第2話 ストラップ
ご飯も食べたところで、少しは頭が働くようになってきた。
考えるべきはもちろん、私の隣でのんびりテレビを観ているコウくんのことである。
「なんか、暗いニュースばっかりだね。回していい?」
「うん」
指もない、まんまるな茶色い手を器用に使ってリモコンを操作するコウくん。
どうやってるんだろう。コツとかあるのな?
いや。今はそんなことどうでもいい。
今の問題は、この子をどう養うかという点だ。
ぬいぐるみとはいえ、動いて喋って食べるのだ。
どういう原理なのかは知らないが、1つの命と言っても過言ではない存在となった彼と暮らすにはどうするか。
答えは簡単だ。
仕事を探す。
お金さえあれば、大抵のことはなんとかなるのだ。
「ちなみ、また難しい顔になってるよ」
コウくんが私の膝をポンポンしなが言う。
可愛い。
「焦らなくて大丈夫だよぉ。前の仕事の貯金もあるでしょ?」
確かに、稼いだお金を使う暇が無いくらいに忙しかったあの頃に貯めたお金ならある。
「だからさ、まずは外に出ることを目標にしよう」
「外? それくらいできる……よ」
言いながら、ここのところ引きこもりがちになっていることに気づき、自信がなくなってくる。
ネット通販が便利だから、外に買い物にいかなくてもなんとかなってしまっていたのだ。
こりゃヤバい。
仕事どうこう以前に生活が、生きる活動ができていない。
「まずは、近くの神社にでも行ってみたらどうだい?」
「神社? 神社ねぇ」
日本人として恥ずかしい限りだが、ここ数年、三が日すら参拝をしていない。故に、ここから1番近い神社がどこにあるかも分からない。
まぁ、スマホで調べれば1発だけど。
でも、こんな信仰心の無い奴がいきなり行ったら神様も嫌がるんじゃなかろうか。
っていうか、何で神社を勧めたんだろう?
こういう時って、とりあえずコンビニとかに行くものじゃないの?
「コンビニに行ったら、ちなみはカップ麺とか買っちゃうでしょ? 別に良いんだけど、健康になりに外に出るのに不健康なものを買うのってなんか……アレじゃん?」
「そうだねぇ……アレだねぇ」
ぬいぐるみのクマさんよりも語彙力が失われているのだ。それくらいから始めるのが丁度いいのかもしれない。
「よし! じゃあ行こう!」
\
狭い道を歩いていると、向かい側から大学生らしき集団が賑やかな笑い声をあげながら近づいてきた。
まだ昼過ぎだけど、自由の象徴である大学生は道幅をたっぷりとって歩いている。
怖い。
あの子達のことを何も知らないのに怖がるのは失礼だけど、私が笑われているのではないかと不安になる。
しかし、カバンの紐に引っかけているストラップを撫でて、心を落ち着ける。
モフモフした感触のおかげで、暴れる心臓が少しずつ静かになる。
大丈夫。
あの子達は敵ではない。ここは安全。
そうこうしているうちに、大学生(仮)達は通り過ぎていった。
「……ふぅ」
1人だったら危なかったかもしれない。
やっぱり、コウくんについてきてもらって正解だった。
\
とか良い風に語っている私だが、コウくんが一緒に行くと言い出した時は全力で断った。
25歳の女がぬいぐるみを持って神社に行った日には、この地域で新たな都市伝説ができてしまう。
「大丈夫だよ! ほら!」
そう言うと、コウくんは「ポンっ」という音を立てる。
その瞬間、どんどん小さくなりストラップくらいのサイズになった。
「え? どうやってやったの?」
「まぁ、それはいいじゃない」
そんな気軽さでスルーできることではない気がするが、そもそもの状況が非常識なのだ。もう1度騒ぐのは疲れる。
従来の面倒くさがりな私は、コウくんの摩訶不思議な変身にツッコミを入れるのを諦めた。
\
そんなわけで、近所の神社に無事に着いた。
「……疲れた」
20分も歩いてないくせに、そんな情けない声が漏れる。
中学・高校と陸上部で長距離を専攻していた私だが、今やこの体たらくである。
でも、辿り着けた。
目的地に辿り着けた。
ここ最近、何もしてこなかったからか、これくらいでも若干の達成感がある。
褒めてもらいたい……。
しかし、コウくんは外では喋らない。
私が、ご近所でヤバい人扱いされないように気を遣ってくれているのだろうが、ちょっと物足りない。
せっかく外に出れたんだから、もう1イベントくらい欲しい。
そう思って神社を見渡す。
すると、熱心に祈祷をしている女子高生がいた。
セーラー服を着た金髪の女子高生がいた。
今日は平日。何故学校ではなく神社に?
なんて疑問、私は抱かない。
女子高生だって、学校に行きたくない日くらいあるだろう。実際、私がそうだった。
不良だったわけではないけど、理由もなく学校をサボって街を歩いていたりしていた。
なんだが、仲間を見つけたみたいで嬉しくなる。
そうして、遠巻きに眺めていた女子高生が、私の存在に気づく。
そして、ズンズンとこちらに向かってきた。
え? ジロジロ見すぎたかな?
ヤバい怒られる。
しかし、女子高生は礼儀正しい口調でこう言った。
「すみません。今声をかけてよろしいですか?」
「は、はい」
しどろもどろになりながらも、怖い人じゃなさそうで安心した。
正面から彼女を見る。
金髪が目立つが、意外と童顔だ。
しかし、彼女の方は私を見ていなかった。
その目線の先には、カバンに揺られるコウくんがいる。
「あの……できれば引かないでほしいのですが……」
綺麗な目をコウくんに向けながら、彼女は言う。
「その子、喋ったりしません?」
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