ぬい活女子(25歳)はキチンと生きたい

ガビ

第1話 コウくん

 私の名前は水野ちなみ。25歳。

 年齢=彼氏いない歴に該当する喪女だ。

 さらに、失業して3ヶ月が経つ無職。


 ハハっ。終わってますよねー。


 でも、こんな私でも人を好きになったことがある。


 もう20年以上前になる。

 しかも、1度会っただけの男の子。

 彼のことは何も知らなかったけど、アレは恋だったと思う。


 この物語は、少し変わった相談相手と一緒に彼を勝ち取るために奔走する物語だ。


 さて。どこから話そうかな。

 やっぱり、あの子が覚醒したところからが分かりやすいだろう。


 どうか、私の馬鹿みたいに不器用な話を聞いてくれたら嬉しい。

\



 あなたは、ぬいぐるみと話したことはありますか?


 私はあります。

 それも、1回や2回ではない。

 幼少期から25歳になる現在まで、毎日話しかけてた。


 もちろん、返事が返ってくるなんて思ってはいない。でも、間違いなく私の1番の味方なのだ。


 5歳から一緒にいるから、もう20年の付き合いだ。この子がいない人生なんて考えられない。


 サッカーボールくらいの大きさで、抱きしめるとモフモフした感触が気持ちがいい。


 名前はコウくん。薄茶色のクマさんのぬいぐるみ。

 特に理由は無いけど男の子だと思っている。


 そんなコウくんが、ある日喋り出した。


「ちなみ! 僕しゃべれるようになったよ!」


 変声期前の男の子みたいな声で、そう言ってくる。

 辛いことがあった日も、この子にお話を聞いてもらって心が癒されていた。


 大好きなコウくんが喋った。


 そんな、心温まる展開に対する私のファーストリアクションは、以下の通りである。


「うわぁァァァァァァァァァァァァぁァァァァァァァァァァァ!!! 化け物ォォォォォォォォォ!!!」


「え? え? ちなみ? ぼくが言うのもなんだけど、これってちなみが驚きつつも大切にしていたぼくと言葉を交わせたことに涙ぐむシーンじゃないのかい?」


「うわァァァァァァァァぁァァァァァぁ!! メチャクチャ喋る! 物語の基本を抑えてる!! 怖いよぉぉ!!!」


「ちなみ! 落ち着いて! そんな大きな声だしたらお隣さんに怒られちゃうから!」


 喋るぬいぐるみに常識を諭された。存在自体が非常識なくせに。


 でも、仰る通りだ。

 現在、木曜日の午後11時。


 立派な社会人なら寝る準備をしている時間だろう。いや、朝の早い仕事をしている方なら、もうとっくに明日のために身体を休ませている。

 私みたいな無職とは違って忙しいのだ。


「ン……」


 喚くのをやめて、今の状況を整理する。


 前職を辞めてから、どうにも身体を動かすのが億劫になり、朝から布団に包まって動画を観まくって過ごしていた。


 そんな中、突然コウくんが喋り出した。


 ……うん。分からん。


 整理した結果、何も分からん。

 まあ、分からないってことが分かっただけでも良しとしよう。


「……落ち着いたかい?」


「……うん」


 少なくとも、さっきよりは。


「じゃあ、これからよろしく!」


「……」


「……」


 え? 説明終わり?


「な……なんか理由とかないの?」


「理由? そりゃ、ちなみが大切にしてくれたから自我が生まれたのさ。付喪神ってやつかな。ハハッ。自分のこと神って言うの、なんだが照れるね」


 すっごい喋るぬいぐるみだなぁ。


 しかし、付喪神か。

 なんかの漫画で読んだ覚えはある。


 長い年月を経たものに霊魂? みたいなのが宿るやつだ。


 ……え? マジか。


 確かに、ぬいぐるみを20年愛用するのは「長い年月」に入るのか。

 そう思うと、こうしている今も時間が流れ続けている恐ろしい現実を思い出す。


 そろそろ社会復帰しなくちゃ手遅れになるかもしれない。


 早く仕事しなくちゃ。


 早く。

 早く早く。

 早く早く早く。

 早く早く早く早く。

 早く早く早く早く早く。


「まあ、その辺はゆっくりで良いさ」


 フワリとした表情で、コウくんは言う。


 ゆっくり。


 それで良いのだろうか。


「とりあえずさ。今日ごはん食べてないでしょ? 何か食べようよ」


 そういえばそうだった。

 昼過ぎに起きてから、トイレ以外は布団から動かずに過ごしたから食事を摂っていない。


「さあ! 冷蔵庫へゴー!」


「う、うん」


 お腹は空いてないけど、人間は食べなければ死んでしまう。

 働いていないくせに、一丁前に食事をする罪悪感はあるが、死はまだ怖い。


 ノロノロと台所へ移動すると、コウくんもついてきた。

 しっかりとした二足歩行だ。私よりも足取りがしっかりしている。


 冷蔵庫を開くと、ほぼカラだった。


 そりゃそうだ。最後に買い物をしたのは2週間近く前なのだから。


「お。卵があるじゃないか。あと、冷凍してある食パンも。ちなみ、スクランブルエッグを作るの得意だから丁度いいね!」


 しかし、コウくんが残骸の中から食材を見つけ出す。


「そ、そうだね」


 久しぶりに料理をしてみるか。


 あそこで働いていた時は、忙しくて料理する余裕が無かったからコツは忘れたけど、スクランブルエッグくらいならできるはず。


 ぎこちない手つきで卵を割ってかき混ぜる。

 フライパンに入れて形を作っていると、美味しそうな匂いがしてくる。


 ……なんだが、お腹空いてきたかも。


 食パンも解凍できたし、食べよう。


「コ、コウくんも食べる? っていうか食べられる?」


「いいのかい!?」


 私なんかの手料理に喜んでくれる。

 やっぱりいい子だ。


 別皿に半分こして、コウくんの身長に合う小さなテーブルの上に置く。


「ありがとう!」


「うん」


「じゃあ、いただきます!」


「い、いただきます」


まずはスクランブルエッグを口に運ぶ。


「……ッ!」


 ブワッと旨みが広がる。

 スクランブルエッグって、こんなに美味しかったっけ?

 あっという間に平らげてしまった。


「ごちそうさま! 美味しかった!」


 口元のパンクズをぬぐいながら、お礼を言ってくれるコウくん。

 ティッシュでそれを取ってあげると、さらにニッコリと笑顔になる。


「……」


 喋り出した瞬間は怖かったけど、やっぱりこの子は可愛い。


 喋ろうが動こうが可愛い。

 

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