第三章 芸能学校に入学
第十七話 霞との会食
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芸能学校の編入試験は面接だけだった。辿自身が「メル」だと名乗ると、試験官は驚いていた。
そして佐奈は辿の所属する「スぺス」という音楽事務所に所属させた。辿が便宜を図る必要があるかなと思ったが、彼女自身の持ち前のスペックの高さで難なく選考を突破した。そして、事務所に所属してしまえば簡単に入学できてしまうところも、芸能学校の良いところだった。
彼女の容姿――アルビノの病気によって月明かりに照らされて輝くような白髪や透き通った碧眼は個性とクラスメイトは認識した。そもそもクラスメイトの中には役者の卵や歌手を目指す者がいることから、個性を出すために染髪をしているのが多いのだ。
こうしたことから、佐奈は前の学校よりも格段に居心地の良い思いをすることとなった。辿自身も功を奏した、と思った。
すると自然と友人も出来るようになったみたいだった。
友人と喋っている佐奈を傍から見ていると心から安堵できた。
成長したな。佐奈。
その力は今後芸能界という社会で生き抜くために必要なスキルだ。
辿は喫茶店でパンケーキに七味唐辛子をぶっかけていた。それを凝視して顔を険しくしている霞。「やっぱりあなた、バカ舌なのね」
「あのなあ、その冷めっぽい性格どうにかしろよ。初めて出会ったときは『メル様、素敵、結婚して』なんて言ってたのに」
「そんなことは言ってないけど……」
「けど?」
霞は頬杖をついて、こちらを窺ってきた。
「今でも、あなたのことは好きよ。前はその……佐奈っていう子との恋路に利用されるのが嫌だったの。あなたに“初恋”だったから余計にね」
辿はむせてしまった。
「ほら、辛いんじゃない」
「違う。夢じゃないよな?」
「唐突な告白で馬鹿になった?」
「やっぱ冷めてえ」
冷血な少女なのか、それともそれは単なる逆張りで愛くるしい少女なのか。どうなのだろうか。
彼女はコーヒーを口に含み、苦かったのか顔をしかめ、三つ四つと角砂糖をボトンボトンとコーヒーの中に投入した。それを飲み満足したような顔を見せる霞。いやいや甘党の君の方がバカ舌じゃないのか、と疑問に思う辿。
だがそんな思考は刹那も顔に出さず、唐辛子の風味がよく効いたパンケーキを食す。
「あの子、芸能界でやっていけそうなの?」
「少しずつだが学校で友人も出来てきている。だから大丈夫だろ」
その言葉に不満そうに溜息をつく霞。彼女の顔は、分かってないわね、なんて主張をしているかのようで。
「あの子の障害のこと、絶対にネットでいいように使われるわよ」
「使われるってどういうことだよ?」
言葉の意味がはっきりとは理解できず、小首を傾げてしまう。それにまたしても理解に浅い子供を嘆く親のように、「つくづく馬鹿ね」なんて言ってきた。おいおい、泣いてしまいそうだぞ、と辿は思う。
「高木は風に折られるって言うでしょ」
「すまん。なんだその慣用句」
「出る杭は打たれる、とも言うわね」
「……初めからそっちの慣用句を使ってくれ」
理解に苦しむ慣用句なんか聞きたくなかったわ。なんかさっきから霞は自分のことを憐憫のごとく見つめてくるし。
まるで自分に常識がないみたいじゃないか。
「まあ、それはそうとして」
「流してくれて助かる」
「アルビノという障害を理解してくれる人は、同じ芸能人でもネット界隈でも少ないのよ」
「……だよな」
それはもとより理解していたことだ。もし佐奈が芸能人として人気を獲得すれば、嫉み僻みは当然ついて回る、もし売れなくても枕営業などや、そんなインサイダーなことをしなくても「アルビノ」だということで好奇の目に晒される。かの、青鹿原高校のように。
「もちろん、私みたいに正攻法で努力して、実績もちゃんとあるようなら、問題はないんだけどね」
そんな皮肉を言ってきた。もちろんそれは愛のある指摘だと理解はしているが、なかなかに受け入れられない。ことごとく自分って人間は駄目だな。辿は苦笑する。
「ここの会計はお願いするわね」
「いやいや、内閣総理大臣賞の賞金で払ってくれよ」
「あなたって本当に一般常識が無いのね。総理大臣賞には賞金は無いのよ」
「ええっ」
「驚くようなこと? いいから払いなさい」
「……君は本当に僕のことが好きなのか?」
「いいえ」
「……」
彼女は机に胸を乗せて辿の頬を触った。なまめかしいしぐさだった。
「大好きよ」
油断していたら心を射止められそうだった。駄目だ駄目だ、自分には心に決めた人が。
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