第十四話 内閣総理大臣賞(作文)

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 終業式の体育館では、表彰式が行われていた。


「内閣総理大臣賞受賞、木田霞きだかすみ


 作文の受賞が執り行われていた。

「すごいよな。あいつ」

「高校一年生で作文の内閣総理大臣賞受賞だもんな」

 ――辿はその木田という生徒のことを興味深く思っていた。

 体育館で前に並んでいる鳥居に木田霞のことを感心しているような素振りを見せると、鳥居が自分に耳打ちしてきた。

「あいつ、佐野一葉さのいちようの直系の家系らしい」


 ……は? 佐野一葉?


「どういうことだよ。その、佐野一葉って」

「明治ごろの有名な文筆家だよ。日本人で初めてのノーベル文学賞を得た人でもある」

「あの、川端康成かわばたやすなりの前に?」

「ああ、そうだよ。ってか、これは一般常識だぞ」

 本当、お前って一般常識に疎いよな。そう言われて、少し苛立ちを覚えた。

「お前にだけは言われたくないね」

 それから少し考える。

 もしかしたら、ボカロPの作詞にあの女子が協力してくれたら、楽曲がさらなる飛躍を果たせるかもしれない。

 終業式も終わり、クラスに戻った辿は、もう一度鳥居に木田について尋ねた。


「ほんと、お前って女の子が好きだよな」

「違うよ。……彼女なら僕の楽曲に良い歌詞を書いてくれそうだからな。スカウトしようと思って」

「……まあ、だったら会いに行けよ。取り計らうのはこっちでやるからさ」

「ありがとよ。とりあえず佐奈を連れて行くわ」

「――それはやめておいた方がいいけどな。佐奈ちゃんを連れて行くのは」

「どうしてだ?」

「まあ、理由は会えばわかる。とりあえず、今回は一人で行ってこい」


 渋い顔をしている鳥居の言葉に応じて、指示されたクラス、一年五組へと向かった。

 階段を上がった三階に五組はあるので、移動してその教室にいた、適当な五組のクラス生徒を呼んだ。

「何だよ」

「木田霞さんはいる?」

「ああ、あそこに」

 生徒が指さした方向には、窓辺の座卓で文庫本を読みふけっている美女がいた。終業式の時は遠目からだったから分からなかったけど、黒髪ロングに、豊満な胸。きゅっと締まっている太もものライン。そのどれもが黄金比だった。

 ……なんか、声かけづらいな。

 すると声を掛けた生徒が、霞のことを呼ぶ。

 そうしたら、なぜか霞の目が輝いたように思えた。

「えっ」

 思わず辿は声を漏らしてしまう。

 霞が文庫本を閉まって、こちらに駆けてきた。そして全速力で辿のことを抱き締めてきた。

「えっ、えっちょっと……」

「メルにようやく会えた!」

 その言葉で合点がいった。鳥居が佐奈と一緒に会わないでおいた方がいいと言った理由が。つまるところ、恋人の佐奈に、辿を推している霞が会えば、図らずもキャットファイトになるのは必然のことだろう。ってか、これはラノベか。自分はラノベの主人公か!

「ねえ、一緒に話しませんか。過去のことも、これからのことも……」

「えっと……そうだな……」

「それと大好きです。付き合ってください」

「またまた唐突だな。無理に決まっているだろう」

 すると霞が目線を上げてきた。胸も押し付けてくる。

 やばい。心臓がバクバクだ。

「――何しているの?」

 佐奈の声だ。振り向くと汚物を見るような目を向けている。

「ち、違うんだ」

「もう知らない。なにが『嘘を吐かない』よ。この嘘つき」

 彼女は踵を返して去っていった。辿は思わず頭を抱えてしまう。

 ――まあ、あとで誤解は解いたらいい。それよりも、この少女と話をしないといけないのだ。


 佐奈が歌い手として唄う、楽曲の歌詞を書いてもらうために。


 6


 中庭のベンチで彼女は辿の足に、自身の足を絡ませ、辿をどうしてか誘惑しているようだった。そのことはとても疑問だった。


「何しているんだ?」

「いえ、あなたってモテるんだなって思ってね。これは自分が捕まえておかないと、って思ったから」

「もう勝手にしてくれ。それよりもだな。内閣総理大臣賞、おめでとう」

「いえいえ、ありがとうございます。でも、あなたの方が凄いですよ。ネットでも噂になっていますからね。大手音楽事務所に内定が決まったって。音楽プロデューサーとして」

「その件なんだが、一つ頼みたいことがあってな」

「なんですか?」

 見目麗しく霞がこちらを窺ってくる。もはや蠱惑的だ。

「佐奈という歌い手をプロデュースしたいと考えている。そのための楽曲は自分で作るつもりだ。だけど、自分では歌詞は書けなくてさ。だからこそ歌詞を君に書いてほしい」


 すると小首を傾げる霞。「どうしてです? 事務所にいくらでも作詞家がいるでしょ。私じゃなくても」

「いや、君がいいんだ。というより、この学校の生徒がいい。彼女が学校の生徒と何か協力して物事を成し遂げられたという記憶は、後々かけがえのない財産になるからな」

「まさか、私が佐野一葉の家系だから、それを利用しようとか思ってます?」

 目を細めて霞が自分を窺ってくる。

 辿は、それを簡単に否定できた。なぜならそもそもそんなつもり、さらさら無いからだ。

「いや、ただ純粋に君の才能に惚れただけだよ。だから頼む、歌詞を書いてくれないか?」

「……その歌手ってさっきの金髪の生徒でしょ」

「ああ。そうだけど?」

「言いにくいんですけど、そっちの恋路に私を巻き込まないで欲しいなって」

「え」

 突如、豹変したように厳しい発言をした霞。

「私はあなたの楽曲には協力したいです。あなたのことを愛していますからね。でも素性が分からないその佐奈って子のために歌詞は書きたくないです」

 それでは、と歩調を早めながら去っていった霞。辿は茫然としてしまった。

「どうしたもんかな」

 ……これで諦めたらだめだ。絶対に彼女を説得して見せる。そう覚悟を新たにした。


 自分のクラスに戻るとみな打ち上げについて盛り上がっていた。

 だが一方で帰り支度をしている佐奈。

「なあ、佐奈」

「……」

 えっ、嘘、無視……そりゃあ悲しいんだけど。

「打ち上げ、参加したらどうだ?」

「どうして?」

「それは……」

 彼女は辿に日傘を突き返して、クラスを出て行った。

「どうしたもんかな」

 すると鳥居がこちらに来た。「代償に見合う収穫はあったか?」と尋ねてくる。こいつは話が早いなと思いつつ、辿は肩を竦めることで応えた。


 それから、辿は打ち上げには参加はせず、職員室へと向かっていた。

 そこで、国語教師の平塚に発表があった作文を見せてほしいとお願いする。

「どうして必要なんだ?」

「……ただ単純に興味があって」

「そうか。……その作文はもちろん本人以外の部外者には許可なく見せられない。だから本人に許可を取って読むんだな。木田は文芸部に所属しているから、そこへ向かえ」

 辿は礼を言って職員室を後にした。

 

 文芸部の部室は校舎から離れたコンテナの中にある。

 辿はノックをして部屋へと入る。「失礼します」

「ん? 誰かな」

 センター分けにした髪型にそのせいで額が広くなっている、女子がそう言った。まるでそのおでこは卵を連想させる。

「あの、霞さんはいらっしゃいますか?」

「もうそろそろしたら来るよ。……もしかしたら引き抜き? それは是非ともやめてほしいなあ」

「いや、引き抜きではないです。僕、楽曲制作をしていましてそれで霞さんに作ってもらう歌詞で曲を作りたいな、なんて思いまして」

「いいねえ。バクマンだね」

「同じなのは夢を目指すような高校生コンビ、っていうだけですけどね」

 すると、「あれ、君……」と後ろから声を掛けられた。振り返ると霞が立っていた。


「あなた、もしかしてストーカー? こんなところにまで来て」

「君の作文を読みに来たんだよ。……読ませてもらえないかな?」

 霞は溜息を吐いた。それから「部長。タンスの鍵、もらえますか」と言い、先ほどのセンター分け女子がスカートのポケットから鍵を取り出し、霞に渡した。

 タンスの前で屈みこんだ霞は、鍵を開けて立て付けが悪いのか不快な音を鳴らしながら開ける。

 そして、作文を渡してくる。辿はありがとうと言って、早速読ませていただいた。

 ざっと見た感じ、高校生らしくない文章だな、と思った。


「凄いよ。感服してしまった。さすがだ」

「ありがとうございます。……いやいや、褒めてもらっても作詞は手伝いませんよ」

「やってみなよ霞ちゃん。もしかしたら霞ちゃんの“今後のキャリア”にそれをすることで近づくかもよ」

「キャリア?」

「……そうだよね、部長。分かった」

 何はともあれ、霞が承諾してくれた。すると――

「ねえ、あなたピザ奢ってよ」

「……は?」


 町内のピザ屋店。普段はデリバリーでしか頼まないから、店内で食べることがとても楽しみだった。

 そこで、それぞれ好みのピザを注文した。

「繰り返すようだけど、僕は今度音楽事務所に所属する。そこで佐奈と言う歌い手をいつか東京ドーム公演させることが目標だ」

「あの子、アルビノでしょ」

「えっ、どうして知っているんだ?」

「あの髪と瞳の色を見ればわかる。ああ、アルビノだってね。それに学校でも噂になっているから」

「そうか……」

 ――お待たせしました。注文したピザが届いた。辿はタバスコを大量にかけて一口かじる。その様子を驚愕したように見る霞。


「あなた、バカ舌なのね」

「……そんなにおかしいのか? 辛いのが単純に好きなだけなんだが」

「そういう辛味の調味料を普段どれぐらいかけるの?」

「えっと……納豆のからしで喩えるなら五十グラムだな」

 彼女は驚愕したようだ。まるで馬鹿を見るようにこちらを窺った。

「何だよその目は」

「いや、本当にバカ舌なのね」

「じゃあ君はピザにはどれぐらいタバスコを掛けるんだよ」

「かけないわよ」

「――へ?」

「ワサビとかも無理だし、からしなんて到底駄目だね」

「君は子供舌じゃないか」

「あなたよりも繊細なのよ」


 辿はああそうかよ、と言ってピザを頬張った。

「……なあ、なんで急に了承してくれたんだ?」

 霞もピザを食べて、咀嚼しながら「親が命じる、自分の責任を果たせることに近づくかな、と思ったからよ」と語った。

「……なんだよその責任って」

「私、小説家にならざるを得ないんだよね。だけどもはやネット小説は過渡期に突入しているし、紙の本は出版不況でほとんど売れない。そんななか、小説家を目指すことは難しくなってしまった。それでも親の看板のために必ず作家にならないといけない」

「――だったら、約束してやる。君のその目指す目標へ近づけさせることをな」

 すると霞は笑った。

「へーいいじゃない。その気概。頼りにしているよ」

 棒読みなそんな言葉に辿は苦笑せざるを得なかった。まったく、正直じゃないんだから。

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