偏向

小狸・飯島西諺

短編

 父はいつも、こっちを向いてくれなかった。


 私の幼少期から青年期にかけて、一切教育に関わることはなかった。

 

 土日など、休日は常に自室にこもって出て来ず、何をしているのか分からなかった。


 おまけに亭主関白であった。


 家族は自分中心に回っていると、本気で思っていたのだろう。


 「自分が家長なのだから」と、そんな発言を、大人になるまで何度か聞いたことがあった。


 他の家庭ではそんな状況になっていないと知ったのは、大学に入るまでであった。


 加えて、怪しい宗教に入信していた。


 食事の際「いただきます」の前に、私たち(母、弟、私)にも、祝詞を口ずさむように強要してきた。


 新興宗教だったのだが、私にとっては、怪しい宗教にしか思えなかった。


 怖かった。


 とても、怖かった。


 突然スイッチが入ったかのように、亭主関白論を振りかざしたり、宗教の話をしたりする父の真意は、微塵も分からなかった。


 幸い、癇癪かんしゃくを起こして暴力を起こすということはなかったけれど、家族一緒で食事を摂る時の父の目はいつもうつろだった。


 どこか別の方向を見ているかのようであった。


 その真意を探るために、大学では心理学部に入って、色々と勉強した。


 その結果、色々と分かったことがあった。

 

 分かりたくもなかったことだったけれど。


 父の異様な亭主関白論は、父の父――祖父(私が生まれる前に故人になっている)によって形成されたものらしい。息子ということで、過干渉されて育ったのだそうだ。――そんな思いから、教育に関わることを意図的に避けていたのだそうだ。いや、だったら初めから子どもなんて作るなよという話である。作った後で全部母任せにしたんじゃ、つり合いが取れないし、何より夫婦関係も悪化するだろう。


 その予想通り、私が高校時代あたりから、夫婦関係はとてつもなく悪化していた。


 あれだけ一緒に摂っていた食事も、途中から父だけ別になり、母が父の部屋の前に食事の入った盆を置くのである。同じ家にいるのに、家庭内別居状態であった。酷い有様である。仲が悪いのを間近で見せつけられたのだ、精神衛生上良いわけがない。


 今では、散々亭主関白をやっていたせいで、定年退職後に実家に居場所がなくなった。今ではインターネット上、SNS上で、政治批判したり、気に食わない思想の方と論戦を繰り返している。


 誰も父と話をしようとはしないし。


 誰も父と食事を摂ろうともしない。


 何というか、「こうなりたくない」をこれでもかと凝縮したような親である。


 それでも。


 私は、ただ、普通に。


 尊敬する人は誰ですか、と聞かれた時に、両親ですと答えたかった。


 あの頃普通に、話したかった。


 あの頃普通に、頭を撫でで欲しかった。


 あの頃一緒に遊びたかった。


 そんな思いも、贅沢なのだろうか。




(「偏向」――了)

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