お姉ちゃんのぬくもり
コウノトリ🐣
私の光
目を開けても、いつもと変わらない世界が広がっている。視界のすべてが暗く、何も見えない。目の前に何かがあっても、それを感じ取るのは手のひらや
視覚が使えない私に神様はその他の感覚を鋭くしてくれた。でも、それが私が一人であることをあの時まで苛まれる要因となった。
私の家族はお姉ちゃんの
お父さんは仕事ばかりで家にいない。母は朝の手伝いが終われば足早に外へと外出していく。
お姉ちゃんとは一緒にいることはほとんどなかった。
お姉ちゃんが中学一年生の十一月の夕方――
当時小学五年生だった私の部屋に、外の冷たい空気を纏ったお姉ちゃん部屋のが入ってきた。
「……茜には私が必要だよね?」
震えていて涙を含んだような声だった。
「……うん?」
突然のことに戸惑いながら私はゆっくりと頷く。
その数瞬後、甘い爽やかな匂いと、ぬくもりが彼女を包み込んだ。
――抱きしめられてる!?
お姉ちゃんの抱きしめる腕は強く、小刻みに震えていた。
「そうだよね……茜には、お姉ちゃんが必要だよね……」
耳元で、小さく、自分に言い聞かせるように呟かれる。 その声が、私には妹に拒絶されることを恐れていたように聞こえた。
「急にごめんね。明日から、私が茜のことを手伝うから」
それだけ言うと、お姉ちゃんは嵐のように部屋を出て行った。
お姉ちゃんのいなくなった部屋はいつも通りでさっきまでのことが夢だったように感じる。私の肩に残るひんやりとした感覚がお姉ちゃんがこの部屋にいた事実が夢ではないことを証明していた。
その日の晩――
「私、もう学校に行かないから!」
「由里! 待ちなさい!」
お母さんの怒鳴り声とお姉ちゃんの怒りのこもった声が、ぶつかっていた。理解してくれないことを怒る声は次第に激しさを増し、お姉ちゃんが部屋に逃げ込むことで一時的に終了した。
次の日の朝――
「おはよう、茜」
「おはよう」
母が諦めて仕事に向かってから、お姉ちゃんは部屋から食事を摂るためにリビングに出てきた。
「ゲッ――茜っていつも
「うん」
嫌そうな声を隠そうとしない。淡々と事実を肯定する私を無視して、お姉ちゃんはお母さんが将来のためにと流している
「あっ」
私の世界から陽気な声が消え、暗闇だけの寂しい世界に戻る。
「こんなの聞いてないでお姉ちゃんとお話ししましょ」
昨日までは考えられなかった急展開。近くからお姉ちゃんの明るい声が聞こえてきた。
この日からお姉ちゃんとお母さんの攻防は激しくなっていった。
ある日の晩――
「部屋を取り上げられた」
そう言って私の部屋で寝るようになって一人で過ごす静かな苦痛の時間がお姉ちゃんがいることで気が紛れることを喜んだ。この日から私はお姉ちゃんと過ごす時間が増えた。
私の生活を手伝うって言うお姉ちゃんに私は要求を伝えていった。
「手をつないで」
「昼食を温めて」
お姉ちゃんは私の要望に前向きに応えてくれた。
お姉ちゃんが不登校になってから数ヶ月が経った頃――
お母さんが作り置きにしている昼食を温めて今更な疑問を口にした。
「茜はお昼にこんな温めただけのでいいの?」
「良くはないけど……」
素直な心境を吐露する。そんな私にお姉ちゃんは作ってくれるって言った。
「私が目玉焼き――作ってあげるから待ってて」
その言葉だけで私は嬉しかった。
「待ってるね」
お姉ちゃんが学校に行かなくなってから私は一人で冷たい昼食を摂ることはなくなった。それだけで私にとっては幸せなんだよ。
「殻入っちゃったどうしよ」
「大丈夫なの?」
「大丈夫、全部取るから」
一欠片くらいじゃなくて結構入っちゃったの!?
そんな不安が残る目玉焼きを作ってくれた。失礼だけど、私は殻の感触を覚悟してゆっくりと口に運んだ。
「美味しい♪」
「良かったあ」
私のために作られたこの目玉焼きは体の中を通ってその温かさを届けているように感じる。
「そんなにガッツかなくても――そんなに美味しかった?」
「うん」
食べ終わった後、私の左手を握ってもらっているお姉ちゃんの握る力が少し強くなった。
「私ね、決めたの。茜みたいな人たちを将来は支援したいなって――言ってなかったけど、お姉ちゃん中学で上手くいかなくてさ。こんなお姉ちゃんでも役に立てる仕事がしたいって思ったの。茜は応援してくれる?」
「私はお姉ちゃんが一緒に居てくれてから夜も寂しくないよ。お姉ちゃんの夢が叶うように応援するね」
「じゃあ、お母さんに通信教育を受けさせてもらわないとね」
「頑張って」
お姉ちゃんが舞台の上に立つアイドルみたいに輝いて見えた。
その日の晩――
「私、将来したいことがあるの――」
お姉ちゃんの想いがお母さんに伝えられた。
「はあ――由里、その道はそんなに簡単な道ではないのよ。分かってる?」
「分かってる」
「……なら良いけど――自分で選んだ限りは最後までやり抜くのよ」
「もちろん」
長く続いていたお母さんとお姉ちゃんの意地の張り合いはお姉ちゃんの熱にあてられてお母さんが折れることで終わった。
そして、お姉ちゃんは自分の部屋を使えるようになった。
私はお姉ちゃんに手を握ってもらいながら寝る日々は終了してしまった。もう、私と同じベッドで眠る理由がなくなっちゃった。
「いつの間にこんなに欲深くなっちゃったんだろう」
心はお姉ちゃんに私と一緒に寝て欲しいって思ってる。前みたいに、暗い中を一人で眠るのを待つだけ。そのはずなのにな……
「ほら、一緒に寝よ」
お姉ちゃんが扉を開けて冷たい空気が暖房の効いた部屋に吹き込んでくる。
「……どうして?」
「もしかして、茜は私と寝るのが嫌だった? ――ごめん、すぐ……戻るね」
「待って! そういう意味じゃないから――私と一緒に寝てくれるの?」
「そうだよ」
「ありがとう」
「そう言うけど、茜は私の妹なんだから当然でしょ」
「それでも――ありがとう」
「本当にいい子だなあ。私の心が洗われるよ」
私はいい子じゃないよ――お姉ちゃん。いい子が存在するのなら、それは私の世界を彩ってくれたお姉ちゃんのことだと思うよ。
お姉ちゃんのぬくもり コウノトリ🐣 @hishutoria
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます