第6話 逃亡

「すべてをお話ししましょう。あまり時間は取れませんが」


 逃げ込んだ小屋の中で町長はためらいがちにそう切り出した。言わなくてはいけないことがあるのに話すのは憚られる、そんな感じに見える。でも、僕としてはそんなことにかかずらわってはいられない。


「なぜ、僕の命が狙われているんですか」

「それは………あなたがあの魔獣を倒してしまったからです」


 どう言うことだろう?

 放置すれば被害は広がり多くの人が死んでいたはずだ。


「では、あの魔獣を倒さなかった方が良かったのですか?」

「いえ、あなたが討伐していなけばあの建物だけでなく付近一帯が半壊していたでしょう。ですが、彼らにとっては町が壊れた方が都合が良かった」

「それではまるで魔獣をあの3人が引き入れたように聞こえますが」

「その通りです。彼らの計画では町は大きな被害を出しながら最終的には討伐されることになります」


 町長はそれから、この町の置かれていた状況を話し始めた。

 元々王都から離れたこの町では過疎化が進んでいた。そんな時に領主であるクリャストフ・バンデル伯爵の一人娘に隣国の王族との縁談話が持ち上がったのだ。資金援助と貿易の両面でメリットがあるこの話に伯爵は飛びついた。

 しかし、その話はあっけなく流れてしまう。ライバルの子爵令嬢が隣国王子の心を射止めたのである。だが、格で言えば伯爵の方が上。それでも子爵令嬢との婚姻が進んだのはその令嬢が高い魔力を持っていたことが理由だった。


「魔力がそんなに大事なのですか?」

「ええ、隣国は魔法大国だが年々魔力を持った王族が減っていましてね。貴族としての格より魔力に優れた子爵令嬢の方が都合が良かった。それに伯爵家が多額の資金援助を欲しがっていることが相手にバレた可能性もあります」

「それでは破談になったんですか」

「いえ、伯爵は諦めませんでした、まだその時は。領内に魔力の高い娘がいると知るや強引に養子にしてから隣国に差し出すつもりでいたようだ。だが、その娘は町から逃げ出してしまいその目論見は失敗したのです」

「その娘さんはどうしたんですか」

「さて、どうしているか。もう少し親がしっかりしていれば助けることもできたと思うんですがね」

「そんなことは………」


 ドガアァァァン


「追えーーーー!」

「「「「「「ワアァァァ!!」」」」」


 そこまで話したところで、外に爆音が響いた。窓の外を覗くとローブ姿の男たちが押し寄せてきているのが見える。ドアを激しくドンドンと叩く音がした後「逃げてください。セザールの配下の魔法師に勘づかれました」と声が聞こえた。


 ズガァアアアン

 ドオォォン


「クソッ、やりたい放題やりやがって! 少し急ぎます。あの魔法に巻き込まれると厄介なので」

「あれ、厄介で済むんですか」


 町長は入口とは反対のドアを開けると僕を外に出し、小屋に仕掛けをすると「さあ、行きましょう」と言った。


「ここ、周りに枯れ草が多いです。火魔法を放たれたら逃げ場所がありません」

「それはないと思います。3人の中であのセザールだけは、殺す前にあなたから魔法の秘密を聞き出さないと意味がないので」

「でも、今の魔法はかなり大規模で巻き込まれたら無事では済まないと思うんでが」

「いえ、あの魔法は音の割に殺傷力が少ないので脅しにはもってこいなのです。しかも神経に影響が出る煙が広がるので巻き込まれると失神します。殺す気なら別の魔法を使って来るはずです」


 町長はずいぶん魔法に詳しいようだ。知り合いに魔法使いでもいるのだろうか。


「奴らも必死です。合流を急いで下さい」

「町長さんは?」

「私は残ります。ちょっとやることがあるので」


 話の続きを聞きたかったがその暇なさそうだった。

 僕は草むらを駆け抜け、街道に出た。そこには町長の手の者数人が待っていて、僕を守りながら町から遠ざかった。


「少し急ぎます」

「そう言われても走るのは苦手なんです」


 とりあえず死ぬことはないらしいが、あの爆音からすると喰らったら厄介で済むとは思えない。ロクなことにはならないことには違いない。ふらつく足を必死に動かしていた。


 ドッガアアアアアーーーーーン


 凄まじい音がした。

 僕らは道を急ぎしばらく行くと音は聞こえなくなり、町長の手の者たちもスピードを緩めてくれた。


「あのでかい爆発音は何だったんですか」

「あれは町長が仕掛けたトラップです。小屋に残っていた書類を燃やすついでに追っ手の足を止めるつもりで爆破させたんだと思います」

「なるほど。それにしても追ってきたのは何者なんですか。魔法師がどうとか言ってましたけど」

「ああ、あれはロクダイル派の魔法師達です」


 彼らは研究成果が上がっておらず、筆頭魔法師であるセザールの地位が危うくなっていたらしい。今、その地位を失うと功をあせった配下が使い込んだ研究費のことが明るみに出る。何としてもそれを誤魔化す必要があったのだ、と言う。


「それで、僕の『ファイア・ブリット』に白羽の矢を立てたんですか」

「いえ、当初は魔物に町を襲わせて、それを彼ら魔法師が退治することで成果とする予定でした」

「それじゃあ、どうして……」

「壊されたのはビル一つですからね。彼らは方針を切り替えたんですよ。画期的な新魔法を成果とするためにあなたを取り込むことにね」


 画期的?

 あれは僕がファイアー・ボールのコントロールができなかったので、苦肉の策で生み出した代替魔法に過ぎないはず。


「大した魔法ではないはずなのに。まあ、誰でも使える訳でもないんですが」

「町中で使ったにも関わらず損害を出さず、ロック・ラビットを貫通するほどの威力がある魔法に価値がないとは思えませんが……。まあ、どちらにしても彼らにとって本当のところはどうでも良かったんだと思います。報告するには十分でしたから。当然、新魔法の価値を知るため王宮にあなたは呼び出されることになります。実演するよう要請されますが、その動作原理も再現もできない彼らはあなたを王宮に入るまでに殺すつもりでしょう」


 なんてヤツらだろう。

 使い込んだ研究費も討伐に使った魔道具や復興に協力することで金を使ったことにして、自作自演の魔物討伐劇を企画。失敗すると見るや今度は僕を新魔法の旗頭に据え、さらにボロが出ないように消そうと考えるなんて。

 僕は頭に血が昇るのを感じていた。他にも聞きたいことがたくさんあったが、遠くから町長が走って来て話は中断した。


「このまま町を離れるぞ。ミューゼル商会とバンデル伯爵が手を組んだ。ここからは口封じのために殺される可能性が高い。みんなはバラバラに逃げてくれ」

「そんな……最後まで戦います」

「私も」

「町長を見捨てては行けません」


 ここまで町長に付き従っていた者たちは、町を立ち上げる時から一緒にやってきた仲間なのだそうだ。バンデル伯爵に後ろ盾を頼んだのは失敗だったと言う。町の政策の手柄は独り占めされ、口当たりの良い無計画な拡張は多くの不採算店舗を生み出した。

 ミューゼル商会が撤退すると聞いた時、彼らは喜んだのだ。だが、町を魔物によって破壊させ、その補償金を政府から受けた後に撤退する計画を密かに掴んでからは彼らはその阻止に奔走していた。


「いいんだ。彼らの計画は阻止できなかったが、被害はパールミューゼル商店だけだった。我々は成功したと言ってもいいはずだ。ここで君らを失うわけにはいかない」

「それなら町長も一緒に逃げましょう」

「それはできない。伯爵はこの人をどこまでも追いかけるだろう。私には救う義務がある。さあ、時間がない。行きたまえ」


 町長の手の者たちは、何度も振り返りながら去っていった。


「さて、君をどうやって救おうか考えていたのだが、一つしか方法が思い浮かばなかった」

「その方法とは?」

「この街道をずっと言ったところに一人暮らしをしている魔法使いがいるのだ。彼女に匿ってもらおうと思う」


 この街道の先に一人暮らしをしている魔法使い。

 それには心当たりがある。


「それって、リリィ・フォルブランドですか?」

「なぜ、その名を知っている」

「僕は彼女に魔法を教わったので」

「そうか……。そういえば私の名前を言ってなかったね。私の名はドリュー・フォルブランド。伯爵に追われて町を出ることになった娘を救うこともできなかったバカな父親だ…………。さあ、長話はこれくらいにしないと追いつかれる。先を急ごう」


 僕は町長と街道を急いだ。

 心臓がドキドキと音を立てていたが、それは走っているせいばかりではなかった。

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