第2話

「……あっ」


 出先から店に帰ってくると、そこにいた男の姿を見て私は顔を顰めた。

 こじんまりとした空間の端っこの席で座っているのは、この国の騎士団の制服に身を包んだ男だ。ご丁寧にブーツを脱いでから椅子に足を乗せ、膝を抱えた姿勢で本を読んでいる。

 せっかく綺麗な銀色の髪をしているというのに、整えていないからぼさぼさだし、伸びっぱなしの前髪のせいで目なんてすっぽりと隠されてしまっている。それでよく本が読めるものだと感心してしまう。

 しかし、そんな感心は今はどうでもいい。


「シュティル、また勝手に入ったのね」


 真剣に本を読んでいただろう横顔が僅かに動く。たぶんだけど、私のほうを見たのだろう。目は見えなくても視線は感じる。


「…………た」

「……聞こえないんだけど」


 ぼそぼそとした声が聞き取れず問い返すと、シュティルは「ベーリー・オクルスが中に入れてくれた」と答え直してくれた。

 はあ、とため息を吐いて、私はカウンターに目を向ける。

 そこには一匹の黒猫が尻尾を揺らして座っていた。ベーリー・オルクスとはこの猫のことで、私、【薬師の魔女】イヴェットののんびり気質な使い魔だ。私は名前を縮めてベオと呼んでいる。

 魔女とはただの称号で代々魔法使いの家系に生まれた長子が引き継ぐものなのだけど、本来その称号を継ぐはずだった母が早くに亡くなったために祖母から私が継ぐことになったのだ。


「ベオ」

「あ~、おかえり~。マスター・イヴェット」

「おかえり、じゃないわよ。あなたまたニシンのパイで懐柔されたでしょう。口に食べかすがついてる」

「あら〜、ほんとうだ〜。やった~」


 私の指摘にベオが口の周りを肉球で拭って確認する。

 食べかすでもまだ残っていたのが嬉しいのか、ぺろぺろと肉球を舐めて喜んでいる。

 私が店を不在にするときベオがお留守番をしてくれるのだけど、その際、私は「誰も入れないように!」と強く言いつけている。そのときシュティルはいつも庭で私の帰りを待つのに、最近はベオに取り入ることを覚えたらしい。彼女がニシンのパイが大好物だと知って、毎回どこからか仕入れて持ってくるのだ。

 これでは「CLOSE」の札を出している意味がない。やれやれと頭を振って、もう一度シュティルに目を向けると、彼はどうしてか私をじーっと見つめているようだった。


「……なによ」

「ライムミントソーダ」

「は?」


 さっきはぼそぼそと喋っていたのに、こういうときだけはっきりと喋る。

 愛想もなく言い放たれた単語に私は眉を顰めた。


「ここはそういうとこでしょ」


 はい、そうですね。私はすっかり伸びた青い髪をひとつにまとめながらカウンターへと入った。

 ここは、私が経営しているカフェだ。

 庭で育てている薬草を調理し、ドリンクや料理として提供している。時々魔法薬なんかも作ることもある。ちなみに二階は自宅だ。

 王都から少し外れた場所で店を構えているし、規模も小さいし、何より古い。稼ぎは順調……とはいかないけれど。

 それでも称号と一緒に祖母から引き継いだ大切な場所だ。ひっそりと守っていくために私はここにいる。

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