第21話 ユージンー①
「また、新しい記事出てるよ。」
「だな。上は、首が飛ぶって話しだぞ。」
軍部の中を歩いていると、大きな声で聞こえて来たのは軍を掌握している強硬派に関する新聞社記事についてだった。
ルードヴィヒ少将は、当初こそ彼の上官達が助けてくれるものと太々しい態度だった。
しかし、査問会が終わった時点で自身の今後を悟ったのだろう。少しずつではあるが、軍内部の裏資金の流れについて洗いざらい話し出した。
軍法会議だけでは、あくまで軍内部の話として揉み消される可能性を危惧していたが、何処からともなく一般にも情報が流布し始めた。
商人オルド・エルドリッジが居なくなった際には各個人レベルでの不正に関する者が主だったが、ここに来て軍での組織的な不正や裏社会との繋がりが判明したのだ。上層部から現場まで、混乱と緊張が走っている。
しかも、暴露を行う新聞社や政治家は明確な証拠付きである事に大きな意図を感じてしまうのは隣のジャックも同様なはずだ。
(リリスさん、だろうな。)
「まあ、テロリストに与するような人間が軍内部にいました。じゃ洒落になんないよな…。」
ぼそっとリツが呟く。
「いつの時代も権力や組織に腐敗は付きものだからな。」
ジャックも冷めた表情で同意する。
最近、2人は、軍内部の強硬派に繋がる人間を炙り出すため、連日にわたって対象リストの張り込みを続けていた。
と言うのも、“ゴルゴン・トレード”の取引データという思わぬ金の卵それにルードヴィヒ少将の自白もあり、芋蔓式に関係者が見つかっていた。
コトが事だけに、表は軍部の腐敗調査として監査部が、裏では暗部が奔走していた。
リツとジャックも裏付け調査や時には軍法会議に持ち込むための工作まで四六時中駆り出されていたのだ。
やっと対象リストの調査も佳境に入って来た。
リツは残り数名となった対象リストを思い浮かべながら、溜息を吐く。
「ベネット大将のことか?」
リツは頷く。ジャックも思うところがあったのだろう。2人の間に沈黙が落ちる。
―――クレイブ・ベネット大将
長らくこの国軍の強硬派の重鎮として鎮座して来た人物だ。現在の軍のトップである総裁も易々とベネット大将には手を出せないと言われており、高齢ではあるが軍内最大派閥を形成していた。
周りに誰もいないことを確認するとリツは口を開く。
「ルードヴィヒ少将はベネット派の人間だったから、さすがにこの件に何も関わってないのは無理があると思うんだけど…。」
「何も出てこないな。」
「そうなんだよ!何か、見逃したのかな?」
正直言って、ベネット大将と裏社会との繋がりの証明は今最も頭の痛い問題だった。
もう数週間に渡って調査を続けているが、どこを洗っても証拠がない。
そもそもの情報が少ないのことも確かだが、ヂャオたち刑部からもたらされる有力なタレコミも不発に終わっていた。
誰かが“掃除”をしている可能性もあるが、今は様々な人物の思惑が交差しており、必ずしもベネット大将の差し金とは言い切れない。
「“会合”の噂はあるのに、誰かに指示を出したり、情報をもらってる様子もないんだよな。」
「ツテも多いだろうからな。」
たまたま会ったクレアに追加情報が無いか尋ねたが目新しい情報はなさそうだった。
「”たぬき親父“は伊達じゃないか。」
「…西では“きつね”だな。」
「んー日本だと“きつね”は神様の使いだから。」
頭を使っていない会話だが、雑談でもしていなければやってられない。
リツのジャックの距離間は気付けば、少しづつ変化していた。最初は、失礼な人間。そして連続殺人鬼であり医者。今はーーー何だろうか。
(“バディ“...か。)
いつのまにか彼との掛け合いも板についていた。
扉の前に着く。
ノックをして入るとそこにはユージンもいた。
奥からヒラヒラとリリスが手を振っている。
「ユージンさん、お疲れ様です。」
「ああ。来たな。」
てっきりジャックと2人のみが呼び出されたと思っていたので、想定外の人物が執務室にいたことに驚く。
まだ対象リストは残っているが、追加任務だろうか。
「新規の任務はないんだけど、2人ともベネット大将の件、手こずってる?」
「…まあ、そうですね。」
「他の対象者もいるからな。」
ジャックとリツが声を揃えて言う。
「と言うことで、ユージンと一緒に動いてちょうだい。」
「作戦は”全て“私の方で立てる想定でよろしいですか?」
「ええ、任せるわ。」
流石右腕と言うべきだろうか、今回はユージンの腕の見せ所だ。
§
リツとジャック、そしてユージンは作戦立案のために机を囲んでいた。
「古い地図ですね。」
「ああ、エルトリア共和国が建国する直前のものらしい。当時の配管地図だ。」
「これが何の役に経つんだ。」
「二人はエルトリア共和国の建国の歴史は知っているか?」
授業でも始まったかのような雰囲気にリツは首を横に振り、ジャックはさあと言うように肩をすくめた。
「元々ヴェストリア連邦とエルトリア共和国は”アテナ連合国”という一つの国だったことは知っているだろう?」
「その時、貴族の腐敗が進みそれを是としなかった軍部と政治活動家が作ったのがこのエルトリア共和国だ。それに対して、貴族の一部から腐敗を正そうとした者たちが作ったのがヴェストリア連邦だ。」
「それだけ聞くと同じ目的だったならわざわざ別々の国にしなくたって良さそうですけどね。」
素朴な感想だった。
「リツらしい意見だな。だが、もしお前ならその状況で貴族を信用できるか?」
睨むような視線だった。
「まあ…難しいかもしれないですけど…。」
リツは言い淀みながらも答える。
「そうだ。だから、彼らは立ち上がった。今回相手にするベネット大佐は、昔はゲリラとして活動していたこともある人物だ。一筋縄では行かない可能性が高い。」
なるほど、少しだけ話が見えてきた。
「で、この地図との関係は?」
チャックが先を促す。
「これは彼らがゲリラとして活動していた時の地図だ。」
「…今だにこれを使っていると?」
ピンと来た様子のジャックの問いかけにユージンが力強く頷いた。
ベネット大将とその腹心たちとの定期会合場所への移動に古い地下通路を使っていると言うのが彼の仮説だった。
個人的な情報筋も含めた確度の高いものらしい。
「確かに、コレだけ隠されていれば尻尾を掴めないのも無理はないな。」
通りで自分たちの苦労が報われないわけだ。
連日の無駄に終わった尾行を思い出す。
「それで、作戦はどうするんだ?」
「今回、狙うのは、ベネット大将の”会合ルート”だ。会合そのものではなく、ルートでの襲撃を行う。」
「襲撃ですか?」
現在の任務の目的はあくまで強硬派の不正の証拠を掴むことであるにも関わらずわざわざ敵を襲うメリットはないように感じた。
「今だに、ベネット大将に関する情報を掴めていないのは彼らが完全に安全な場所から情報を動かしていないせいだ。今回襲撃することで追手である我々を意識させ、混乱を誘発する。」
考え無しではないようだが、ユージンにしては短絡的な発想にも思える。
「現状多少の揺さぶりは必要か…。」
ジャックも若干不信感はあるようだが、このまま手を
「既に、周辺の動線は全て把握済みだ。」
ユージンの方でもう既に下準備は終えているようだ。ここまで状況を詰められると反対のしようもない。
「やるか…。」
リツは視線を上げた。
ジャック、ユージンと目が合う。
緊張が走る中で、ユージンはほんの微かに顔を伏せた。
「……ああ。全ては、今日決める。」
その言葉に固い決意が込められているのを感じながら作戦の詳細の詰めに入った。
§
配管に足音が響く。風が吹き込んでいた。
古びたコンクリートの匂いが鼻を刺す。
リツとジャックは潜入ルートに沿って配置につき、ユージンは指揮官席として遠隔で指示を飛ばしていた。
「目標、到着まであと3分。リツ、ジャック、準備は?」
「問題ない。」
「大丈夫です。」
通信が静かに切れ、それぞれの鼓動が夜に響く。
ゾロゾロと人の動く気配がした。
(来た!!!)
完璧なタイミングだった。
ベネット大将の動向から利用される可能性が高いポイントを割り出したのはユージンだ。
「流石だな。」
ジャックに呟きにリツの頷く。
その言葉が合図だった。互いの心の中でカウントを行う。
―――1,2,3
リツは一瞬のためらいもなく影から飛び出した。
後方から音のする方へと無音のまま近づく。
ベネットの部下たちの後方からジャックが煙幕弾を投げた。
その瞬間にベネット大佐らしき黒い軍服のコートを着た人物を補足することは忘れない。
瞬時に、白煙が視界を塞ぐ。
―――ヒュン
ナイフが白煙の中を切り裂いて一直線にベネット大佐に向かう。
(え?当たったはずなのに…。)
悲鳴も何も声が上がらないことに違和感を覚えながらも、ベネット大佐の部下に向かって弾丸を放つ。
リツは、周辺の部下に対して致命傷にはならない程度の傷を与える手筈になっていた。
電気ショックで直ぐに数名倒れたはずだが、一、二名を除いて避けられてしまった。
(戦闘慣れしてる⁈)
残った部下たちが陣形を取っているのが分かる。
これまでの戦闘は訓練を除けば個人戦に近い形式が多く、組織立って動く敵を前に額から嫌な汗が噴き出た。
(ジャックは⁈)
煙が収まっていく。
リツの目に飛び込んで来たのは想定外の光景だった。
ジャックのメスを押してベネット大佐のサーベルが迫る。
「くっ…!本当にベネットか⁈ 」
ジャックの奥歯から声が漏れる。
彼の言葉にピクリとリツも反応した。
ジャックの位置からベネット大佐まで、ある程度距離があったはずだ。
それにも関わらず、ジャックが初撃を行ったポイントとほぼ同じ位置で、二人は交戦していた。
(まさか、攻撃が当たらなかったのか…⁈)
人体の構造を把握し、手術では寸分の狂いもない動きをする手を持つジャックだからこそできる、ミリ単位での正確なメスの投擲が当たらなかった可能性に目を見張った。
―――手持ちのメスと中距離に強いサーベル。
妙に速い動き、その差は歴然だった。
ジャックの肩口から血が滲み、動きが鈍る。
「ジャック!」
暗部としてはご法度だが、叫ばずにはいられなかった。
リツの叫び声と同時に弾丸がリツに向かって迫っていた。
避けることも叶わず太ももをかすめる。
ピーノに打たれた時より軽症なことは直感的に分かる。
しかし、状況は劣勢だった。
無情にも、ユージンからの撤退指示はいつまで経っても通信機器からは聞こえてこない。
作戦よりも早期だが、撤退のための発煙筒を握りしめる。
これを投げたら、撤退の合図だった。
「リツ、ジャック、下がれ!」
通信の向こうで、ユージンの声が聞こえた。
やっとの思いで煙を敵陣に投げ込む。
完璧すぎるほど完璧なタイミングだった。これ以上は二人とも命の保証が無かった。
(………。)
足を引きずりながら、悪い想像を払拭しようと首を振るが、この数カ月、戦場で生き延びてきた本能を無視することは出来なかった。
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