第7話 螺旋の祝福、交わる呪詛
視界は白く染まり、全身の神経が焼け切れるような痛みが走る。
喉が渇き、心臓が強く鼓動を打つ。
――あぁ、これは……
単なる記録の閲覧ではない。
これは「過去の追体験」だ。
世界に刻み込まれた過去の記憶が、私の中へと流れ込んでくる。
時間と空間が歪み、意識が遠のいていく――
◆
隕石とともに降り注いだのは、
異世界の神――
邪神である深淵の神アビス。
邪神アビスは殺戮、破壊、侵略、といった権能を司っていたが、元居た世界で戦神との戦いに敗れ、砕け散った。
これにより、完全な神とは程遠く。
全権能のほとんどは失われ、残るは自身の根源たる深淵のみ。
ほぼ、零落した存在に過ぎなかったが。その破片の残骸は、次元の狭間を漂い、偶然にもこの世界、フォーリアの大地へと隕石という形で降り立った。
フォーリアの空は、突如として闇と光が交錯する劇的な瞬間に包まれた。落下した隕石は、まるで運命の砕け散った欠片のように、天空を裂き、轟音とともに大地に激突した。
エリュシュオン教国。
――かつて30万人もの信者がその神に絶大な信仰を捧げた国だ。
この国の聖域である「偉大なる山岳」と呼ばれる禁足地に隕石は落ちた。これによって神聖なる秩序が崩壊したのだ。
神官たちは、最初は「これは神の啓示だ」と呟いたが、やがてその場は血と腐敗の惨劇に変貌していく。
最初に異変が起こったのは、神殿を守護していた神官たちからだ。
隕石が落ちた先にあったのは
異様な光を放つ黒き岩。
彼らはその場所に近づいた瞬間に
それから発生した黒い液体に絡め取られ「溶けた」。
――違う、溶けたのではない。
変質したのだ。
彼らの身体はねじ曲がり、歪な触手が生え、目や口が溶けていく。
それでもなお、神の教えを唱え救いを信じる信徒たち。
だが彼らに救いは無かった。
次の瞬間、彼らは「分裂」した。
神官たちを喰らい、増殖し、さらなる悍ましい異形が生まれる。
それは宛ら“エクリプス”の誕生神話のようであった。
初期のエクリプスは、現在比べると比較にならない程、弱々しい。
視線が合うだけで精神に異常が起こり戦えないなどでは無かったのだ。
しかし、教国の神官や僧侶たちの肉体に侵入し、彼らの血肉を貪り食い、次第に分裂・増殖していく。
彼らエクリプスの本質は「増える事」にある。
これにより邪神アビスはエクリプスを通して、現地の魔物や人間等を無差別に殺戮、捕食する事で、己の存在強度を高め『神』として復活する狙いがあった。
この光景は、信仰に基づく神聖な秩序を、まさに破壊しつくすそれだ。
最初は数体だけの異形であった。
しかし、捕食すればするほどその数は指数関数的に増え、やがて教国全体を覆い尽くす。
信仰の民30万人は、わずか1年で地獄の苗床となったのだ。
血と骨、歪んだ嘆きが響き渡る。
教国は異形の化け物の国へと変わり果てた。
◆
その光景を、ただ 「眺めていた」
神エリュシュオン――
フォーリアにおける神々の一柱だ。
神である彼は人間的な感情を持たない。人間を愛しもしなければ、憎みもしない。
彼にとって、人間とは 「ただの存在」 に過ぎないからだ。
フォーリアの神々は、基本的に 「人間同士の争いには干渉しない」 という原則を持つ。
神が人間に肩入れすれば、対抗する神々が現れ、それが神々同士の戦争へと発展し惑星そのものが崩壊する危険があるからだ。
フォーリアの神々はこのような考えから基本的に「人間の運命には関与しない」ことを決めていた。
神エリュシュオンもまた、同じ考えだった。人間が死のうが、教国が滅びようが、それはただの「結果」に過ぎない。
ゆえに、神エリュシュオンは
「救う理由を持たなかった」
そう「救う」理由は無かった。
しかし――だ。
『教国の30万人が一瞬で消える』
しかも、それを起こしたのはこのフォーリアとは全く関係がない別次元の元神の手による災禍。
神エリュシュオンから見ると所詮は零落した存在。
ゴミにすぎない存在が自分の庭を台無しにしてしまったのだ。
人間が人間同士で殺し合う結果、勝手に潰れるのなら興味もなかった。
しかし、これは元神が引き起こした事由であり、神エリュシュオンにとっても相当に「不快」だった。
ある意味、信仰とは神にとっての「定期収入」 のようなものだ。
なので、たとえ信徒が一部死んでも、総量が維持されていれば問題はない。
教国の信徒が消えたからといって、自分の存在が揺らぐわけではない。
しかし、それでも今回の事態は
「想定外の収支崩壊」でもある。
神エリュシュオンが感じた不快。
それは人間に例えるならば
『家の中にゴキブリが湧いた』ようなもの。
当然、気持ちが悪い。殺虫剤を撒いて殺すのは道理である。
神エリュシュオンは、そんな感覚で フォーリア由来ではない害悪を「駆除」することに決めた。
また、この駆除は教国から、最も近い場所にあったヴァンガルドに「祝福」を与え、我の為に働かせる事にした。
なにか特別な才能がヴァンガルドにあったわけでは無い。
――ただ近かったから。
エクリプス並びに邪神アビスの駆除をさせることにしたのだ。
――それは、神にとって最も手軽で効率的な選択だった。
こうして、『神の祝福は成った』
ヴァンガルドが戦い続ければエクリプスの増殖も防げ、わざわざ我が手を出さずとも「人間」が解決する。
堕ちた神とはいっても所詮は殆どの権能も使えないただの雑魚。もはや神とはいえぬよな。
——今回はフォーリア外からきた外来種を駆除させるだけだ。すぐに終わるであろう。
所詮この程度。
少数に我の祝福を与えたからと、特に変わる運命もあるまい。
我に感謝せよ。
そしてヴァンガルドよ。
その地から逃げる事を許さぬ。
◆
これが神エリュシュオンの思惑であった。
こうしてヴァンガルドには、戦闘能力を飛躍させる数々の祝福が与えられた。しかし、神の恩寵を享受するということは、同時にその意思に縛られる「制約」を受け入れるという契約でもある。
そして、神エリュシュオンがこの地に祝福を注いだことは、図らずも邪神アビスという災厄の視線をヴァンガルドに呼び寄せ、地獄の釜の蓋をこじ開ける結果となってしまったのだ。
——神エリュシュオンから見れば零落した元神と普通の人間は何も変わらない。
しかし、人間と元神では存在強度の差は絶望的な程乖離している。
ただ、神エリュシュオンにとっては、その差に何ら違いはなかったのだった。
この視座の差が悲しい程に——
ヴァンガルドの運命を狂わせていく。
◆
ヴァンガルドに神エリュシュオンの
祝福が施された後日。
教国を喰らい尽くした邪神アビスは次の獲物を探していた
「……あら?」
柔らかく、甘美な声が響く。
異様な光を放つ黒き岩の中から 「邪神アビス」 が姿を現した。
彼女の存在は、フォーリアの神々とは異質だ。邪神アビスは 「外なる世界の侵略者」 であり、この惑星に 「不時着した流浪の神」 だ。
かつて、彼女は別の世界を侵略しようとしたが、敗北し、逃げる途中で次元を裂き、偶然フォーリアへ落ちて今に至る。
権能のほとんどを失った今
彼女は 30万人を喰らった事で
このように黒き岩から顕現できる程度には回復することができた。
とはいえ、それでも フォーリアの神々に比べれば「塵」同然の存在 ではある。
彼女にとって、殺戮と補食は「愛すること」と同義でもある。
すべてを喰らい、すべてを自分の一部とし、すべてを 「同じもの」 にすること。
それは彼女の悦びであり祝福であった。
神エリュシュオンによるヴァンガルドへの祝福。
この状況を見た邪神アビスは、激しく嫉妬し不満を抱いた。
捕食とは 神聖な儀式である。
より美味しく、より完全に仕上げるために、獲物を「育てる」ことすら厭わないのだ。
だが、そこに神エリュシュオンの祝福が介入した。
それは、彼女にとって 『自分の食事にゲロをぶちまけられたようなもの』だ。
目を付けていた獲物を先に取られた。ならば、自分も「祝福」を与え、獲物を 「美味しくする」 べきではないか?
そこでアビスは、ヴァンガルドに
自分が美味しく捕食する為の「祝福」を与えたのだ。
▪️ヴァンガルド家の直系の血族は領地を離れると10日以内に身体が腐敗し始める。
▪️ヴァンガルド領の民は領地を離れれば30日以内に病に侵される。また、30日を過ぎると緩やかに腐敗していく。
▪️この祝福は生まれながらにして受け継がれる。
アビスにとってこれは「理想的な熟成」といえる。
ヴァンガルドから獲物は逃げず、逃げても腐敗し、柔らかくなり、最高の味わいとなってアビスに還るのだ。
この祝福の出来にアビスは心から満足していた。
『____愛しき子、貴方
_____視ているわね』
◆
このアビスの祝福という名の呪いは、神エリュシュオンの祝福と邪神アビスの捕食への狂気が、互いの意図を超えて最悪の形で交錯し、偶然の産物としてヴァンガルドを襲う。
神エリュシュオンは、ヴァンガルドが害虫たるエクリプスを効率的に駆除できるよう、戦闘能力を高める「祝福」を授けた。
しかし、良くも悪くも神エリュシュオンの振る舞いは雑である。
神エリュシュオンは意図して制約を課したわけではなかった。
しかし、結果として、『祝福を与えしヴァンガルドの地より、逃げることを禁ずる』という枷を生んでしまう。
この制限は命を奪うようなものではなく、ヴァンガルド領から一定期間離れると祝福が裏返り凄まじい
だが、それだけでは他の領民やエリナの様に「死」に直結するわけではないはずだった。
一方、邪神アビスは、自らの歪んだ捕食美学を実現するため、ヴァンガルドの民を「いずれ我が手で美味しくいただく愛し子たち」として捉え、その魂を自身の領域に繋ぎ止めるために神エリュシュオンの「祝福」の上にアビスは祝福を重ね書きをしたのだ。
それは、ヴァンガルドの民が領地を離れた場合、肉体が徐々に腐敗し、アビスにとって最も「食べ頃」な状態へと“熟成”されていくというもので、このアビスの祝福による“腐敗”も、本来であれば即死をもたらすものではない。
ヴァンガルド領内に戻ればその進行は止まるという、ある種の猶予が残されている。
だが、二柱の神の祝福及び制約は、ヴァンガルドの民にとって最も残酷な形で融合し、破滅的な「呪い」へと変貌してしまっていたのだ。
神エリュシュオンの「逃げることを禁ずる制約」と、邪神アビスの「領地外に出ると腐敗(熟成)させる祝福」。
本来は独立していたはずの二柱の力が、ヴァンガルドの民という同一の器の上で混ざり合った結果、破滅的な「
エリュシュオンの制約は、ヴァンガルド領地外に出て一定期間経過した者に強烈なデバフを与えるが、それ単体では死に直結するものではない。
また、アビスの祝福による腐敗も、本来は領内に戻れば進行が止まる性質のものだった。
しかし、この二つが重なることで致命的なエラーが発生する。
領地外で「祝福による弱体化」と「アビスによる腐敗」を同時に抱えた状態が一定期間続くと、肉体の変質が生存の限界値を超え、急激な腐敗による死が確定してしまうのだ。
この急激に腐敗する段階に達してしまえば、もはやヴァンガルドの地に戻ったところで手遅れである。
本来は「ヴァンガルド領に戻れば問題なかった猶予」は、二つの神の力が衝突し合った結果、「ヴァガルドに戻っても助からない死」へ変質した。
この地に生まれたというだけで、神エリュシュオンのあまりに雑な加護と、邪神アビスの歪んだ愛による祝福。その二つが引き起こした、最悪のシステムエラーの犠牲となったのである。
——そう
ヴァンガルドは
『運が悪かった』
ただ、それだけの話なのだ。
◆
視界が 暗転する。
――これは、神々の意志。
――そして、ヴァンガルドの「被害者」としての運命だ。
シュタルクが見て経験したこの絶望は時代を超えて、手記を見た一族にある程度の記憶が引き継がれる。
しかし、ヴィクターは視た深度が余りにも深過ぎて——
顔は歪んでボヤけていたがおれは確実に
そして、その思考を覗いてしまった。
あぁ——全身が焼けるように熱い。
喉が詰まり、胃が逆流しそうになる。
見られた。
観られた。
覗かれた。
瞰られた
アレは!
俺に気付いていた!
過去の記憶の存在から俺を覗いていた!!!
過去の視点を覗く相手に気付く??
日記上のすでに過ぎ去った過去を覗くという事は、その覗いた時点では既に固定された過去のはずだろうが!!!!
それなのに俺に気づいただと!?
更に俺を見つけるだと!?!?
ふざけるな!!
このバケモノめ!!!
神具もそうだがコイツらがした事は時間の不可逆性の否定だ。
明らかに物理でどうこうするような次元の存在ではない!
こんなもの生物という枠組みで出来るわけ無いだろう!!概念で成り立つ存在だ!!
どうしろというんだ!!!
人間が相手取るには無理があるだろうが!!
全身の寒気が止まらない。
倒し方の想像が全くつかない。
概念を殺す?
一体どうやってだ。
酷く身体が震えて_____
ヴィクターは、呟く。
「……これは、祝福なんかじゃない」
――これは、神々の戯れによる
最悪の“呪い” だったんだ。
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