第47話 ミッドウェーを巡る戦い(3)
ミッドウェー北西1,000km地点
「はっ?我々が基地を先制攻撃で叩くのではなく、長官の艦隊が攻撃を受けてから出撃ですか?」
大和艦橋でマイクを片手に通話しているのは山本であり、その話し相手は南雲機動部隊司令の南雲であった。
「そうだね。せっかくいい具合に分離することに成功したんだ、より安全に君の艦隊を動かしたい。TBFやSBDを正式採用しているアメリカ軍は我々の99艦爆や97艦攻よりも航続距離が長い。既に我々は敵の射程に踏み込んでいるんだ。となれば万が一攻撃隊を発進させたとして到達前に発見されたとなれば、間違いなく敵はこちらではなくそちらを狙うだろう。それを避けるためにも、我々が先んじてミッドウェーに接近し基地航空隊をおびき出す、我々が攻撃を受けている頃には君の航空隊も行動範囲に入っているはず。君には敵の基地航空隊がこちらに向かったタイミングでミッドウェーを空襲してほしい。」
当初の予定では南雲機動部隊の前衛を務める山本艦隊が敵航空隊のヘイトを集め、囮となるはずであった。
だがそれは運よく山本艦隊だけが発見され、南雲機動部隊を分離した上で隠蔽することに現在は成功している為、山本はより確実に南雲機動部隊を敵航空隊から守る為自らミッドウェーに接近することを決定した。
「敵空母が輸送任務に就いているという報告だが、当然ミッドウェーに寄るわけではなく艦載機の最大航続距離でミッドウェーに向けて放つ予定だろう。であればそれらの部隊が輸送される前に、基地そのものを着陸困難にしてしまえばよい。」
「もし、我々の位置が特定された場合は?」
「無論、その場合は即座にミッドウェー基地を空襲してほしい。機動部隊が発見されれば敵は全力でそちらに部隊を差し向けるだろう。それまでは偵察に注力してくれ。ただ、恐らく敵さんは我が艦隊の後方に君の艦隊が居ると断定しているらしい、恐らくPBYのほとんどは北方に放たれていると考えてよいだろう。」
山本の言葉に南雲は一瞬だけ間を置き了解する。
「・・・承知いたしました。ミッドウェー付近には彩雲が交代で滞空しています。ミッドウェーに動きがあり次第報告いたします。では。」
「ああ、では。健闘を祈るよ。」
山本はマイクを置き通信を終えると、伊藤と目を合わせ頷く。
「艦隊変針!面舵50!これより我が艦隊はミッドウェーに接近する!」
伊藤の号令により艦隊は一気に右に変針し、最短距離でミッドウェーに迫っていく。
既にミッドウェーとの距離は1,000kmのところまで来ている、つまり変針に気が付かれればすぐにでもアメリカの基地航空隊から航空機が放たれることとなる。
「栗駒より、敵偵察機南東140km地点にて察知。我々の観察と思われます。」
通信士からの報告には伊藤が反応する。
「させておけ。」
伊藤が後ろでそう言うと同時に山本は椅子に腰を掛ける。
「まさか世界最強の最新鋭戦艦が最前線に躍り出ているというのに、「待て」が出来る将軍でもあるまい。」
山本はそういうと微笑む。
その視線はただ一点、ミッドウェーの方向を見据えていた。
※同時刻 ミッドウェー
滑走路脇にテントで設営された航空隊司令部にて、通信士が各々担当しているPBYからの無線報告をひたすらメモに書き出している。
ハルゼーは一人の通信士の後ろで腕を組みメモを睨み続ける。
見られている自覚のある通信士は緊張に肩を震わせながらメモを書き続け、そしてある程度文字を書き進めたタイミングでハルゼーが後ろからメモを奪い取る。
そのメモには発見済みの超巨大戦艦2隻を中心とした打撃部隊がこちらに変針し、接近中であるという報告が書き出されている。
「おい、この艦隊の後方に回らせたPBYの報告は?」
「はっ、いまだ他の艦隊を発見できていません。日本軍の偵察機には追従不可であり、予想される進路を飛行していますが空母を発見できません。」
日本がこれまでの運用思想を曲げ、今のアメリカのように単艦ごとに艦隊を編成しているとは考えにくく、となれば空母4~6隻中心で構成されるだろう大艦隊を、広い海の上といえどもここまで見逃すとも考えにくかった。
となれば考えられるのは全く違う場所に存在することであり、ハルゼーは無意識下に抱いたその疑問をすぐに理解したが、大艦隊がこちらに向かっているという現実がハルゼーを圧迫した。
「クソっ!どうする?どうするウィリアム・ハルゼー・・・。」
速力を考えれば明後日には水平線に現れ、この島は敵戦艦の主砲射程圏内に捉えられるだろう、そうなれば地上部隊どころか機能不全に陥り、陥落しか未来はない。
「時間はない・・・か、空母を叩かねばならないがそれはそれとして目先の獲物を見逃すわけにはいかない。・・・シマード!」
ハルゼーはシマードを呼び出し、シマードは大慌てで入口からテントへと入ってくる。
「決まりましたか?」
シマードの言葉にハルゼーは頷く。
「各部隊の隊長を呼び出せ。それとPBYを出せるだけ出せ、敵機動部隊は分離した可能性がある、西方に索敵を広げろ。」
「はっ!」
シマードは急ぎテントを飛び出し、数分後、各航空隊隊長がハルゼーの前へ集まった。
全員が集まったのを確認すると、ハルゼーは広げた海図に駒を置く。
「航空隊はこれより日本軍打撃部隊に対して攻撃を仕掛けてもらう。敵の戦艦はヤマト、ムサシ、日本が建造した、現在世界最大と思われる戦艦だ。これを沈めれば日本軍の士気は下がり、このミッドウェーの攻略にも痛手になるだろう。」
そのハルゼーの言葉に皆が黙って頷く。
だが全員がわかっていたこと、それを一人の男が踏み込んで話す。
「ですが、本来の目標は見つかっていませんね。」
ハルゼーにそう言葉をかけたのはロフトン・R・ヘンダーソン少佐、攻撃隊主力である第241爆撃飛行隊の隊長である。
ハルゼーはヘンダーソンを見るとニヤッと笑いながらそうだ、と返事をする。
「敵の空母は見つかっていない。本当ならそちらを狙いたいところだが・・・敵の戦艦がここまで来ている以上無視はできん。戦艦も沈め、後からくる空母も沈める。わかるな?」
その場に居る皆が笑う、隊長クラスとなればどれだけ不利な状況、逆境だろうと覚悟は出来ているのだろう。
「敵は強大、対して我々は戦力不足。しかしここで時間を稼ぐことがアメリカの命運を分ける可能性があるというんでしょう?」
次に言葉を発したのはジェームズ・F・コリンズJr大尉、陸軍の中で唯一ミッドウェーに残されたB-26部隊の隊長である。
その言葉にもハルゼーはそうだ、と答える。
「我々が合衆国の未来を変えるかもしれないって?死ぬには最高の日だな。 」
「お前らを死なせる前に俺らが死ぬ、俺らが死ぬまではお前らは死なせん。」
TBFを擁する雷撃隊隊長のラングドン・K・フィーバーリング大尉、戦闘機隊隊長のバークス少佐も続くように言葉を発する。
士気は非常に高い、ハルゼーは内心申し訳なさを感じ、後ろめたさを感じながらも心強く感じていた。
だがその隊長らの健気な愛国心がハルゼーを揺るがす。
「ハルゼー?どうしましたか。」
シマードの言葉に少し黙る、それには隊長らも神妙な表情で見守っている。
「・・・すまない、貴官らには正直に伝えておこう。敵の空母部隊から偵察機が常にここには到達している。つまり我々が行動を開始すれば敵もまた動くだろう。我々が居ない隙を狙って艦載機を寄越されたら、貴官らの帰る場所は既にない可能性もある。不時着に近い形になるかもしれない。そうすれば二回目はない。」
猛将、猛牛、ブルとまで評されるハルゼーという男がこれほどまでに落ち込んだような力ない言葉を発していることにその場にいる全員が驚き、呆気にとられる。
だがハルゼーにとって想定外だったのは、今の発言全てを既にこのメンバーは全員覚悟の上であったことである。
「ハルゼー、そんな顔をしないでください。我々はこんな大役を任されて嬉しい限りです。国に奉仕するこれとないチャンスだ。」
ヘンダーソンのその言葉にハルゼーはそうか、といい表情に活気が徐々に戻る。
「だが、あくまでこの基地航空隊の所有権はシマード、君にある。君がこの者らを向かわすかどうかの最終判断は私ではなく君がしてくれないか。」
ハルゼーのその言葉にシマードと他の者らは笑い始める。
「我々は合衆国の軍人です。命令をいただければなんであろうと遂行します。・・・なあ、そうだろうお前ら!」
シマードの声掛けにその場に居る皆が応える。
「おおやってやろうぜ!」
「パールハーバーの奇襲から奴らには一度この手で痛い目に合わせたかったんだ!」
「戦艦くらいすぐ片付けて空母やるしかないな!」
「あぁ、今の時代戦艦じゃねえ、航空機だ!」
「後にくる奴らに美味しい汁は吸わせねえ、俺等で先に終わらそうぜ!」
皆が手を取り合いお互いに士気を高め合う、異例中の異例で臨時の異動だったにもかかわらず、ハルゼーにはこの者らへの確かな敬愛を感じていた。
「・・・よし、明日の朝4時にブリーフィングを行う。今日はここで解散、夜は好きなことをして過ごせ!」
命令に皆が返事をすると、隊長らは続々と司令部を後にする。
ハルゼーも別口から出て隣の基地司令部の自室へと戻り、2階の自室から地上を見下ろすとそこには隊長を出口で待っていた隊員らが、各々の隊長からの報告を受けているところが見えた。
隊長クラスの士気や覚悟を、他の隊員が持っているとは思っておらず、内容を伝える酷な役回りを隊長らには任せてしまったとハルゼーは思っていたが、それは間違いであった。
視界に入ったのは、一瞬たりとも落ち込まず、隊長らと同じように盛り上がりを見せる隊員らであり、そこには合衆国軍パイロットという人種の性を垣間見たような気がした。
「美しいではないか。・・・だからこそ、虚しい。」
夕日に照らされるパイロットたちの覚悟を美しいと評するハルゼー、だが本人もまた将校として優秀な分、士気や雰囲気では感情を流されることもなく、この敵をこれだけの戦力ではどうしようもないということも理解していた。
そして、兵士という駒を残酷にも動かし、作戦によって死に追いやった責任を取るのが将校の仕事であり、責任を取ることができるのが特権であるとも理解している。
隊長と笑いながら騒ぐ隊員ら、それを一人ひとりの顔を刺すような視線で、ハルゼーはただひたすらに眺めていた。
そしてその間にも、着実に日本軍はミッドウェーにその手を伸ばし始めていた。
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