第三話 ハンバーガー店で交わした約束。

 3


 辿は佐奈と隣の席であった。そのことに中学の幼馴染は「可哀そう」なんて言っていたが、それにはこう返した。「可哀そうなのかどうかは、僕と彼女自身が決めることだ。お前にとやかく言われる筋合いはない」

 友人は真剣な顔で「お前は真面目過ぎんのが玉に瑕だ」なんて言ってくる。

「玉に瑕でも白壁の微瑕でも何でもいいが、僕は彼女を……」

 すると教室に担任の平野義信ひらのよしのぶ先生が入ってくる。義信よしのぶなんて名前だから男性かと思ったが、女性だ。


「それでは入学式に行くぞ」

 全員廊下へと向かおうとする。先ほどまで話していた友人もそうしようとして、だが一歩踏み止まった。

「お前がなんかあったら、俺は他を顧みないからな」

 そんな言葉を残してくれた、友人――鳥居昭とりいあきらに辿は澄ました顔を見せる。

「ありがとよ。頼りにしてる」

「ああ」


 入学式などの“普通の”日常はトイレに行ったなどと同じように説明する意味がないことだと思うので、話題を変えさせてもらう。

 入学式から帰ってきたら皆の自己紹介が始まった。辿は他の生徒の自己紹介を聴いている傍らにアルビノについて調べていた。

 。そう言葉にすれば簡単だが、そのメラニンが無いことで代わりにどれほどの悔恨が付きまとい、どれほどの苦痛が身に宿るのか安易に理解ができるなんて思えない。これは、それほどの病気なのだ。

 辿も順当に自分の名前を名乗った。

 次いで、佐奈の番だ。彼女も自身の名前を名乗るも還ってきたのは静寂だった。誰も歓待という拍手を行わないようだ。それに憤った自分はクラス中に響くように拍手をした。

「辿くん……」

 不安そうにこちらを向く彼女のことを、辿は見遣りすらせず「前を向けよ。不安そうな顔でこちらを向くな。ほかの生徒に嘗められるぞ」と叱咤した。この意味を汲んだ彼女は頷いて前をまっすぐ見た。そうだ。それでいいんだ。


 入学式後は短縮授業のため、早々に帰宅となった。辿は自然な形で佐奈と一緒になる。

 周囲からの好奇な目線。それに晒されている佐奈。それを感じ取っているのか本人は俯き気味に日傘を射して歩いている。

 辿はそっと彼女の横に寄り添った。小声で「大丈夫だから」と囁く。

 涙目で辿のことを窺う彼女。


「……ちょっと寄り道しようか?」

「えっ……でも……」

 彼女の手を引っ張って「いいから。こっちにおいで」と言ってハンバーガーショップに入る。

 日傘を畳んだ佐奈。

「僕がなにか奢ってやるよ。好きなもの選べ」

「えっ、いいの」

「僕は嘘を吐かない男だ」

「……」

 彼女はてりやきバーガーとオレンジジュースを。辿はブラックコーヒーを注文した。出来上がったそれが乗ったトレイをテーブルに持っていく。

「こんなこと……おこがましいかもしれないけど――」

「えっ、何だよ」

「さっきのこと、約束しない?」

「約束?」


 佐奈は小指を向けてきた。


「あなたは私に嘘を吐かない。私もあなたに嘘を吐かない。その約束――」

 辿はその言葉に半笑いを浮かべた。

「いいぜ。やってやるよ」

 辿は彼女の指に自身の指を絡めた。

「これで少しは安心できました」

「何を?」

「世の中……ですかね」

 大袈裟だな、そう笑おうとしたが、でも出来なかった。彼女はそれほどまでに世界というものに裏切られてきたのだ。

 だからぎこちない表情をしてしまい、「僕が、君を生まれてきてよかったと安心させられるまで傍にいるよ」

 ふふっ、彼女は笑いながらハンバーガーを咀嚼した。その笑顔は素敵なほど愛くるしい笑みだった。

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