第2話~対決編~
夜中、突然インターホンを鳴らした女性の元へ行き、顔を合わせた。
見た目のイメージでは、恐らくどこかの会社でOLをしているような、スタイルも良くショートヘアであり、尚且つスカートが少し短かく、最近の若者はこのような格好なのかと思ってしまった。
私は少しため息をしてから
「はい。どちら様ですか」
「夜分申し訳ございません。私、こちらの旦那さんから、財布を拾ってもらいまして、お礼に参りました」
「お礼?」
こんな夜遅くに、お礼とは失礼な人だ。
まだ昼間ならまだしも、寝ているかもしれない微妙な時間に訪れるとは、常識外れもいいところだと感じながらも
「すいません。夫はまだ帰って来てませんで」
「そうですか・・・」
女性は少し困惑した表情を浮かべたため
「どうかされたのですか?」
「いや、是非旦那様にお顔を合わせてお礼を言いたくて。それに旦那様が財布を拾われた際、お金を貰いたいと要望を頂きまして」
「はぁ・・・」
「ですので、少し待たせてもらってもよろしいでしょうか」
あの人らしい。
金のことになると悪魔のような感情を持つ。
それが悪い癖だ。
拾った際、お礼を求める人間がどこにいるのか。
それも金をもろに要求する人間が、本当に良心的な感情を持ち合わせているのか。
もう死んでいる人間に対して気にしすぎな部分があるかもしれないが、やはり死んで当然としか思えなかった。
だが、こんな寒い外で待たせるわけにはいかないため
「どうぞ」
「ありがとうございます」
そう言って女性は中に入った。
誰も寝室に入る人間はいない。
結局夜遅くになれば、この女性も良心的な感情を持っていれば、素直に帰るはず。
その後に暴力団事務所に連絡すればいいだけの話であるため、リビングにまで案内した。
女性はソファに腰を掛けてから、しばらく微動だにせずに座っている。
ただ、時計の音だけが部屋を奏でている。
私はこの空気が耐えられないため
「お名前はなんて言うんですか?」
「あっ、岡部と言います」
「岡部さん。お仕事は会社員とかですか」
「いえ、公務員です」
「そうですか」
公務員となると、大体は役所関係の人間を思い浮かべる。
私はあまり役所の人間が好きではない。
横柄で上から目線で物を言う人間が信用できないのだ。
この岡部という女性もその一人かと思うと、とても残念に思えて来た。
すると岡部が持っている携帯が鳴り、頭を少し下げてから外に出て行った。
こんな時間に電話となると、役所関係ではなさそうだ。
一体公務員と言っても何の職業なのか、いまいち理解が出来ないまま、仕方なく待っていると、岡部が戻って来た。
「すいません」
「お仕事ですか」
「えぇ、ちょっと」
「財布はどこで落とされたのですか?」
「あぁ、ちょっと職場の最寄り駅で落としまして」
「それは大変ですね」
「そうなんですよ。あの時は慌てました」
「ですよね」
さっさと帰ってくれ。
寝室には私が殺したばかりの夫がいるのだ。
いくら公務員の赤の他人だろうと、寝室を見られてしまったら私は終わりなのだ。
不安に駆られながらも、私は少し不機嫌になりながら
「あの、夫はいつ帰って来るか分かりませんし、流石に遅くまでいられると」
「大丈夫です。恐らくもう旦那さんは帰っていると思われるので」
「・・・は?」
一体何を言っているのか。
この女性の言動に、私は理解が追い付かなかった。
何故夫が帰っているのが分かったのか。
夫がいた痕跡になるようなものは何一つない。
ただ夫の帰りを待っている主婦の絵であり、何も夫がいるような空気もないのだ。
私は戸惑いながらも
「あの、まだ帰ってきていませんけど」
「先ほどキッチンがふと見えた時、炊飯器の予約スイッチが押されていました。私も同じ炊飯器を使っているので分かります。しかし、旦那さんが帰られるのであれば、炊飯器は保温になっていなければならないのに、予約スイッチが押されている。既に食事は済まされた可能性があります」
「・・・何を言ってるの。夫はさっき食事を済ませて帰るって言ったのよ」
「それなら、一つ疑問があります」
「何」
「玄関の靴、革靴が一足ありました。あれは」
「あれは、ただの替えよ。夫は二足なければ落ち着かないタイプの人なの」
「ですが、替えの靴を表に、それも履きやすいところに置くでしょうか。帰ってきたときに邪魔で仕方ないです」
「もう何なのよ。夫はいないの」
私は怒りながらもそう言った。
まるでしつこい刑事みたいな喋り方だ。
だが待てよ。
この女性の職業は公務員。
嫌な予感が脳裏に過ったため、少し落ち着いてから
「あなた、もしかして公務員のご職業は」
「刑事です。警視庁捜査一課で警部をしています」
終わった。
目の前にいるのはまさかの刑事。
こんな神様の悪戯はあるのだろうか。
たまたま岡部という刑事が財布を落とし、たまたま私の夫が拾い、私はその夫を殺し、岡部が財布のお礼として現れた
こんな偶然があってもいいものだろうか。
私は内心ぐちゃぐちゃになろうとしていた。
だが、こんな刑事を目の前にして負けるわけにはいかない。
そのため
「あの、明日でも良いですか?」
「はい?」
「明日だったら夫が帰っていると思うので」
私は先手を打つことにした。
次の日に夫が居なくなったと警察に相談をすれば、何の不自然さがない。
すると岡部が
「そうですか。ですが、もう帰ってらっしゃると思うのに」
「それは気のせいですよ」
「そうですか。普段は旦那さんは何のご職業を」
「会社の社長をしています」
「あら、社長さんですか」
「えぇ」
社長になったといってもグループ企業の一つであり、あまり大きく喜ばしい話ではない。
それどころか、近々出向の話も出ているのだ。
まぁあんな態度でいたら、誰でも仕事の空気を悪くして地獄のような日々を送っているだろう。
私としては想定内だ。
「あの、一つよろしいですか?」
「なんですか?」
「最近、この地域で暴力団の人間が出入りしていると聞きまして」
「あら、それは怖いですね」
「はい。その暴力団が主婦をターゲットに覚せい剤などを売りさばいているのはご存じでしょうか」
「いえ、知りませんけど」
「そうですか」
そのことは私も初耳だ。
だが、暴力団というのはそういう団体だろう。
私は驚きも感じなかったが、岡部は悩んだ表情を浮かべている。
「なんですか?」
「いえ、何もご存じないですか?」
「えぇ」
すると岡部が一枚の地図を見せて来た。
よく見ると、私の自宅周辺の地図であり、四角囲んでいるところに赤いチェックマークが記されていた。
「このチェックマークは、暴力団が訪れた家です。見る限り、ほとんどの家に訪れては覚せい剤を売ろうとしていました。しかし、あなたの家だけが訪れていないのです。これがどうも引っかかりまして」
「たまたまじゃない」
「いえ、こんなにも住宅街が広がっているのに、あなたの家だけ訪れていないのです。これは偶然でしょうか」
恐らく私は既に暴力団と関係を持っているため、訪れる用事がなかったのだろう。
私は関係者と会った際、覚せい剤には興味ないとはっきりと明言しており、それを覚えていた可能性が高いのだ。
私は冷静を貫きながらも
「偶然だと思います」
「それに、一つ気になることが」
「え?」
「実はその暴力団事務所が、先日摘発されまして」
「え?」
「銃の密輸疑惑で」
「あぁ・・・」
まさかだと思った。
確かに最近連絡がないなと思っていたのだが、まさか摘発をされていたのだなんて。
私のことを話してなければいいなという不安が大きく包まれながらも、岡部の話を聞いていると
「その組員が言っていたのですが、拳銃を主婦に売ったというんですよね」
「売った?」
「はい。誰に売ったかとは言わなかったのですが、それが妙に気になりまして」
「でも、怖い話ですよね」
私はそう言って立ち上がり、お茶を入れようとした。
すると岡部が
「あの、少し洗面台お借りしても良いですか? まつげが目に入ってしまって」
「どうぞ」
私は洗面所に案内して、扉を閉めた。
何故、こんな刑事のために心を滅茶苦茶にしなければいけないのか。
早く帰ってもらおうと思い、しばらく待っていると、扉が開き
「ありがとうございました」
「どうも」
「すいません、あちらにある歯ブラシはどなたのですか?」
「歯ブラシ?」
岡部の指さす方向を見ると、青い歯ブラシが立てかけてあった。
「それは夫のですけど」
「まだ濡れていました」
「触ったのですか?」
「はい。まだ濡れていたということは、どこかに旦那さんがいらっしゃるということですね」
どんな人間なんだ。
確かに夫が拾った人間が警察だったのかもしれないが、だからと言って人の歯ブラシを触ったりするのはどう見てもあり得ないことだ。
これは警視庁に抗議をしなければならないと思い
「岡部さん、そろそろ帰ってもらいませんか?」
「それは出来ません」
「は?」
「全て謎は解けましたから」
そう言って岡部は歩き出し、寝室の方に向かい始めた。
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