第八話 商店街での夢
8
目が覚めると朝だった。シャツに着替えて、リビングに顔を出す。
「あっ、母さん」
「辿くん。昨日女の子部屋に呼んだでしょ」
「えっ、はあ⁉」
「昨日帰宅中にすれ違ってね。あれでしょ。外国の人でしょ。学校にもそんな子いるのね」
辿は言葉を失ってしまう。そしてつい怒り口調で、「ああ」と答えた。
「ちょっと出掛けてくる」
「はいはい」
苛立ちから玄関を乱暴に閉める。どこか憤慨している現状に戸惑いを覚えつつも抗えずにいる。母親に当たってもしょうがないのに。
と言うか、この怒りの発現はなんだ。そう思って、ああ、と思い至る。
母親に自分の好きな人にとやかく言われたから腹が立っているんだ。そう思うと腑に落ちた。
足先が自然と佐奈の家の方へと向かっている。
日光の下では出会えないはずなのに。彼女を求めてしまう自分がいる。どうしても。どうしても。
そしたら彼女が住んでいるマンションの前で日傘を射している少女がいた。
「あっ、あの――」
昨日の情事の件もあって少々気恥ずかしさがあったが、なんとか声を掛けられた。
「おっ、辿くん」
満面の笑みを向けられた。彼女が駆け寄ってくる。
そしたら急に彼女も気恥ずかしくなったのか、俯きざまに「おはよう」と言ってくる。そんな姿や態度も含めて全部可愛いと思ってしまう辿。
「おはよう。あっ、僕の母さんと会ったんだって?」
「うん。ちゃんと挨拶したよ」
「ありがとな」
「なんでありがとうなの?」
「いや、うちの母親に変な詮索とかされてないかなって」
「……大丈夫だよ」
なんか含みがあったが、多分大丈夫だったと信じたい。
「ねえ歩かない?」
「いいけど。大丈夫なのか? その、
「大丈夫だよ。ちょっとぐらい」
彼女は眩しいのか目を細めながら歩いていた。それで辿は彼女が危なくないように、手をつないだ。
あの公園に着いた。夜と朝では見え方が違っている、そんな場所。
……自分としては夜の方が好きだな。
子供たちがブランコなどの遊具で遊んでいる。
「子供たち、可愛いね」
「そうだね……」
確かに子供は可愛い。でも君の方が可愛いよ、と辿は思う。
「ねえ、他に行ってみたいところがあるの」
「ん? いいけど」
彼女はそう言って駅舎の方へと向かっていった。
着いたのは商店街だった。
「私、恋人とコロッケを一緒に食べながら商店街を歩きたかったの」
「へえ。なんかいいね」
辿らはコロッケを購入しようとすると、店主のおばちゃんが佐奈に向かって「彼氏かい? いい男だね。おばちゃんが奪っちゃおうかな」なんて冗談を言ってくる。
それにどうしてかあたふたしている佐奈。それがとても可笑しかった。
「佐奈、冗談だよ」
「えっ、そうなの。もう、おばさん」
「ふふっ。ほら、コロッケ二つ」
熱々のコロッケを渡される。辿はそれをハフハフと口に入れる。「美味しい」
「そうでしょう。おばちゃんのコロッケは世界一なんだから」
どうしてか佐奈が誇らしげに言う。それに苦笑を向けてしまう辿。
「なんでそんな変な顔するの?」
「いや、面白いなあと思ってさ」
「どこがさ!」
大笑いする辿とおばちゃん。
「いやあ、佐奈ちゃんが幸せそうでよかったよ。未来永劫、その彼に幸せにしてもらいな」
照れているのか顔を真っ赤にしている佐奈。
「さあ行こうか」
「うん」
辿たち二人は手を繋ぎ、コロッケ傍らに食べながら歩いた。
「美味しいな」
「美味しいね」
これが彼女のしたかったことなら、それが出来たことに嬉しく思う。
「また食べような、一緒に」
「うん。一緒に」
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