飴玉の転がる陰に

くうき

本文

 コトンっ。と鉛筆が机から落ちた。拾おうとした瞬間、学生時代に貰ったものや卒業アルバムなんかが足下にあったダンボールに入っていた。


「あぁ、休み休み。きゅうけい~。」


 目についたダンボールを引っ張り出し、カーペットの上に割座になって卒業アルバムに目を通す。なつかしさに囚われながら、一ページ一ページをめくっていく。そして、自分のクラスメイトの名簿と写真が写ったときに、顔が少しだけ曇った。


「あっ………。」


 ある一人の少年に目が映る。彼を見ると同時に彼女の目は少しずつ視界を掠めていく。彼はもう、この世界には存在していない。数年前、元々患っていた心臓病が急激に悪化したことにより、亡くなってしまったのだ。


「………。」


 彼女は言葉を詰まらせる。誰にも言えない気持ちをずっとずっと隠し続ける。彼が亡くなったとき、彼女は飴玉を舐めながらある準備をしていた。両親と彼の両親が突然やって来る前までは。

 その時は突然訪れる、慌てて母親が入ってきて、そのことを伝えてきたことを覚えている。彼女は、言葉も出すことが出来なかった。誰のせいでもなく突如として、鯉をして、愛が芽生える段階で亡くなってしまったのだから。行き場のない感情は右往左往と揺らめいていた。


 慟哭が響き渡る。何もできない両親に、彼の両親もどうしようもない哀しみが包み込む。彼も、想定はしていなかった。その日の彼は実は旅行の計画を立てており、そこで指輪を渡す予定だった。しかし、彼女には秘密にされておりその裏を知っていたのは両親と彼女の両親のみだ。友人にすら伝えず、彼はその道半ばで倒れてそのまま空へと旅立ってしまった。


 どうしようもないまま、時間は流れていく。傷は癒えることは絶対にない。修復できたフリをしながら彼女も、彼の家族も生きていった。幼いころから一緒に育ち、新しい関係に踏み出そうとした道半ばの時間は無駄ではない。しかし、失ったものの代わりを見つけることはほとんど不可能に近い。

 


 月日はさらに流れた。失ったものは風化しなくとも、進んで行かなくてはいけない。前を向けなくなれば人は衰えていく。転がっていった飴玉を拾ってくれた人は、その過去すらも受け止めてくれた。

 彼女は、再び歩みだすことが出来たのかもしれない。傷は残っている。愛してもいる。背反した気持ちを今後も抱えながら生きていく。

 幸せは、転がっている。しかし、必ずしも最大の幸福が目の前にある訳ではない。生きていることに幸せを得るものもいれば、死ぬことに対して幸せを感じる人もいる。快楽は一瞬であり、後悔は一生という。それは人生においても同じだ。後悔は一生残る。だからこそ楽しかった記憶よりも嫌だった記憶の方が残りやすい。



 式場の鐘が鳴り響く。左手の薬指に2つの指輪が嵌められていた。一つは質素な指輪で、もう一つは決して華やかでも無く、錆が少しだけ入っている指輪。少しだけざわつく人々。

 残された者も消えてしまった者も、新しく現れた者も、祝福をしてくれているのだろうか。


 誰もいない台所に飾られた写真には、幸せそうな顔をする彼女が写る。しかし、その笑顔はいつしか本当の笑顔に溶けるのであろうか。


 床に落っこちた飴玉は暑さで少し溶け始めていたのだった。

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