ダウナーな彼女を甘やかし続けたらダメ人間になったので、もっと甘やかすことにした。
新城鍵
1 ダウナー彼女、三徹でゲームする
「遊我のことは一度も男として見たことない」
秋が始まる頃、クールな彼女は当然のように、ダウナーな声音で言い放った。
「だからね、いきなり『一生隣にいてくれ』とか、『美涼がこの世界に於いて何よりも大切だ』とかって言われても困るの。元々友達だったしこれからもずっと仲良くやってくのは当然でしょ」
次いで、ぱっちりとした黒い瞳に困惑の色を浮かべ、シャープな輪郭を苦笑いで満たしながら、鈍色の返答を返す。
しかしそれでも、その絹のように細やかで蜜のように艷やかな紫色の髪は、対峙する俺の圧倒的な熱量と覚悟と愛情とその他諸々のせいか、小刻みに揺れていた。
「あのね遊我、いくら冗談でも指輪を渡すのはおかしいと思うよ?しかもそれ高級ブランドの指輪でしょ?ドッキリにどれだけお金かけてるのさ」
突き出されたお高い指輪にも、高貴な血筋のもと磨き上げられたアンニュイな表情は崩れない。
………が。
「―――え?もしかして全部本気なの………?」
ようやく目の前の事実―――俺こと
「…………っ」
しかし、一瞬だけ見えた動揺は、氷とも冬とも清涼剤とも呼ばれたクールでアンニュイでダウナーな微笑みに隠されていく。
「遊我、どれだけ私の事好きなのさ………!!」
やれやれ、と口にしながら、彼女は履いていたスキニージーンズのポケットから黒のハンカチを取り出し、俺の目元を拭う。
「…………しょうがないね、遊我は。感情が高ぶって泣いてるじゃん」
そして怒った後の子どものように泣きじゃくる俺の肩を取ると、鎖骨が見える白いTシャツで覆われた胸元へ、顔を抱き寄せる。
「よしよし。頑張った頑張った」
何年もかけた恋路の果てが、告白したのに子供みたいに撫でられるというフィナーレで良いのか………なんて思いながら俺は頬を膨らます。
美涼は、そのぷっくりほっぺを手に取ると、鼻と鼻が触れ合いそうな距離にセットする。
「その勇気に応えて、貴方と付き合ってみるよ」
―――そして、ハッピーエンドに相応しい言葉を口にした。
「まあ、私も遊我の事は好きなんだけどさ。恋愛的にどうなのかまではまったく分からない。取り敢えず1ヶ月付き合ってから、その先のことは考えさせて」
機械的で事務的な論理も、有頂天の俺には『まだ物語は続くよ』って言ってくれているように思える。
「ね。だからさ。
これから頼むよ?遊我」
故に、ここからの物語は。
ふたりの幸せを綴っていく、後日談みたいなものだ。
◇
…………で。そんな最終回みたいな日から、季節は1年弱巡って。
いまは、夏前。
「ふぁっきゅー!!!!!!!」
梅雨入りした街にしては頑張った方の曇り時々晴れくらいの天気の中。
カーテンを閉め切ったエアコンがんがんな室内で、クールでダウナーで魅力的だったはずの声で、放送禁止用語を叫んでいる女がいた。
「理想を抱いて溺死しろぉ……」
色素の薄く吸い込まれそうな瞳は、寝不足で生気が薄れている。
「はッ。何が世界で一番有名な格ゲーじゃい。二度とやらんこんなクソゲー」
ボッサボサの髪を無造作に縛り上げ、彼女はまたゲーム機のリモコンをぶん投げる。
「…………おい」
宙を舞う哀れなリモコンを空中で掴んだ俺は、その投げた主であるところの彼女様へ向け、憐れみの目を向けた。
「なに。私が負けたのがそんなに不満?」
「そこは大して問題じゃない。ざっこwww投げ技ばっか喰らってやんのwwwとは思ったけど別に文句は言わない」
「じゃあ何なの。屈伸煽りするなら容赦しないけどぉ」
人差し指で挑発する美涼を尻目に、俺は窓へと近寄り―――
「そろそろゲームやめろ!!!」
「眩しい!眩しいでしょ急に開けたら!!!」
「いい加減外に出ろやヒキゲーマー!!!」
カーテンを全開にし、部屋を光で満たした。
「嫌。私は暗闇に生きるって決めたんだから」
「そう言って3日も外に出てねぇだろうがダメ人間!!お日様浴びなきゃ人間死ぬでしょ!?」
「仕事休みなんだから何やってもいいでしょ。私、遊我みたいなアクティブパリピとは違うから」
「うるせえへっぽこ体力!今日も散々外に誘ったよなァ!?『一緒に映画見に行こうぜ』とか『突発キャンプしようぜ』とか『サッカーでも観に行くか』とかさぁ!?」
「そもそもキャンプとかスポーツとか私の辞書にないから」
「―――あの、俺一応彼氏なんだけど。美涼のハニーなんだけど」
「馬鹿だねぇ遊我。男にはハニーではなくダーリンと呼称すべきでしょう。英弱だねぇ〜」
「黙れ」
「こちとら、何回遊我のケアレスミスの愚痴を聞いてると思ってるの。一応客商売なんだからそこらへんきっちりとしなきゃ」
「やめろ。泣くぞ」
「ま、でも泣いた遊我の顔は可愛いから寧ろ泣いて欲しいかな~」
「…………何でお前はこう屁理屈ばっかり!!」
「彼女様だからね」
「免罪符に使うんじゃねぇ!!」
「全ては彼氏のせい」
「…………ほんとに昔から弁だけは立つよな、美涼」
…………お察しの通り、目の前に居るダボダボオフモード紫髪屁理屈女は、先程キュンキュン描写をしていた筈の九重美涼その人である。
努力が実り、付き合い始めたのが去年の秋口。
有頂天の1ヶ月を過ぎ、無事その後も契約更新して付き合い続け、いつの間にやら同棲も始め、そろそろ交際10ヶ月。
当初、俺の好き好きビームにもやれやれと言いながら無表情無関心になることが多く、凛とした美しさと気高さを持ち合わせていた美涼は。
………気付いたら、三徹上等でゲームに興じ、夜更かしして2ちゃんでアニメ実況をし、リビングでVtuberに投げ銭をし、ダボダボジャージで宴を始めるヘンテコサブカル女へと成り下がっていた。
「美涼お前、昨日今日でちゃんと飯食ってんのか?」
「食べてる」
「俺が料理作っても『置いておいて』って言ってたじゃん」
「ちゃんと作ってもらった分は食べてるって言ってるでしょ」
「いつ食べたんだよ」
「…………深夜3時」
「あー、だからこんなだらしない身体に………」
……まあ、堕落した原因は主に俺にある。
俺が彼女を好きなあまり、料理は作ってあげるわ一緒にゲームはするわ、その他諸々甘やかしすぎて、きままな彼女ちゃんが生まれてしまった。外に出ればちゃんと綺麗なんだけどな、家の中の姿がダメな子なんだよなぁ……。
「だらしないってなに?うら若き乙女に向かってなんてこと言うの」
「三徹して相手を屈伸煽りする奴の誰がうら若き乙女だと?」
「ぴっちぴちの乙女なんですぅ」
「アラサーの癖に?」
「しばくよ?」
「お前がな?」
「第一、私は太ってなんかない」
「へー」
四の五のうるさい美涼に近付き、現場検証として脇腹を触ってみる。
「ひゃぁっ!?」
「うーっわ。ぷにっぷに」
「勝手に触んないで!!」
「ぷよぷよ」
「擬音は要らないでしょ………」
「脂肪」
「いい加減に…………しなさい!!」
「ぐへぇッ!?」
調子に乗って煽ったら、見事に腹パンを喰らった。
「…………誰のせいで太ったと思ってるの」
そして、じとーーっとした目で俺に抗議の眼差しを向けてくる、最近太ったでお馴染み美涼様。
「美涼の自己管理が甘いせい」
「…………」
「深夜に飯を食ったり、食べてすぐ布団に入ったりするせい」
「…………そういうことじゃない」
「俺の作った飯を食べ過ぎるせい」
「…………そうそれ。遊我の料理が美味しいのが悪い。私は悪くない」
「イチャついた後調子乗ってスイーツ食べまくるせい」
「…………あれは私も動いてるからセーフでしょう」
「確かにそうだけど、3回もそういうことしたからって、1日にアイスも3回食べるのはどうかと………」
「うるさいなぁもう!!好きなんだから何回やっても良いじゃん!!」
「なるほど、美涼はそういうことが好きだと」
「―――あ」
「端的に言えば、俺とのエッチが好きだと言いたいんですね」
「……………ぅるさぃ」
「あーれれー!?さっきまでの威勢はどこに行ったんですかぁ〜!?」
「…………ばかやろ」
「へぇ~!!実はムッツリえっち女だったんだぁ〜!!そこもかわい―――ぐふぉッ!?」
再度の腹パン。吹き出る脂汗。ズレる眼鏡。激減する俺の人権。
そして、真っ赤に染まる美涼の顔。
「…………私が遊我のこと好きなことくらい分かってるでしょ………!?好きな男とイチャついて何が悪いの………!!」
そこから滑り落ちるデレの言葉を、俺は当然見逃さない。
「あー、とんでもなくデレた〜」
「…………うん」
「かわいい〜」
「…………うるさい」
「世界一かわいい〜」
「…………そりゃどうも」
「じゃあ、このままベッドに………」
「ごめん。私あと3時間くらい対戦潜る。最近実装されたいけすかない女キャラをシバかないといけないから」
…………え。
この流れで断られることとかあんの………?
「この野郎!!!ゲーム禁止だ!!!」
「遊我だってゲームするのに私だけはおかしいでしょ」
「お前は熱中し過ぎなんだよ!!」
「『ゲームは熱中したもん勝ち』って言ったのは遊我のほうじゃん」
「…………うッ」
「だいいち、私のオタク趣味を再燃させたのは遊我でしょ?責任取りなよ」
「…………ごもっともです」
「ということで、お咎めは無しでいいね?」
「…………はい」
…………そんな訳で、俺の膝上にちょこんと座り、ゲームに戻る美涼。
俺はその熱視線と、口から溢れる煽りの数々、そして胸に感じる小さな頭の感触にちょっとばかりの感慨を感じながら、一緒にゲームに熱中する。
「あーそこ!!なんで攻撃しねぇんだよ!!空中隙だらけなんですけど!?」
「攻撃したらカウンター喰らうじゃん。それくらい分かりなよ」
「ええ〜俺よりランク低いくせに何かイキってる〜」
「うるさい!!だまらっしゃい!!!」
グダグダでスローすぎる日常だけど。
ま、いいや。
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