モラハラ悪妻にわからせられる、既婚童貞(生前)異世界旅行

よるしのぶ

第1話 転生前夜

 同じ歩幅で歩いて行けるといいね──そう、彼女は言っていた。


 指輪を交換した、あの時の照れくさそうな彼女の微笑みを、おれは心のよりどころにしてきた。


 病める時も、健やかなる時も。


 たとえ彼女に罵られても、蔑まれても。


 無視されても、嘲笑されても。


 金を無心されても、セックスを拒否されても。


 何年も、それが続いても。


 倒れたまま、起きられなくなっても。


 胸の痛みがとれなくても、呼吸ができなくなっても。


 目の前が、白くなっても。


 彼女は不貞腐れたようにうつむき、唇を尖らせたまま、険のある視線を寄越すだけだった。


 ただ……最期の瞬間だけは、分からなかった。

 ベッドに伏しているおれを見下ろす彼女の表情がどのようなものだったか。


 蔑視だろうか。

 嘲笑だろうか。

「ようやくおれのような愚鈍な夫から解放される」との、安堵だったろうか。


 それとも……。


 彼女がおれをどんな目で見つめていたのか。

 どんな声を掛けてくれたのか。

 最期の瞬間だけは、分からなかった。

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モラハラ悪妻にわからせられる、既婚童貞(生前)異世界旅行 よるしのぶ @kidoutei

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