第二十話 テレビ歌唱

 ◇


 翌日。

 音楽事務所「スぺス」に会議という名目で佐奈と再会した、辿。

 佐奈は終始目蓋を伏せていて、辿に会うことになにかやましいことがあるのかと、自分は疑問に思った。

 確かに、唐突な別れ話や、そして『ビジネスパートナー』という提案。不可思議な点はいくらでも挙げられるのだ。


「なあ、佐奈。最近どうだ?」

「別に……どうでもないよ」

「そっか」


 辿は他愛もない話は出来ないなと察して、さっそく本題に入ることにした。

 鞄の中からファイルを取り出し、そこに収納されているA4用紙を一つ見せた。


「これはなに?」

「前の学校でスカウトした作詞家だよ。厳密に言うとアマチュアだけどな。君の楽曲に協力してくれる」

「凄い歌詞だね。……あと、題名のH・Hってなに?」

「ヘッドハンターらしい。アフリカではアルビノの体の一部を狩る狩猟民族がいることが社会的問題になっているそうだ。それを問題提起する、曲らしい」

 明らかに不愉快そうな顔を見せた彼女。だが、そうした一面を見せながらも意外な言葉を口にした。

「やってみたい」

「はあ? いや、この曲の難しさを分かっているのか? 僕はボカロPで、これまでもあらゆる曲を生み出してきたからこそ分かる。社会問題をテーマにした曲は受けにくいんだよ。だから――」

 そう言うとまっすぐ佐奈が辿のことを見据えてきた。

「私は受ける、受けないとかで選んだ曲を歌いたくない。そういうの、なんか今までの自分の生き方を否定するみたいでなんか、嫌だ」

「そうかもしれないけど……」

 彼女の瞳が揺らいだ。……たぶん、否定されるとは思わなかったのだろう。自分の人生を。生き様を。

 佐奈は目に涙を浮かべて席から立ち上がった。


「やっぱり嘘つきだね。君は。私のこと、守ってくれるって約束したのに」

「は? それとこれとは話が違うだろ」

「……久しぶりに会ったのに、前に言ったビジネスパートナーについてもなにも言ってこないじゃない。とうとう私に愛想尽かしたの?」

「ち、違う。触れられたくないかなって思ったんだよ」

「……」

 辿は少々苛立った。こっちの気遣いを無下にしやがって。

「じゃあ聞くけど、なんで別れ話を切り出したんだよ――」

「――枕営業したのよ」

 辿は言葉を失ってしまった。彼女は今なんつった。

「私は枕営業をした。だからこんな汚れた体を、あなたは愛してくれるの?」

「……それは」


 佐奈は叫んだ。「ほら、答えられないじゃない!」

 彼女は扉を開けてガタンと音を立てて閉めた。

 もう佐奈がいなくなった部屋に、辿のすすり泣く声が響く。

「どう答えれば、良かったんだよ」

 佐奈と初めて出会ったときのことを、思い出していた。

 月光に照らされた美しいブロンドの髪。澄んだ海のような碧眼。そのどれもが美しくて、綺麗だった。

 なんでこうも人生はうまくいかないんだ。


 5


 佐奈は朝の報道番組に、歌唱ゲストとして出演が決まった。

 ここだけの話、佐奈は業界人に「あの女は体を安々と売る女」と汚名が浸透していた。だから誘ってくる番組スタッフや、プロデューサーが数多くいた。

 それにどう対応したかどうかはあえて書かないでおこうと思う。

 収録当日。控室にいた佐奈は過呼吸であった。それを落ち着かせるために自身の体を抱擁した。

 落ち着け。きっと大丈夫。

「佐奈さーん。そろそろ舞台袖に来てください、って大丈夫ですか?」

 マネージャーの由香里さんが驚いた口調でそう喋り、焦りながら体をさすってくれる。


「大丈夫ですから。えっと、もう時間ですよね。すぐに向かいます」

 ふらつきながら控室から出て、舞台袖へと向かう。

 そこでしばし待っていると、番組MCが拍手をしながら佐奈をスタジオへ招く。

 佐奈は座っているコメンテーターやタレントたちへ頭を下げてから自己紹介をした。

「佐奈と申します。よろしくお願いします」

「えー、今回歌う楽曲は『H•H』ですね。この楽曲の思い入れは?」

 整理整頓された言葉を並べ、端から聞く耳なんか持ってすらいないタレントが感想を述べ、それが一通り終わると番組はCMに入り、歌唱の準備が始まった。イヤモニを付けてマイクを握る。

 そして十台のカメラが佐奈に近寄り、まるで自分のことを蹂躙しているかのように撮影してくる。

 それからCMが開け、大和田の楽曲がかかった。そして呼吸をすると、佐奈は目がくらみ、倒れ込んでしまった。

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