第十話 揺られ、降られて
車内の空気はどんよりと沈んでいた。その余りの重苦しさに、圧し潰されやしないかと危ぶむほどに。
「久しぶりね。優奈ちゃんは会うのいつ振りだろう?一年くらい?」
私たち二人の険悪な雰囲気を見兼ねてか、それともどこまでも鈍くって普段通りに喋りかけてきたのか、車で迎えに来てくれたお母さんはあくまでも陽気に喋りかけてくる。
私は優奈の隣を避けて、助手席を選んだ。優奈はもちろん後部座席。気まずそうにしているのが、ミラー越しでもよく分かった。
「ああ、ええ、たぶんそうです。しばらく帰っていなかったので」
「あら、そう。ふーん。……で、どうなの?そっちの生活は?彼氏の一人や、二人できたりした?」
お母さんの運転はいつもひやひやする。この霧の立ち込めるような土砂降りの雨の中、そんなことはお構いなしに彼女はぐんぐん飛ばす。アクセルを振り切って進む。
助手席に座っていると、恐ろしいくらいのスピードで流れていく景色に、軽く意識が飛びそうになるのだ。立体的な景色は、ぐにゃりと歪んで線になる。そういう不快な錯覚。早く運転免許を取らなければと、帰ってくるたびに思う。
「ああ、いや、そんなのできませんよ」
優奈は薄く笑みを滲ませて、困り顔を作る。さしもの優奈も、台風みたいに縦横無尽、泰然自若、威風堂々を地で行く私のお母さんに対してはたじたじだった。
ついさっきまでの饒舌な様子はどこへやら、どこかしょんぼりと気落ちしているように見えるのは、私とけんかしたことだけが要因ではないだろう。
本当に彼氏いないの?って、私はミラー越しで優奈の方を睨んだ。優奈は
どこぞのご令嬢かとツッコミを入れたくなるような、弱弱しい笑みを浮かべるばかりだ。ダリナンダアンタイッタイ。
「まぁとにかく、長旅おつかれさま。沙紀ちゃんたちは先に来てるからね」
とりあえず、実家に無事に辿り着けたことに心底ほっとした。
私の実家は木造の二階建て。なのだけど、夏休みには家からすぐの祖父母の家にみんなで二三日泊まりに行くのが恒例になっているから、帰って来たというのはちょっと違うかもしれない。それでも、この家は落ち着く場所で、私のふるさとであることには変わりはないのだ。
今家にいるのは、母方の祖父母に父と母。それと、母の妹さんとその旦那さんと、そこの一人娘の沙紀ちゃんだ。
沙紀ちゃんはまだ小学生で、小生意気な部分こそあれど、溢れる無邪気さで時々天使と見間違う、かわいい盛りの姪っ子だ。帰省のたびに、年の離れた妹のような気分で一緒に遊んだりする。
「沙紀ちゃんの前では、せめて仲良くしないとね」
トランクからリュックと私のスーツケースを取り出しながら、優奈が言う。どの口がって思うし、せめてちゃんと目を合わせてお話しましょうねとか、色々言いたいことはあったけど、そうだねとだけ言った。
私だってもうずいぶん大人になったものだと、自分で自分を褒めてやりたいくらいだ。
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