ニューロ・ダイバー -The Another World on-line-

オイイイイイ

第1話 フルダイブ技術の夜明け

 時は西暦2040年。全人類待望のゲーム機がついに発売された。


 大手ゲームメーカーのゼタ・エンターテイメントが、満を持して世に解き放つは、その名も『Direct.Projection.System-VR』(D.P.S-VR)。


 ライトノベル界隈で『フルダイブ』と呼ばれる夢のゲームマシンが、世界に先駆けこの日本でついに現実のものとなったのだ。


 その発売は、まさにファーストインパクト、と言える出来事で、人類が仮想世界へとその第一歩を踏み出した記念すべき日だった。

 その奇跡のマシンは熱心なゲームマニアはおろか、スマホゲームが精々のライト層をも巻き込み社会現象となる。普段ゲームに見向きもしない昼の情報番組ですら、『D.P.S-VR』の話題一色で塗り潰さた。

 日本全土に吹き荒れた狂祭おまつりは、後にビッグバンに例えられ、ここ何年かヒット作に恵まれず、経営不振のゼタ・エンターテイメントを、ゲームチェンジャーに押し上げた瞬間でもあった。

 

 しかし、この偉業はゼタ・エンターテイメントのみで成し得たものではない、この成功の裏には、知る人ぞ知る医療機器メーカー、巴Medical Electronicsの存在があった。この異色のコラボが与えた衝撃は、ゲーム業界のみならず、医療業界をも震撼させた。

 

 医療用非侵襲型Brain Machine Interfaceの特許を数多く保有する巴MEと、かつては体感ゲームの雄と呼ばれたゼタ・エンターテイメント。

 最強タッグが開発悪ノリしたマシンに搭載されたのが、次世代VRテクノロジー『Neural 神経 Direct 直接 Projection投影型-Virtual Reality仮想現実-SYSTEM』(N.D.P-VR-SYSTEM)だ。

 従来のVRデバイスは視覚、聴覚、触覚など部位毎にデバイスを装着し、映像や音声、振動など、普段人間が感じる所謂五感に情報を与えていたのだが、『N.D.P-VR-SYSTEM』はコンピュータ上で生成された、感覚の情報を脳波に変換し、脳に直接投影する事で、さまざまな感覚を得る方式である。

 また、逆に人間が得た感覚の脳波を検出し、デジタルデータとして処理する事も可能である。


 その『N.D.P-VR-SYSTEM』を構成する機器で、一際目を引くのが『Neuro Projector-Gear 』と命名されたデバイスだろう。


 スノーホワイトにハーフミラーのシールドと、その特徴的イカツイなシルエットは、何処ぞの謎の覆面レーサーを彷彿とさせるが、デザインを除けば、一見普通のフルフェイスヘルメットに見える。


 だが、その実態は『N.P-Gear』の名を冠するBMI機器で、脳波の入出力と相互変換を処理する『N.D.P-VR-SYSTEM』の根幹をなすデバイスと言える。


 医療機器分野ではオープンエア型と呼ばれる第二世代が主流と成りつつあるが、『N.P-Gear』に採用されたのは、第一世代と呼ばれるフルフェイスヘルメット型だ。

 その違いは、取り扱いのし易さと開放感にある。装着した状態で、無理なく日常生活を送る事が出来るか否かが、唯一にして最大の違いになる。

 

 基本的な機能に違いはないが、装着感は雲泥の差だ。この差を生み出しているのが、電磁波をシールドする方式にある。

 微細な脳波を安定して取得する為には、外界から受けるノイズを遮断する必要があるのだが、第二世代型はノイズを測定し逆位相の電磁波で相殺する、所謂ノイズキャンセラーを搭載しており、保険適用されても少々お高いと言える価格だ。

 一方、第一世代型は、頭全体を包み込むように筐体内部にシールド材を配置して遮断する方式で、装着感は悪化するが安価で、ゲーム機として販売しなければならない『N.P-Gear』には、コストパフォーマンス優先で採用されたのだろう。


 異彩を放つ『N.P-Gear』から、ゲーム機本体に目を向ければ、これと言った特徴もなく、DVDのトールケースを3,4本重ねた厚みとサイズに、『N.P-Gear』とお揃いのスノーホワイトのカラー、その天板の真ん中に『D.P.S-VR』のロゴが入る、白くて四角い箱と言えるようなシンプルな形は、いかにも医療機器メーカーらしいクリーンなデザインと言える。また、光学ドライブなどの搭載も無い。(もっとも現在はクラウドゲーミングが主流であり、プレイしたいゲームをサブスクリプション契約する形を取り、物理媒体で発売される物の方が、珍しく成りつつある)


 本体前面には左端から、電源マークの付いたタッチセンサー型のスイッチ、並んで付属のゲームパッドやメモリなどを接続するUSBコネクタが4個、右端にN.P-Gearを接続する為の、大きめのコネクタが一つ有る。その専用ケーブルは、両端に抜け防止の為のラッチ機構をそなえ、軽くしなやかで取り回し性は良好だ。

 最後に背面だが、電源ケーブル、モニターの接続端子、ネットワーク端子が並び、特に目新しい類のものはない。


 電源ボタンに軽く触れると、音もなく起動する本体は、天板のロゴがLEDによって静かに発光し始める。

 接続されたモニターには、ゼタ・エンターテイメントのロゴが映し出される。

 クリスタルの様に青く透き通るロゴは、無数の光源を受けることで、反射、透過、屈折、それらが複雑に絡み合い、えも言われぬ美しい集光模様コースティクスを描き出す。

 舞い踊る光源が一際強さを増しホワイトアウトすると、徐々にD.P.S-VRのロゴがフェードインする。

 スノーホワイトにダークグレーのロゴが映し出され、アニメーションや効果音もなく、ただひたすらにシンプルなデザインのロゴが静かにフェードアウトする。


 暗転した画面に『D.P.S-VRへようこそ』の文字と共に、初期設定を促すメッセージ・ウインドウが現れる。

 未知のマシンから挑戦を受け、臨戦体制を整える。設定項目は他のゲーム機と変わらず、使用国、言語、ネットワーク、プレイヤーアカウント、スクリーン、サウンド等々、今時のゲーム機なら当たり前とも言える項目を、付属のゲームパッドで容易く攻略していく。


 ついにラスボス登場、『N.P-Gear』の接続と設定の始まりだ。攻略難度はSSS、まさにモンスター、プロゲーマーだって手古摺る、最新最強のデバイスだ。


 画面にはギアのCGが表示され、ティーチング内容が順番に表示されている。


 これは、仮想世界から全人類への挑戦状だ。慎重にかつ素早く攻略しなければならないのだ。


 まずはフィッティング、ギアに同梱されたクッション材をセットするのだが、同じ形で厚みの違うモノが3セット、頭の大きさに合わせてS.M.Lと有る。

 クッションだけを装着して、丁度よくフィットした物をギアの中に押し込む。ギアの内側に有るマジックテープがクッション材を保持して、少々の動きではズレる事はない。

 モータースポーツ用のヘルメットとは違い、安全性能は皆無なので、堅牢なシェルや分厚い緩衝材は無く、軽量で軽快な装着感は、長時間のプレイでも問題なさそうだ。


 フィッティングが終わると続いてコードを接続する。ギアの額に当たる部分のカバーを外し露出したコネクタへ接続、もう一端を本体側に接続したら逸る気持ちを抑えつつ、ティーチング画面の指示する電源ボタンの位置を確認する。


 コネクティングが終わり、いよいよギアの初期設定に入る。ギアを被り、ボタンを長押しして電源を入れる。冷却とベンチレーションの為のファンが作動すると、僅かな風切り音と共に、仮想世界へのゲートが起動する。


 初回起動時は初期設定が自動的に立ち上がり、標準的な脳分布図をベースに脳全体のスキャンを開始する。使用者に最適化された神経接続プロトコルが設定されると、暗闇にメニューウインドウが浮かび上がる。追ってギアのシールド部分に内蔵された二眼カメラからの映像を脳波に変換、大脳視覚野へ投影さた自室の映像が、メニュー画面の後ろにスーパーインポーズされる。


 初のフルダイブ体験、思ったよりもレトロな感じのメニューウインドウが目の前に浮かぶ。何かの操作盤を思わせるヘアライン処理されたメタリックなウインドウ。そこに嵌め込まれたかの様なボタン類。表示される英数字も何処かニキシー管を思わせるフォントでレトロ感が半端ない。


「マジかよ……いつの時代のセンスだよ」

 

 呟かずには居られなかった。最新のSFアニメや映画の様なシースルーで未来的なカッコいい物を想像していたのだ。

 

 もっとも、ウインドウの後ろに映るモニター画面のUIも同じテイストだった。そこでふと思い出す。本体を開発したのはゼタ・エンターテイメントと巴M.E.とか言う、聞きなれない医療機器メーカーのはずだ。多分UI関係も巴M.E.が担当したのだろう。医療機器など機能一点張りでデザインセンスのカケラも無いじゃないか。まあ今時のゲーム機だ、ホーム画面のテーマなど幾らでも変更ができる。好きなゲームや推しのキャラクターでホーム画面を染め上げるのも又一興。


 などと思いながら少々萎えた気分を取り直し、ウインドウに触れる。


 …………そう、ウインドウに


 さわれるのだ・・・・・・


 ふれられるのだ・・・・・・・


 ヘアライン加工が持つ、サラリとした手触りを指先に感じる。

 硬質で冷やりとした、金属特有の感触が伝わる。


 正直舐めてた、これが……フルダイブか…………


 従来のVRゴーグルでも、もっとクールでリッチなUIはつくれるだろう。目の前に浮かぶイケてるウインドウを指で操作する事など造作もないだろう。


 だが、この指先に感じるリアリティは、次元が違う。


 ボタンを押せば、クリック感が。

 パネルを撫でれば、凸凹とした感触が。

 ウインドウを摘んで移動させれば、質量が。



 感じられるのだ…………



 ファーストインパクト、言葉の意味が理解出来た。



 マジで、ヤバイ。


 なんか、泣けてくる。


 たかがゲームの、


 たかがウインドウに、



 触れるだけで…………感動する。



 旧型のVRシステムでは、視覚と聴覚を騙すだけで、振動を与えるのが精々だった。ましてや触感や重力、温度の感覚は再現できない。


 しかし『D.P.S-VR』が搭載する、次世代VRテクノロジー『Neural Direct Projection VR-SYSTEM』の産み出す空間は、現実リアル仮想世界バーチャルの境界を超えて、感覚を拡張する。


 この差は、世界が違うと言っても、過言では無い。


 従来のVRデバイスは、ただの玩具に過ぎなかった。だが、この『D.P.S-VR』の登場は新たな次元へのビッグバンだった。


 ヤバイ……ヤバイ、ヤバイ。


 語彙もヤバイが、それ以上に頭の中が、マジでヤバイ。



 興奮冷めやらぬ、コレだけテクノロジーの進んだ現代で、更に未来を見せるのか?エキサイトした頭で勢い任せに次のティーチングメニューに進む。いよいよ『N.D.P-VR-SYSTEM』と『N.P-Gear』の設定が始まる。この二つは密接に関係しているので、どちらか片方では無く、双方同時に設定される。


 先ずは視覚のティーチングからだ。


 基本的にコンピュータが生成した映像を第一視覚野に投影する事で、見える・・・状態を実現している。ここでのティーチングは視野角や左右の視力差、斜視などで両眼視機能の低下が認められる場合の、補正に関するフェーズである。


 最初は正確な両目の間隔、次に正面を見つめたまま上下左右の見える範囲の視野角の測定を行う。これが正しく行われないと視覚と感覚にズレが生じVR酔いなどの原因となる。


 また、両目の視力差は眼球の問題だが左右の視力に極端な差がある場合は、両眼視機能の低下が認められるケースと同様に、左右の高次視覚野の発達度合いの違いが見られ、視覚野の処理に差が出る場合が有る。その様なケースでは片眼視に適応した処理が脳で行われる為、完全な両眼視を元にした映像投影は脳が混乱を起こす可能性が考えられる。


 その様な場合でも、様々な見え方の脳波をディープラーニングによって学習したAIが搭載されており、視覚野の脳波の状態を測定する事で、AIによって元々の見え方に補正される。


 次のフェーズは体の運動機能に関する物だ。


 音声アナウンスと共に視界に浮かぶウインドウに表示される通りに体を動かしていく。触感や運動に対して出力される脳波を測定し、標準的な運動野のデータをプレイヤー個々人に最適化される様に微調整を行い、アバターAPIのデータベースを更新する。アバターAPIとは、複雑な構造を持つ人間の肉体をコンピュータ上で再現エミュレーションした、仮想体バーチャルボディ及びそれらを動かすためのプログラム群を指す。


 『N.P-Gear』で取得された脳波はニューロセプターと呼ばれる機能で、脳から出力された運動データは仮想体へ渡される。一方現実の肉体はプレイ中に動作すると事故に繋がるので、リアルボディへの命令はニューロセプターでカットされ、何事もなかったかの様に、ゲーム開始時の姿勢を維持する。(実際の処理はダミーデータをリアルボディに渡し、運動データをバーチャルボディに渡すことで擬似的にカットされたように見せている。)


 最大の恩恵は、Haptic Generatorハプティック ジェネレータによる自分の体と遜色なくフィードバックされる触感と、自由自在に動かせるモーションコントロールだろう。従来の想念コントロールはパターンマッチング法が採用されており、例えば掌をグーの形からパーの形にするには、触感に頼らずCGの腕を見ながら、パーの形をした時の脳波を出力すると言った無茶を、長い時間の訓練の末に体得する必要があったが、アバターAPIでは人体をエミュレートしているので、四肢が繋がっている感覚すら再現されており、普段体を動かしているのと変わらない感覚で、いきなり体を動かす事が出来るのだ。


 また、ゲームやCGアニメーションなどで見られるIK(インバース・キネマティクス)やFK(フォワード・キネマティクス)の技術にも対応可能で、多彩なモーションアシストがプレイヤーが持つ現実世界での運動能力を超えた、よりダイナミックなモーションを行わせる事も可能で有る。


 そして、キャラクターの操作は人間の思考のみで行われると思われがちだが、アバターAPIにはモーションコントロールを司るAIが統合されており、Deep Neural Networkディープニューラルネットワークで動作学習や運動データの数理化を、Recurrent リカレント Neuralニューラル Networkネットワークで動作解析や動作予測などを行う。これは、モーションアシスト時はもとより、想念コントロール下に於いても有効で、クラウドゲーミングの性格上僅かながらのラグが発生するが、プレイヤー自身の動きの範囲や、傾向などを元にゲームキャラクターとのシンクロ動作を行い、ネットワークのラグや、思考との齟齬を吸収して違和感なく、自分が・・・コントロールしていると思わせているのだ。


 これらのAIに学習を行う為にも、暫く画面に表示される通りに運動を行うのだが、全身の関節という関節を動かす様な量で、少しキツイ。全身が終わると続いてフェイシャルモーションの取得を行う。日本人は余り表情筋は動かないのだが、表示される物体を目だけで追う、笑顔や泣き顔などの百面相をさせられたりと明日は顔面筋肉痛になりそうだ。


 モーションが終わると、ボイスのティーチングが始まる。


 ボイス設定のフェーズは主に、プレイヤーの音声、声色やイントネーションなどを再現する為にある。プレイヤーが話し、その内容をマイクで拾えば簡単だが、スマートさに欠け、ゲーム世界に没入したプレイヤーが1人で会話をしているのは、ある意味ホラーで有る。


 そこで登場するのがNeuro Wave Voxニューロウェーブヴァックスと呼ばれる音声合成AIである。NWVは声道を動かす時の脳波で、どの様な発音をするかを特定する、|Brainwave Translation《ブレイントランスレーション》(脳波翻訳)と言われる手法を用いて思考の言語化を行い結果をテキストで出力する。

 そのテキストを音声合成AIがText To Speechテキストトゥスピーチ技術を持って、音声として出力する。


 しかし、此処まではAIが発音しているのであって、プレイヤー自身の声色や喋り方の再現はされていない。

 

 そこで、自分の声色や会話の特徴をシステムに反映する為、プレイヤーはティーチング画面に表示されている文書を読み上げ、音声をサンプリングし、

DNN(深層ニューラルネットワーク)で音声波形を、

RNN(再帰ニューラルネットワーク)で構文解析や文脈予測を、

NLP(自然言語処理)で言語化された思考の解析など、様々な技術をハイブリッドに搭載されたNWVを用いて、ディープラーニングを行う必要がある。

 その結果、声色や喋り方の特徴が反映され、AIがプレイヤーと同じ"しゃべり"を実現させているのだ。


 因みに、一旦テキストに起こすのが無駄な処理に思えるかもしれないが、プレイヤーとNPCの会話や、クリエイターの書いた台詞もNWVを通じて発音されている。


 続くサウンド設定もNWVによって統合制御されている。

 サウンドの処理は、聴覚野に対して音声データを脳波に変換して入力するだけの処理だと思われがちだが、此方もNWVと統合されている音声合成AIを用いた処理がされている。

 例えば、声を出して読まない、頭の中で読む所謂、脳内音読などもサウンドとして処理される。記憶の中の様々な"音"、その音色や声色と言ったものまで、脳波から再生可能でサウンドとして出力出来るのだ。特に自分の声色は、レコーダーなどで録音されたものを聞いて、自分はこの様な声色だったのかとショックを受ける話はよく聞くが、この様な場合にも、自分自身の声を聞いた時の脳波からその音を再現する事で、違和感を解消する。

 

 また、思考の言語化を行い、心の中の喋りが第三者へ伝えられたら?ライトノベルなどによく有る、思念伝達が実現できるのだ。そうした心の声とも言える物まで、サウンドとして処理する為には、様々な音声データを聞いたり、聞かされたフレーズを思い出し、脳内での再生や音読を行い、DNNやRNN、NLPと言った技術を持って『聞こえた時』や、『音の記憶を再生した時』の脳波の様子を学習させる。


 さらに様々な方向からの音の場所を特定する音像定位などのティーチングも行われる。音の場所は言わば左右の耳に音が到達する時間差を脳が検出し実現している。即ち脳に与える音声信号の時間差や、音の強弱を変えなければならない。ギアに内蔵されているスピーカーから音を聴かせ、脳波の状態を学習させる事で、調整を行なっていく。

 一口にサウンドと言っても、単純にBGMや効果音を聴かせるだけではなく、思考からの音声の再生などは言語処理と密接な関係がある為、ボイス機能とサウンド機能はNWVで統合制御されているのだ。


 続いて味覚及び嗅覚のティーチングに移行する


 味覚と嗅覚はMagic Flavorマジックフレーバーと呼ばれる統合機能が搭載されている。味覚は基本となる五味、嗅覚は様々なフレーバーの脳波パターンを収めたデータベースからなる。

 例えばチョコレートの再現は、苦味、甘味、酸味などの構成比率と、カカオやミルクなどのフレーバーの比率によって算出されている。もっともそこはチョコレートのフレーバーで良いだろ、と言われればそうなのだが……

 ティーチング内容も、基本五味の確認と、幾つかのフレーバーのテストのみである。機能としては最低限の物で、他の部分と比べればオマケ要素が強い。ゲーム機では世界初の機能で、活用方法もこれから研究が進められるだろう。

 因みに、食感は食べ物の構造を物理シミュレーションで実現して、口中の感覚フィードバックで得ることが可能である。


 五感のティーチングも問題なく終了し、いよいよゲーム内へと旅立つ瞬間が訪れたのだ。


 ローンチタイトルの中で最も注目度が高いのが、ライトノベルの異世界転世をモチーフにした、MMORPGのThe Another Word Onlineだ。

 それもそのはず、国民的RPGシリーズである、Legend of Another WordのVRMMORPG版であれば、その期待度は途轍もなく高まるのも頷ける。


「かくゆう俺も御多分に洩れず購入済みだ。」


 一方ゲーマーからは……

没入型VRマシンのローンチタイトルに、新作MMORPGをぶつけて来るとかマジか?

流石ゼタ変態すぐるw

いっつもゼタはフューチャー死すぎだろw

etc etcと歓喜の声がネットを駆け回たとか無かったとか。


 まあ、そんな事は置いといて、目の前に浮かぶウインドウに表示される、『The Another Word Online』のアイコンを指でタップする。クラウドサーバーへの接続中のメッセージと共に、プレイ開始時の注意がアナウンスと共に表示される。


『ゲーム中は体の動きが制限されます。出来るだけ安定した姿勢を維持できるように、専用のVRチェアーやベッドに仰向けの姿勢で、ゲームを開始して下さい。』


 勿論立ったままの姿勢ではゲーム開始は出来なくなっているのだが、お約束と言うやつだろう。間もなく接続が終了した旨がポップアップして、ゲーム開始待ちの状態だ。注意書きに従いベッドに仰向けの体制をとり、ゲーム開始のキーワードを唱える。



「Hello World」



 視界は暗転し、現実との接続が絶たれる。


 俺は今、ゲーム世界へと旅立つのだ…………

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