それじゃあまた明日

大黒天半太

「またね、大好き」

陽翔はると、お出かけするの?」


 母の呼び掛けに、六歳の陽翔はるとは元気に、うん!と返事をする。


「きょうも、おともだちがまっててくれてるから、はるとくんもいくの」


 母は、春に小学校に上がるようになれば、僕とか私とか使ってしゃべれるようになって、お友達のことも説明できるようになるのかしらと思う。

 母はまだ、陽翔はるとの口からお友達の名前も、男の子か女の子かさえ聞いていない。

 もしかして、名前も、まだ聞いてないのかしら。

 我が子ながら、と母は思う。

 鷹揚と言うか無頓着と言うか、嫌な思いをせず楽しく一緒に遊べる相手なら、男女も年齢の差も名前を知らないことさえ気にしないのだ。


「気をつけて行ってらっしゃい。お友達の名前がわかったら、お母さんにも教えてね」

「うん!」

 返事だけは元気よく返って来る。

 教えた通り、道路には飛び出さず、左右を確認してさっと渡っている。教わったことは忘れずきちんとできる子なんだけどな、と母は思う。

 道路の渡り方のように、友達の作り方も何かルールを教えてあげるべきか。いや、それは、陽翔うちの子らしくない。


「その子がいい子だと、お母さんも嬉しいぞ、陽翔はると



「あ~そ~ぼ!」

 児童公園に着いた陽翔はるとは、宙に向かって呼び掛ける。


 風が、陽光の揺めきが、若草の匂いが、陽翔はるとの周りに集まって来る。


「おかあさんに、おともだちのなまえをきかれたけど、はるとくんはしらないから、おしえてくれる?」

『名前ってなぁに?』

『名前は人間が付けるものよ』

『名前は嫌い。付けられると、縛られるもの』


 陽翔はるとは、去年の夏に買ってもらったカブトムシのサブローを思い出す。

 サブローにサブローって名前を付けたのは、自分だ。では、自分はサブローを縛っていたのか?

 そう言われれば、サブローは虫籠にずっと閉じ込められていた。

 閉じ込めたそうしたのは、陽翔はると自身でもある。

 名前を付けたら、お友達もサブローのように死んでしまうのかもしれない。

 それはイヤだ。


「わかった。もう、おともだちのなまえはきかないし、なまえをつけたりしないよ。さぁ、きょうはなにしてあそぶ?」


 陽翔はるとのお友達は、また今日も、手のひらの上の葉っぱをつむじ風で舞い上げて見せたり、喉が乾いたら口の中に一口分の水を集めてくれたり、公園の水場で濡れた手と袖口を温めて乾かしてくれたりする。


 陽翔はるとはそのお礼に、心の力をお友達に少し分けてあげる。


 初めて遊んだ時は、心の力がすぐ空っぽになって眠くなったけれど、もう今はお昼まで遊び続けても、陽翔はるとは平気だ。


 ひとしきり遊んだら、もうすぐお昼になろうとしているらしく、お腹がすいて来た。


「もうそろそろ、かえっておひるをたべなきゃ。おひるねしたら、きょうはもうこれないかも」


『さようなら、ハルト』

『また明日ね、ハルト』

『ハルトはいっぱい魔力をくれるから、ハルトもご飯をいっぱい食べてね』

『ハルト、大好きだよ。また明日ね』


「はるとくんも、みんながだいすきだよ。それじゃあ、またあしたね」

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