転生したら、殺人鬼と一緒に国の暗部として働かされています!?
ナカモト サトシ
第一章
第1話 宣言ー①
「リリスさん!考え直してください!」
「ん?何を?」
「だから、暗部って何なんですか⁈早く僕を元の世界に帰してください!」
仕事を
蛍光灯の下とは思えない程艶やかな黒髪に、スラリと美しく伸びた足を包むブーツが妙に色めかしい。
悠然と廊下を歩く彼女をやっとのことで捕まえる。
忙しそうなところ申し訳ないが、僕は是が非でも意見を通させてもらう必要があった。
「3食寮付き、経費清算すればお金も使い放題、医療受け放題、エルトリア共和国の中でも最高峰の福利厚生だと自負してるんだけど。」
「いや、暗部って言いましたよね⁈危ない事…させられるんですよね⁈」
リリスは、歩きながらも手元の書類に目を通しながら答える。
全くこちらを見る気配はない。
「そりゃそうよ、自国民にさせられない仕事<拷問、暗殺、破壊工作>。そのために、私たちはあなた達を呼ぶ。」
まるで、これが当然と言わんばかりの表情だった。
美しい横顔に涼しげな笑みがデフォルトで称えられていることに一瞬見惚れていると脳裏に数日前の光景がフラッシュバックした。
§
———なんで僕がこんな目に!!!
そう思いながら、容赦なく撃ち込まれる銃弾の嵐を掻い潜り、彼女と一緒に必死に走る。先ほどから、弾丸が真横の壁に当たっている気がするが、そんなことは気にしてられない。
戦場の喧騒の中で、彼女だけが舞踏会でワルツでも踊るかのように軽やかだ。
銃声を避けるたび、スリットの入ったコートの裾が揺れ、ちらりと覗く美しい脚が覗いていた。
「いったい、あなたは何者なんですか……!」
彼女の紅い唇がゆるく弧を描くのがチラリと見えていた。
僕が意識を覚ました時、そこは薄暗い地下牢のような場所だった。
手足を縛られていた僕を助けてくれた時、一緒に逃げようと言ってくれた時、それはまさに女神のようだと思った。
彼女と弾丸の雨の中を無我夢中で逃げていると建物の外の扉の先には断崖絶壁が広がっていた。
「……崖。」
僕の絶望に呼応するように崖にはヒューっと隙間のような音が鳴り響いていた。
崖の前に立つ彼女は言う。
「選択肢は二つ。死ぬか、飛び降りるか。」
「……ねえ、あなたはどうする?」
(どっちも死だ ―)
そんなことは分かっていた。
目の前の蠱惑的な微笑みを見つける。
その時、何かを僕は得選んだつもりは無かった。いや、今も無い。
けれど、そんな俺の手を、彼女は自然に取った。
まるで、答えは決まっているとでも言うように——次の瞬間、俺たちは空へと飛び込んでいた。
その時、彼女は無邪気に笑っていた。
§
リリスが、執務室の扉で急停止したことでやっと意識を取り戻す。
「急に”転生”させられて、人を傷つけるよな真似、僕は絶対やりません!」
「”転生”ね…。”パラレルワ―ルド”、”来世”、色々聞いたけど初めての表現ね。」
言葉遊びをやっているんじゃない。
「いや、そこじゃなくて……!」
「でも、怪我も無さそうだし、良かったわ。」
取って付けたように言われる。
崖から飛び降りたのも全て、暗部としての適性検査だと知ってから5日が経っていた。
意識を取り戻した時から彼女と僕の攻防は始まっていた。
爽やかな風が吹き抜ける上質な執務室の主は、暗殺とは無縁の雰囲気を
「そう?意外と皆さん楽しんで、すぐOKしてくれるんだけど……」
(なにをふざけたことを言っているんだ…!それは、この首輪のせいだろう!!!)
この世界に”呼ばれた”者たちは”首輪”をつけられる。
つなぎ目も無ければ、ナイフでも傷一つつかないこの不思議な首輪は暗部に逆らえば、問答無用で爆発するのだ。
(―――僕以外にも命を握られている人がいるんだ。その人たちも人殺しなんてしたくないに決まっている!)
「ああ、そう言えばバディの紹介がまだだったから案内するわ。」
そう言うと、こちらの都合も聞かずに肩で風を切って歩いていく。
どんどん暗部へと引きずりこまれて行く。
荘厳なヨ―ロッパ建築の建物の中でカツカツと子気味良い音が響いていた。
真っ黒なヒールブーツが彼女の
「お邪魔するわね。」
そう言うと返答も待たずに開け放ったのは、医務室の扉だった。
§
そこには、美しい長身の男がカップティ―片手に
血統書付きのペルシャ猫を思わせる彼の首元にも”首輪”が見える。
自分と同じ立場の人だ。
「ごきげんよう、ミス ヴァレンタイン。」
男の言葉に、ここに来て初めてリリスの苗字を知る。
「ええ、ごきげんよう。」
彼女が当たり前のように右手を差し出すと彼が優雅に差し出された手の甲に口付ける仕草をした。
まるで絵画のようだ。
それが、西洋風の挨拶であることは知識としては知っているが、色っぽい出来事があったわけではないのに、なぜかこちらが気恥ずかしくなる。
「そちらの…ぼんやりとした顔の子供は?東洋人か。」
左右を見る。誰もいない。
―――僕だ。
(顔が美しいからと言って、心までは美しくないらしい。)
医務室の男をあまりいけ好かない奴だと認定する。
リリスは彼の言葉を無視して、素知らぬ顔で手元の書類を読み上げた。
「こちらは、今日からあなたのバディになったリツ カンザキ君。日本出身、1925年12月14日生まれの―――」
「え、え、ちょっと待ってください。」
リリスがキョトンとした顔をしてこちらに向けて首を
―――こんな表情まで美しいなんて反則だ。
いや、そんなことに気を取られている場合ではない。
「僕、1925年生まれじゃないです!2007年12月14日生まれの18歳です。」
「え?あら?」
リリスの顔が本当に驚いた顔に変わったかと思うと声を上げて笑い出した。
「あははは!こんなに大笑いしたのは久しぶりよ!」
目に涙が滲むほど笑い転げている。
美しい顔立ちから想像は出来ないが、実は笑い上戸なのかもしれない。
そんな思考に一瞬逃避しながらも、確認しなければならない事は他にあった。
「笑い話じゃない!僕は、僕は、間違ってこの世界に”呼ばれた”ってことですか?」
「あはは………」
ひとしきり笑う。
やっと、呆然とした表情の僕を認識できたらしい。
「うん。そういうことかも。」
またもや適当な返事に堪忍袋の緒が切れた。
「そういうことかもって………!僕にだって心配してくれる家族がいて、そんな人間を勝手に呼びつけて、挙句の果てに爆弾の鎖で繋いで暗殺部隊に入隊させるって?今年、やっと成人しようっていうガキを?」
どうしようもないこの怒りをぶつけたかった。理不尽だ。
「ふざけんな………!お前らの倫理観どうなってんだよ!!!早く家族の所に返してくれよ!!!!!」
先ほどまで下手に出ていたのも忘れて絶叫する。
ハァハァと息が上がった。
彼女を見つめる。どんな言い訳をされようとも納得できる訳がない。目の前は怒りで真っ赤に染まっている錯覚に襲われる。
けれど、リリスはそんな僕の様子はお構い無しに冷淡な瞳で僕を見つめていた。
「そう出来ればよかったのかもしれないけど…どんな手段を講じても、あなたはもうご家族の所には戻れないわ。」
「は?何の権限があってそんな事言うんだよ!」
リリスは美しい顔を歪めて、気の毒そうな表情になる。ただ、その顔は美しいだけで血が通っていない人形のようだった。
「だって、私達が呼び出せるのは、元の世界で亡くなった人だけだもの。」
―――えっ…………………。
衝撃的な発言などなかったかのように、医務室の男は眉一つ動かさずに紅茶を楽しんでいる。
絶句する僕に、取ってつけたような表情を浮かべる女性、まるで何事もなかったかのように優雅な動作でティータイムを楽しむ男。
全てがチグハグで不完全で、自分の“当たり前”からは程遠い事だけは確かだった。
何とかリリスの言葉を否定しようと発した声は弱々しいものだった。
「そんな…なんで、僕が…。死んだ記憶なんてないのに…。」
「稀に記憶喪失の状態の人もいるわ。あなたが亡くなった理由は私たちにも分からない。けど、あなたがここにいることが、元の世界で亡くなっている
受け止めきれない事実を再度突き付けられる。
リリスは静かに息を吐いた。
「……まあ、そうよね。すぐに受け入れられる人なんていないわ。」
彼女は目を細める。
「でも、あなたはここにいる。逃げられない。だったら、どうする?」
答えが出るわけがない。耳元に彼女が唇を寄せてくる。
「私たちは、あなたにこの世界での命を与えた。人は、生きていくために働くものよ。あなたも“当たり前”のことをやってみればいいのよ。ね?」
その声はどこまでも
茫然自失とするリツを無視して、リリスは男の紹介を始める。
「リツ君、こちらはジャックよ。」
チラリとこちらを見た彼もまた暗部なんて似合わない高貴な雰囲気の人物だった。
「さっそくだけど、二人には密偵から情報を引き出して欲しいの…つまり、拷問ね。」
そう言ったリリスさんの表情は初めて会った時のように酷く冷たい。
「情報さえ引き出せれば生死は問わないわ。」
「そんな………⁉︎」
何を問いかけていいかも分からない。
自身の死、家族との別れ、爆発する首輪、拷問。
(夢なら早く覚めろよ………。)
浮世離れした言葉の数々を呑み込めずに戸惑っているリツに対して「よろしくね。」と言うと書類を置いてリリスは無情にも去っていった。
「勝手に呼ばれて暗部として働けって、大人しく従うんですか……?」
何も返ってこない。
沈黙が二人の間を支配する。
ジャックと名乗った男は、メスや医療用のハサミ、拷問という言葉を聞いた後だとより物騒に見える器具の数々をバックに詰め込み、医務室を出ようとする。
「本当に拷問するつもりですか?…自分の命がかかっているのは本当ですけど、拷問なんて今どき誰もしない。そんなこと、僕にできるわけがない!」
ジャックと言われていた男とやっと視線がかち合う。
「2008年生まれ…二十一世紀か。どれだけいい時代か知らないが、殺さなきゃ死ぬのはお前だ。死にたいならば、今すぐここで一人で死ね。」
彼の言葉には感情がなかった。
リツの生死は、彼にとって心底どうでもいいらしい。
リツは棒立ちのまま、ジャックの背中を見送った。
「………そんな簡単に割り切れるわけ、ないだろう。」
だが、その言葉に答える者はいない。
ジャックは、スタスタと廊下を歩いていく。
静まり返った医務室には、リツの動揺と戸惑いだけが残されていた。
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