第七話 情事
7
翌日の学校で登校しても彼女の姿はなかった。
「あれ~あの金髪いないじゃん」
「学校辞めたんじゃね」
「やめてあげなよ。そんなことばかり言い続けていると彼女、自殺するかもよ」
僕はたまらず机を蹴り飛ばしていた。そしてあの女子グループを睨む。
「何よ。この陰キャ」
「何でもねえよ」
ああ、むしゃくしゃする。辿はそう思いながら階下へと降りて保健室に入った。
するとベッドでうずくまっていた、佐奈がいた。
「佐奈!」
布団から少しだけ出ていた頭を全部出す、佐奈。「辿くん!」
すると保険室の教諭が眼鏡の縁を上げて、「うるさいよ。君」と注意してきた。
辿は素直に謝る。「すいません」それから佐奈の近くの丸椅子に座る。
「体調が悪いのか?」
「ううん……ちょっとね」
「じゃあどうしたんだ」
「本当に大丈夫だから」
困り眉でくしゃりと笑う。深く追及はしてはならないのかもしれない。
すると彼女はベッドから手を伸ばしてきた。小指を曲げている。
「大丈夫だよ。約束したでしょう。嘘は吐かないって」
「……そうだな」
辿はようやく心から笑えた。安心できたからだ。
丸椅子から立ち上がり保健室の教諭に「彼女のこと、お願いします」と頼むと、「あの子は君の彼女なのか?」と尋ねてきた。それに辿は微笑みながら、「はい」と言った。
保健室から出ると、鳥居がいた。
「どうしたんだ? ここにいて」
「ああ。実は佐奈が保健室にいてな。体調が悪いみたいだ」
「そうか」
鳥居が辿の肩を叩いてくる。励ますように。
「頑張れよ。お前が彼女のことを想う気持ちは分かったからさ」
「ありがとよ」
辿はポケットに手を入れてまっすぐ歩き始めた。その横には鳥居が一緒に歩いてくれる。
教室に入ると、女子グループがこちらを見遣りなにかを言いたげだったが、結局言わなかった。辿は席に座った。同時に担任教師も入ってくる。
「じゃあ授業始めるぞ」
帰路を歩き、団地の家に着いた時には夕方の五時だった。
テーブルの机にはいつものメモ書きと一万円札があった。
『これで好きなもの食べなさい』
辿は溜息を吐き、ウーバーでも頼むかと思い至る。
スマホでお寿司を注文し、それが届いた午後七時。銀座の上の寿司を自室で食べていると窓にコツンと石がぶつかった。ん、なんだと辿は思う。ちなみにここは三階だ。
窓を開けるとおでこに石がぶつかった。「痛えな!」
「あっ、ごめんなさい」
石を投げていたのは佐奈だった。
「どうして僕の家を知っているんだ?」
「鳥居君から聞いたのー」
「あっ、あいつから。そうだ。僕の家に上がって行けよ」
「えっ、親御さんがいるんでしょう」
「それはあいつ話してねえんだな。……まあいいや、今日親いねえから」
「えっ」
そして彼女は部屋に上がってきた。終始きょろきょろしていて、落ち着きがない。
「お寿司食べる?」
「えっ、あるの?」
「あるよ。一緒に食べようよ」
自室に彼女を招く。割り箸を彼女に手渡し、醤油も別皿を用意する。
彼女は遠慮しているのかかっぱ巻きから食べ始めた。「美味しいね」
「……」
辿は大トロに醤油をつけて、それを佐奈の口に突っ込んだ。「遠慮なんかすんな」
佐奈は咀嚼しながら「美味しい」と言い、なぜか泣き始めた。
「おいおい、どうしたんだ。あっ、ワサビか? それはワサビ抜きのはずなんだがな……」
「優しすぎるよ。辿くん」
「……僕にとったら君は世界一の天使でお姫様なんだよ。可愛すぎるったらありゃあしない。そんな女の子を愛でてしまう、男の性なだけだ」
彼女は目を丸くして、それから笑った。先ほどまで泣いていたので、おかしな表情になっている。しかし、その顔を独り占め出来ていることが何よりも幸福なんだってことを、自分は知っている。
お寿司をそれぞれ完食し終えて、彼女と一緒にベッドに座る。すると佐奈が音楽プレイヤーを取り出した。「前もらった音楽ファイルの曲、唄ってみたから聴いてよ」
「分かった」
イヤホンを耳に挿すと甘美な歌声が鼓膜に響きだした。心地よくなっていると、彼女が片方のイヤホンを外し、自分の耳に挿した。そして辿の肩に頭を乗せた。
しばらくしてずっと彼女の吐息を意識していると、もう自分の理性を押さえつけることが出来なくなってしまう。彼女に覆いかぶさった衝撃で、プレイヤーからイヤホンの栓が抜ける。大音量で音楽が流れる。その横で辿たちは情事に夢中になった。
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