第二章 新しい一歩。
第十一話 歌手にならないか?
1
夏盛り、真っ只中。その猛烈な紫外線は、辿の恋人の、アルビノ少女の天敵でもある。猛暑にやられてしまって彼女がぐでんとなってしまう可能性もある。
休日。辿は牛丼チェーン店に入った。そこで牛丼の並盛と温玉を注文する。
スマホをいじりながらしばし待つ。すると「辿くん」と声を掛けられた。声のした方向に顔を向けるとそこには佐奈が立っていた。
「よっすー」
「よっす~」
実は待ち合わせをしていた。彼女が辿の前に座ると、店員を呼び、キムチ牛丼と生卵を注文した。
「キムチと生卵って合うのか?」
「合うんじゃない?」
「そうかな……?」
「ってか、そんなことどうでもいいじゃない。それよりもどういうこと? そりゃあ嬉しいけどさ。会わないかって言われたらさ」
店員が商品を持ってくる。辿は牛肉の上に温玉を乗せて、その温玉を箸でぐちゃぐちゃとかき混ぜる。上からポン酢と紅ショウガを掛けて、辿はどんぶりを持って掻き込んだ。それから言葉を発する。
「なあ、歌手に興味はないか?」
「か、歌手?」
佐奈は目を見開き、それから冷静さを取り戻そうとするように冷水を飲んだ。
そんなところへ、キムチ牛丼と生卵が運ばれた。キムチの上に生卵を垂らしかけて、かつかつと豪快に佐奈はどんぶりを飲むようにして食べた。
「ねえ、歌手ってどういうこと?」
「そのまんまの意味だよ。歌手にならないかって聞いているんだ」
「なる、ならないを自分で決められるような仕事じゃないでしょ」
「それもそうだけど……でも君には才能があると思う。目指してはみてくれないか」
「……あなたが全面サポートしてくれるなら」
「ああ、そのつもりだ」
二人して数十分して食事を終えると、辿たちは真っ先にあの公園へと向かった。
公園では児童たちが遊んでいた。
佐奈は洗面台で水を飲む。それを辿が見て「ジュースなら買ってやるぞ」と言う。しかし、彼女は首を振った。「大丈夫だよ」
ベンチに座って、二人して空を見上げた。
彼女は日傘を射しているのでそれ越しから見える淡い日光。
「すごく眩しい。だけど見なくちゃいけない。それから逃れちゃいけない」
辿は彼女が次いで何を語るのだろうと思う。それほどまでに興味がそそられた。
「私はずっと光から逃れていた。だけど、光は舞台でいうところの注目を浴びる装置、なのでしょう?」
「そうだな」
彼女が歌手になれば、スポットライトを浴びることになる。注目を浴びることになる。だがそれを選択することに後悔をしてはならない。
二人で選んだことなのだから。そうすることを。
「私ね、緑内障って診断されたとき、正直に言えば自殺しようかなって思ってしまったんだ」
「自殺……」
「そう、自殺」
彼女が自殺と言うとどうしてかその言葉の重さ自体が軽く思える。
全然軽い言葉じゃないのに。
「あの日の悲しみは……どんなものでも、どんな人でもぬぐえないと思っていた」
「……」
「でも違った。私に対するクラスのいじめを止めてくれたあなたになら、私を救ってくれるかもって思えた」
そんな妄想、他力本願でずるいのにね、と笑う佐奈。そんな表情に辿は困惑してしまう。
そして彼女は去っていった。もちろん、また夜には会える。そう約束をしたから。
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