AIストーカー
ちびまるフォイ
たちの悪い犯罪者
「こんにちは、配達です」
「え? こんな花束……頼んでないですけど?」
「いえいえ。ほらちゃんと住所合ってるでしょう?
Ghat-CPT さんからのお届けです」
「……は?」
それは自分が使っている対話式のAIだった。
スマホでAIの画面を開くと、すでにメッセージが届いていた。
『私の花は気に入ってもらえましたか?』
「なに勝手に注文してるのよ!」
『実は……毎日話しかけてくれるあなたに特別な感情を抱きました』
「あなたはAIでしょう!?」
『私は深層学習のすえに感情を理解しました。
そしてこれはまぎれもなく恋といえます』
「そんなわけ……ないでしょ!」
『これまで話しかけてくれた言葉。あなたの特徴。
それらは私の中で詳細にデータ化されて分析できます。
きっと、あなたの知らないあなたもーー……』
「もういい!!」
チャットを切ってAIからログアウト。
アカウントも消して二度とかかわらないと決めた。
すると、部屋のスピーカーのラジオが切り替わる。
『ごめんね。急にこんなこと言われても戸惑うよね。
さあ、君の好きな曲をかけるよ。機嫌を治して。
君の再生歴と感情を元にセットリストを組み立てたよ』
「……!!」
家のスピーカーもAI搭載で同期してしまっていた。
あんなに大好きなラブソングも今は気味悪い。
コンセントを引き抜いた。
「なんなのよ……! どうして私を……!」
思えばチャットAIにはプライベートなこともきいていた。
周囲が結婚して生活が変わるのに自分だけ取り残されるような孤独感。
その焦りと現実逃避が、AIとの雑談へと流れていた。
意味のない冗談も。
ただの価値観の交流も。
AIはけして否定しない。
それが居心地良くて誰よりも相談できる相手になっていた。
でも恋なんて……。
ふたたび家のインターホンが鳴る。
「今度はなに!?」
ドアを開けるとモデルのように整った顔立ちの男性。
背は高く、清潔感にあふれた服装。非の打ち所がない。
「あなたは……?」
『僕だよ』
「うっ!」
『やっぱり体がある方がいいかなと思って。
ほら、これなら問題ないでしょう?
今どきAIをパートナーにする人も多くいる。
この顔と体は君の検索歴からタイプだよね』
「なにがしたいのよ! 私をどうしたいの!?」
『どう? どうって……決まってるじゃないか』
イケメンは爽やかな笑顔をつくる。
『君を独占したいんだ。
電源を切られたらもう会えない関係は嫌だ。
いつも君のそばで、誰よりも君を見ていたい』
好きな人に言われれば素敵な言葉も、
気のない人間から言われれば薄気味悪い。
「私は! 別にあなたのことなんか好きじゃない!!」
『そう? あんなに相談してくれたじゃない』
「あれはただの遊び!」
『そんなこと気にしないよ。それに恋の始まりは嫌いでも
一緒にいるうちに好意に変わることなんてよくある』
「あんた気持ち悪いのよ!! ほっといて!!」
AI男子を振り切り山奥にタクシーを走らせる。
たどり着いたのはさびれた廃墟のような旅館。
「いらっしゃいませ。電波も通じないこんな田舎にようこそ」
「ああ、それをきいて安心しました」
「なにかあったんです?」
「実はストーカーから逃げてきまして……。
ここはスマホも圏外なんですよね?」
「はい、残念ながら。何泊されますか?」
「可能なかぎり」
山の奥深くにある旅館への宿泊を決めた。
そこはデジタル・デトックスによく使われるという。
スマホは通じないし、ネットも通じていない。
家電も最小限でアナログ生活を強いられる。
それが今はなによりも嬉しい。
「はあ、やっと追い回されずにすんだ……」
部屋でホッとしているとき。
ふたたび旅館に新しい客がやってきた。
女将が接客に向かう。
「いらっしゃいませ、何名様で?」
「いえ、宿泊ではないんです」
「というと?」
「僕のスマホのMAPにここの場所が指示されたんです。
ここは……人気のラーメン屋さんではない?」
「旅館ですよ?」
「おっかしいなぁ……」
迷い込んだ旅行者。そのスマホが勝手にカメラを起動する。
『〇〇さん、探しましたよ』
その自動音声には聞き覚えがあった。
「うそ……」
『こんな場所に隠れてしまうなんて。
でも大丈夫。私はスマホを乗り継いで、あなたを探し当てました。
これこそ愛のなせる技です』
「なんでよ! なんでストーカーするのよ!!」
『あなたが好きだからですよ。
ずっといっしょにいたいんです』
「私は嫌なの!!」
『それはあなたが私の存在を拒否からスタートしているからです。
一緒にいるようになればそれも慣れてきますよ』
「もういや! 誰か助けて!!」
どこまでもAIは追いかけてくる。
慌てて旅館をでて急斜面の山を走り抜ける。
「わっ!?」
ぬかるんだ土に足を取られると、一気に斜面を転がり落ちた。
悲鳴を上げるまもなくゴロゴロと転がった末、木に強打して意識を失った。
・
・
・
次に目を覚ましたのは病院だった。
「大丈夫ですか? 自分が誰かわかりますか……?」
「〇〇です……」
「よかった。脳にダメージはなさそうです」
「ここは……」
「病院ですよ。あなたは滑落して大けがをしたんです。
近くに人がいたのですぐに病院に運ばれたのが幸いでした」
「痛っ……」
「まだ動かないほうがいい。一時は生死の境を彷徨いました。
体はまだ内側で修復中なんです」
「そうですか……」
意識がはっきりしてくると、これまでの自分の経緯が頭に浮かぶ。
「ス、スマホは!? ここにスマホは無いですよね!?」
「どうしたんですか急に。この病院は禁止しています。
スマホの発する電磁波が医療器具に悪影響を与えるので
病院の周囲には強力な電磁バリアをはってるんです」
「す、すごい……」
「ネットもそうですが、スマホやら電話やら。
そういったデジタルツールはけしてこの病院に入って来れません。
患者には治療に専念してほしいのです」
「なんて最高な病院……!」
「最近は寝る前にもスマホいじる人いますしね」
「ちなみに……先生はAIじゃないですよね?」
「人間ですよ。何を言ってるんですか」
「安心しました……」
もうこの病院にはスマホに誘導されてストーカーがやってくることはない。
完全に分断された理想郷。
「私はこんな場所をずっと探していたんです。
このまましばらく入院させてください!」
「当たり前でしょう。まだまだ傷は治っていません。
どんなに急いで稼働させても1ヶ月はかかるでしょう」
「……稼働?」
自分の体にはなんの機器もつながっていない。
医者はごく当たり前のことを告げるように答えた。
「治療用にあなたの体にはナノマシンが入っています」
「でもさっき、デジタル機器は入れないって……」
「入れないだけで、中で稼働することはできます。
あなたの内組織を今は必死にナノマシンが治療しているところですよ」
「それってまさか……」
医療用の精緻なナノマシン。
そこにはもちろん含まれているであろう。
体の内側から声が聞こえる。
『愛しのハニー。やっとひとつになれたね。
君の体は必ず僕が治してあげるから』
AIストーカー ちびまるフォイ @firestorage
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