が言いたいかはわかっていた。
「……はあ、デート一回で手を打ちましょう」
ホントか!? と飛び上がるトール。
……少し自分を安売りし過ぎたかもしれない。
でも私とトールに限って何かあるわけでもないし、それで彼のやる気がでるのなら問題ないでしょう。
「俺がんばるからな! 絶対にランクを上げて超一流冒険者になるからな!」
「はいはい。楽しみにしていますよ」
そこまでやる気を出されると、私としても楽しみになってくる。
それから私たちは、仕事やクエストの合間に、ちょっとした勉強会を開くことになったのだ。
◇
「ではトール。回復薬にも使用されるマンドレイクですが、その見つけ方はわかりますか?」
「えっと、たしか悲鳴を上げるやつだから引っこ抜いてみれば……」
「違います。マンドレイクを好んで食べるモンスターがいるので、まずそれを探すところからはじめます」
何の準備もなくマンドレイクを抜けば最悪死にますよ、と付け加えておく。
……現在、私とトールは勉強会中だった。
今は彼に冒険者として必要な知識を詰め込んでいる最中だ。
なかなか手強い生徒である。
「ギルドにはマンドレイク採取のクエストが来ることもあります。ですが知識がない者には任せられません」
「面目次第もございません……」
「いつでもトールの得意な仕事が来るとは限りません。知識と技術を身に着けて仕事を選ばずにこなせるようになれば、ランクアップも近づいてきます」
いつも自分が得意とする仕事が募集されているとは限らない。
そんなとき何もできずに時間を無駄にするか、募集中のクエストから達成可能なものを見つけられるかでは、冒険者として大きな差が出てくる。
それに、クエストの途中で新たな依頼が発生することもある。
そのとき自分に必要なスキルが無ければ断る他ない。
出来ることを増やして達成可能なクエストの幅が広がれば、ギルドからも依頼人からも重宝がられるだろう。
「うう……思った以上に大変だ。だけど俺、がんばるよ」
「頑張ってください」
「だから、その……たまにはご褒美というか、この後一緒に食事とか……」
「次の問題にいきましょうか」
「スパルタ!」
それからも私は、トールに冒険者としての知識を徹底的に叩き込んでいく。
あるときは、こんなこともあった。
「ただいま。今回のクエストは骨が折れたぜ、ベルフィーネ」
「お帰りなさい。ご無事で何よりです」
「いや、あんまり無事じゃないんだよ。依頼人の所に行くとき迷っちゃってさあ……」
今回の仕事は一つ山を越えた向こうにある農村での害獣退治、それと害獣に壊された家屋の修繕の手伝いだ。
害獣とされたモンスターはさほど強いものではなく、トール一人でも十分対応可能と判断して任せた。
だが、どうやら村へ辿り着くところでつまずいていたらしい。
「地図は確認しましたか? 登山ルートは?」
「確認したよ。でも何でか迷っちゃってさあ……」
「……もしかして地図を読み間違えたとか?」
詳しく話を聞いてみる。
すると、地図と実際の地形が違っていて、遠回りになってしまったらしい。
実はよくあることだった。大雨が降れば洪水や土砂崩れで地形は変わるし、そもそも調査の進んでいない地域なら地図はアテにできない。
だが、冒険者たる者、このくらいの困難は自力で解決しなければならないのだ。
事前に情報収集をする、川の濁り具合から新しく出来た川か見極める、雲の形から天候を予想するなど、やれることはたくさんある。
「……地図を過信し過ぎましたね。事前情報と異なる可能性を常に考えておくべきです」
「わ、わかってるよう。ちょっと勘違いしてただけで……」
「はあ、仕方ありません。せめて天気の読み方くらい叩き込む必要がありますね」
私はギルドが保管している天候関係の本を棚から取り出した。
どんどんと積みあがっていく本の山に、トールは恐る恐る訊ねる。
「えっと、まさか今からこれ全部覚えるとか言わないよね……?」
「言います。ぜんぶ覚えて下さい」
「やっぱりね……。わかった覚えるよ。……だから一緒に教え……」
「ここに初心者本がありますから自力学習してください。――では次の冒険者の方、どうぞ。クエストをお探しですか?」
「鬼畜!」
だまらっしゃい。こっちは受付嬢が本業です。
それから分からないところは泣きつかれながらも、なんとか雨の予想くらいは出来るようになった。
また、ある時はこんなこともした。
「ベルフィーネ。今日はいきなり呼び出してどうしたんだ? まさか、これからデー……」
「違います。今日はコンビを組んでクエストに当たってもらいます」
トールががっくり肩を落としているのを無視して、酒場の方で待機してもらっていた冒険者に目配せをする。
椅子に座って酒を飲んでいたのは、額に十字傷を持つ大柄で壮年の冒険者だ。
合図に気づいた彼は、さっと立ち上がってこちらに歩いてくる。
「トール。こちらの方はベテラン冒険者のガイウスさん。今日は彼と遺跡探索に行ってもらいます」
「おうベルちゃん。この坊主かい? ベルちゃんが今推してる冒険者ってのは」
ガイウスさんはじろりとトールを見つめる。
ベテランの醸し出す威圧感にトールは押されそうになるが、それでもしゃきっと背筋を伸ばして挨拶をした。
「はい。俺、トールって言います。今日はよろしくお願いします」
「ふん。俺の指導は厳しいぞ。ついて来られるのか?」
「が、がんばります!」
今日の仕事は、遺跡に棲みついたモンスター駆除だ。
遺跡のある土地の所有者である貴族が、遺跡の取り壊しを計画しているのだ。
工事のために内部のモンスターの排除やトラップの解除をしなければならない。
とはいえ、この遺跡はもう発見されてから時間がかなり経っており、ほとんど探索済みかつモンスターも駆除済みだ。
安全がある程度確認されているため、初めてダンジョンに潜るトールにはピッタリと言える。
本当はガイウスさんが一人で行うつもりだったが、私が無理を言ってトールと組んでもらった。
トールにとっても良い経験になるだろう。
「ありがとう、ベルフィーネ。俺頑張るから」
「お気をつけて。無事のお帰りお待ちしております」
――それからも私は、トールをビシビシ鍛えていった。
彼の足りない知識は私の勉強会で補い、他のベテラン冒険者とも組んでもらって経験を積ませていった。
トールの素直な性格は思いのほかベテランたちにも好評で、けっこう可愛がられているみたいだ。
トールは少しずつだけど、冒険者としての実力をつけていった。
それは彼の自信にも繋がり、依頼人に安心感を与え、次の仕事にも繋がっていった。
私も彼の成長がだんだん楽しくなっていった。
どうすれば彼をもっと成長させられるか、今足りていないものは何か、どうすればそれを補えるか、今募集のあるクエストをどう活用すればいいか。
まるでパズルを解くように、考えていくことに夢中になった。
そして、彼の特訓がはじまってから三か月の時が過ぎた。
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