四つの指輪
荒瀬ふく
第1話
「ネコさん、お願いですから…… そろそろどいていただいてもよろしいですか?」
テオの荷造りを終えた旅行鞄の上にネコが香箱座りで居座って久しい。
「週末は湯治と聞いておって楽しみにしておったのに、我を連れて行かんとはどういう了見かのう」
「ですから、招待されたのは僕一人だけでして、先方に確認のところ猫などのペットは同伴できないと何度も言って」
「またペットと言いおった!」
ネコの胸元と鞄の間に挟み込まれていた右前足がパンと鞄を叩く。
「言ったのは通話越しの温泉旅館の従業員で、僕は言ってませんよ」
「それは屁理屈というものであろう」
「確かにそうですが、じゃあなんて言えばいいんですか」
「保護者ッ」
「保護者はムリがあるでしょう、僕も職に就いたいい大人ですし。事前にお話してありました保護者のネコですって言ってネコさんが入った籠を掲げますか? 旅館の人に笑われるのが落ちでしょうに。いやあ、笑われるのならまだいいですよ、変な人だと思われること必至ですよ」
「ふん、何をいまさら。大学で研究職についている者など変で変わっておって当たり前だろう、それが世の中の相場よ。むしろだ、いたって真面目といったような人間が来た方が先方は怪しむのではないかの」
「うぎ…… たしかにそれはそうですが__ いや、でも流石に保護者です、で猫が入った籠を持ってくるのは度が過ぎるでしょう」
「ふん、そうかもしれんな。だがのう、それでも、それでもだ。一言相談があっても良かったのではないか?」
「だから、それは。ここ数日、僕は骨折してた時にため込んだ書類が山ほどあってですね、残業が続いて遅くなってましたから、ネコさんと話すタイミング無くですねぇ」
「それもそれだ、ここ数日の残業とやらで暖かい飯にありつけなった。それもこれもこの週末は湯治に行けるという期待でもって我慢をしていたのだ」
「だからそれも、帰ってきたら勇者さまが得意だったっていうビーフストロガノフ?ですか? がんばって作ってみますから、さっきはそれで許してくれるって言ってたじゃないですか」
「それはここ数日冷や飯で我慢していた事は許そうというのだ。
「だからそれは何度も説明してる通りですねぇ。いや、そもそもですよ、ネコさんこそ、ここんところ外出が続いていたでしょう。相談もなにも部屋に顔を出さなかったネコさんにも責任があるんじゃないですかね」
「ふん、顔を出さずともだ、書置きの一つでもできたであろうに。相談がありますと一筆したためておけばそれですんだ話だ」
「それはそうですけど」
「そもそもだな、我が外出をしておったのにもだなあ……」
「何か理由があるんですか」
「ああ、ほれ。ちと魔力やら体力やらを貯めにだな。近所の森に獣を狩りに行っておったのだ」
「魔力に体力ですか? いまさら何に使うんです」
「ふむ、人の姿をとるのは疲れるからのう、事前に貯めこんでおった」
「え……」
「
「人の姿になれる? という事は能力を取り戻したんですか?」
「うむ、まだ一部といった所だがな」
「初耳です」
「言ってなかったと先ほど申した」
「いや、まあ、そうですけど…… じゃなくて、ネコさんとはそれなりに長い付き合いですが……」
「いや、なに。
「いつからです? いつごろ能力が戻ったんです?」
「ほんの数週間ほどよ。我も全盛期とまではいかぬが力を取り戻しつつあるよ」
「それはよかったです、よかったですよネコさん」
「喜んでくれるか?」
「ええ、もちろん」
「それでは湯屋に連れて行け」
「だめです」
「だめか」
「ええ、だめだめですね…… というかですねぇ、それこそネコさんの方から事前にご相談下さればですよ、遠い親戚ですとか、友人ですとか言って旅館にもう一部屋お願いすることも出来たのですよ?」
「だからそれは
ネコは鞄の上でスクと立ち上がると降りた。降りて伸びをしながら口を開く。
「で、
「なんでしょう?」テオが旅行鞄の持ち手に手を伸ばした所だった。
「帰り際に次の予約を取ってまいれ、今回はそれで許してやらんでもない」
「わかりました、じゃあそれで許してもらいます」
テオは鞄を持ち立ち上がる。
「温泉街でネコさんの好きそうなアテも買ってきますね、快気祝いじゃないですけど」
「うむ、楽しみにしておる」
「それでは行ってきますね、用意したご飯一日で食べきらないよう気を付けてください」
「心配するな、腹が減れば森へ行くだけだ。気をつけてな」
「ええ、ネコさんも。森へ行く際はお気をつけて」
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