第4話
この上なく辛く悲しい思いをしていても、自分のことなどおかまいなしに世の中が普通に動いていることに、苛立ちを覚えた。
けれども、自分も当たり前に働かなければ、食べてはいけない。
気付けば、三度目の冬を迎えていた。
美容室の大きな鏡の前。白いカットクロスに包まれた麗子は、静かに椅子に座っていた。腰まで伸びた黒髪を梳かしながら、美容師がためらいがちに尋ねる。
「本当に切っちゃっていいんですか?」
「はい、お願いします」
自分の中の何かを断ち切るように、麗子はきっぱりと答えた。はさみの刃が、肩のあたりで髪を断ち切る音が静かに響いた。
『麗子の髪すげぇ綺麗だよな』
仁の手が、自分の髪を優しく撫でていた感覚がふいに蘇る。
仁の優しい目が好きで、髪を撫でる大きな手が好きで、スポーツで鍛え上げられた大きな体で覆い被さるように抱き締められると、底知れぬ安心感を覚えた。
しかし、三年という月日が、麗子からその感覚を少しずつ消し去ろうとしていた。
美容室を出ると、ちらちらと雪が舞っていた。
麗子は空を見上げて思う。
――積もるかなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます