第二十一話 大事なもの放り捨ててでも守りたいものがあるんだ。

 ◇


 辿は事務所「スぺス」で新人アーティストの楽曲制作会議に出席していた。

 そのとき、辿のスマホに連絡があった。佐奈のマネージャー、由香里からだ。

「少し席を外してもよろしいでしょうか?」

「すぐ戻ってくるんだぞ」


 ともに会議していた大和田がそう言ってくる。それを曖昧に首肯して、辿は部屋から出た。


「はい、もしもし」

「あっ、辿くん? 実は日本テレビの収録で佐奈さんが倒れてしまって」

「……すぐに向かいますので、どこの病院にいるか教えてもらえませんか?」

「えっ、でもそっちは会議ですよね。確か……」

「大丈夫です。きっと大和田さんも分かってくれるはずです」

「分かりました。病院は日本テレビ近くの△△病院です。そこの救急外来に」

「はい。じゃあすぐに向かいます」

 辿は通話を切って、もう一度会議室へと戻る。大和田に事情を説明すると、顔を険しくさせた。

「そんなところに行くな。今は仕事中だろ? 仕事が終わってから向かえ」


 辿はハッとして、下唇を噛んで悔しさを飲み込もうとした。

 ――けれど、出来なかった。

「すみません。すぐに帰ってきますので」

「あっ、ちょっと待て!」

 荷物を持って辿は部屋を出た。

 事務所を後にし、ひたすら走った。音楽事務所スペスからその病院まで調べたら十キロ弱。電車よりも走った方が早い。

 

 ――僕が、君を生まれてきてよかったと安心させられるまで傍にいるよ。

 ――これからも一緒にコロッケを食べようよ。

 そんな約束を一緒に交わした。

 君を守る。そのためだけに自分が生きているように思える。

 

 病院に着いて、受付に佐奈のことを尋ねる。病室の番号とどう行くかを教えてもらい、その通りに向かう。

 病室の扉をノックして、部屋に入る。

 彼女は体を起こして、茫然としているかのように見えた。

「佐奈……」

 こちらを見た佐奈は、涙を浮かべた。

「迷惑かけちゃってごめんね――もう、私、無理かも……」

 弱音を吐く彼女。そんな彼女に寄り添うべきか、まだやれると叱咤するべきか。対応に困った。


 この選択は、一生のうちの重要なものに違いない。そう感じて、辿は言葉を選んだ。

「僕は君との約束を破ってしまった。でももう一度僕を信用してくれるのなら、また一緒に道を歩んでくれないか?」

「……っ」

「君のことが、どうしようもなく好きなんだ。だから頼む……」

「頼まれて恋人なんてなるもんじゃない。……でも、そもそも私もあなたのことが好き。今度は、ちゃんと私のことを守ってよ」

 自分のどうしようもない弱い部分を愛撫されたかのように、心臓がきゅっとしまり、涙と笑みが同時に零れる。

「ありがとう」

「どういたしまして」


 こうして、再び恋人同士になった辿と佐奈。







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