第四話 佐奈が歌い手だと知る。

 4


 帰宅すると夕方だった。佐奈に配慮して生徒の大半が電車に乗ったか、はたまた帰宅した頃を狙って家路に着いたからそんな時間になったのだ。

 エディターソフトに新たなファイルをエクスポートしている最中、動画サイト上を彷徨とする。その際、見知った顔が動画のサムネイルに出ているのが見えた。

「佐奈?」

 動画をクリックしてみると辿が過去に作った曲を、美麗な声で唄っている様が写し取られていた。

 言葉を失っていた。辿は震える手でマウスをクリックし、動画を止める。

「あいつ、歌い手だったのか」

 

 でも疑問が残る。圧倒的な歌唱能力は有にある。だけど、世間をあれほど恐れていた彼女がこうしてネットに自身を晒すのだろうか。

 不思議だ。辿は顎元に手を置いて、少し黙考する。

 ちらりとカーテンの隙間を見遣る。月光が輝きだしていた。

 辿はジャケットを羽織って、外に駆けだした。


 夜だったら、彼女と“自然に”話せるかもしれない。


 団地から出て月明かりの許、ひたすら走った。

 当て所もなく走った後、喘鳴を吐き出す。苦しくて膝をつく。

「くそ、佐奈はどこにいるんだよ」

 なにやっているのだろう。そもそもいないかもしれないのに。

「……どうしたんですか?」

 振り返るとワンピース姿の佐奈がいた。

「ああ、ちょうど君を探していたんだ」

「さっきの……」

「ん?」


 佐奈は蠱惑的に微笑む。「佐奈って呼び捨て、ちょっとドキッとしちゃった。出来ればこれからもそう呼んでくれる?」

「それは……」

「駄目……なの?」

 腰を低くしてこちらを窺ってくる。もう根負けして辿は首肯した。「分かった。やってやるよ」

 前に一緒に話をした公園に向かい、ブランコに座る。


「なあ、君の動画を観させてもらった。あの、僕の曲を唄っている動画だよ」

「どうだった?」

「すごく上手かった。だけどそんなことより……あの動画はいいのか?」

「どういう意味?」

「ほら、あんなに他人の目が気になっていた佐奈が画面越しにとはいえ自分の容姿を晒しているんだから」

「ああ、それ……」彼女は伏目になり、呟いた。

「なにか、理由はあるのか?」


「――日本でのアルビノ患者の推定人数は知ってる? というより、辿くんは私と出会う前から『アルビノ』という病気について知っていた?」


 その言葉に、辿は「ごめん」と言って首を振った。

「いいの。謝らなくて。だからね、それだけマイナーな病気をメジャーな方法で知ってもらいたいというのが、サイトに動画をアップし始めたのがきっかけだね」

「そうなんだ」

「今のところ、あまり手ごたえはないけどね」そう半笑いする佐奈。

「……余計なお世話かも知れないけど、多分自分に自信が無いのも再生回数が上がらない理由の一つかもしれない」

「そうだよね……」


 辿は立ち上がった。そして佐奈の両肩を掴んで、「僕が君に音楽を提供する。それで多くの人にアルビノを知ってもらおう」と啖呵を切った。

 すると彼女はどうしてか顔を背け、頬を紅潮させた。「近いよ」

「あっ、ごめん」


 佐奈は立ち上がり、握手を求めた。「じゃあ約束です。いいですか。前にしたことも忘れないでくださいよ」

「ああ。いいぜ」

 嘘は吐かない。そのことを、握手を交わすことで確認しあった。


「夜は毎日会いませんか?」

「毎日?」

 辿は少し体が冷えたのでブラックコーヒーを飲んでいた。

「そりゃあ僕はうれしいけどさ」

「だったら決まりだね。夜でたくさん遊ぼうよ」

 なんか、エッチだ。またしてもそう思う。

「じゃあまた、明日学校で」

「おう」

 彼女に手を振って別れを告げる。それから缶コーヒーをごみ箱に捨てて、歩調を早めながら帰る。なにやらその足取りが軽くなっているのは、佐奈のおかげでもあるのだろう。

 そんな気がしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る