ピース・メーカー

蒔人

第1話 助けたい思い

 ページをめくる手が止まらない。文字を追う目が勢いよく動く。早く次へ。次の場面を見たい。この物語がどういう結末を迎えるのか早く知りたい。

 夜の孤児院で蝋燭の灯りが机を照らす中、レオンは『ピースメーカー』という本に夢中になっていた。本を読むという行為にこれほど熱中したことは今までになかった。


 『ピース・メーカー』を読み終えてから数日後、本の持ち主であるフェリオが孤児院にやってきた。

 フェリオが来ていることを知ると、『ピース・メーカー』を片手に持ちレオンは急いで部屋から出て二階から一階に降り、孤児院の玄関で軍服を着たフェリオと対面した。

「ピース・メーカー、めっちゃ面白かった!」

 レオンは本を見せつつ、興奮冷めやらずに感想を言った。

「ほう、もう読んだのか」

 フェリオは、感心した様子で笑みを浮かべた。

「うん!」

「登場人物の中で誰が好きだ?」

「もちろん、ガウェイン!」

 『ピース・メーカー』には三人の主人公が登場する。この三人は剣士で各地を旅をしながら、領民を苦しめ悪事を働く領主や商人を成敗していく。

 ガウェインは三人の主人公のうちのリーダー格の剣士だ。苦しんでいる者を助け、威張り散らす領主相手にも一歩も引かず一喝する。その姿がカッコいい。正義を実行するガウェインの言動に心が熱くなる。


「フェリオは誰が好き?」

 父と息子ほどの年齢差があるフェリオに対してレオンはため口で聞いた。

「俺はランスロットかな」

「えー……ランスロットかよ」

 レオンは不満げに言った。

「アイツ、暗いし口数少ないじゃん」

 しかもランスロットはガウェインに対して否定的なことを言ったり、冷めた言動をしたりする。レオンはランスロットを好きにはなれなかった。

 はは、と笑ってフェリオは答えた。

「だからいいんだよ。まあ、子供のお前にはランスロットの良さがまだわからないかな」

 レオンは口をとがらせた。

「子ども扱いすんな」

「大人になったらやめてやるよ」

 そう言ってフェリオはレオンの頭を撫でた。一方のレオンはフェリオの頭を撫でる手を拒まなかった。

 フェリオはレオンの頭から手を離した。

「それ、お前にやるよ」

「え? いいの?」

「ああ。俺はもう何度も読んだしな」

「子供にあげなくていいの?」

 フェリオにはレオンと同じ歳の頃の娘がいたはず。実の子供にではなく、ただの孤児であるレオンに大切な本をあげる理由がわからない。

 フェリオは苦笑を浮かべた。

「一度、読ませたことはあるんだが……娘はピース・メーカーが好きじゃないんだ」

「へぇー、そうなんだ……めっちゃ面白いのにな」

 こんな熱い物語を好きになれないなんて意味がわからない。

「性格が違えば好みも違うってことさ」

「ふーん、そんなもんか」

「そんなもんだ。よし、用は済んだし俺そろそろ行くわ」

「え? もう行くの?」

「ああ。それをお前にやる、と伝えるために来ただけだからな」

「今日はどんな任務?」

「ふふ。情報部に所属する俺が一般市民に任務内容を教えるわけねえだろ」

「ケチ」

 レオンは口を尖らせた。

「はは。任務が終わったら教えてやるよ」

 フェリオはレオンに背を向け、玄関を出ようとする。


 レオンはフェリオの背中に声をかけた。

「フェリオ」

 フェリオは立ち止まり、振り向いた。

「俺、大人になったら軍に入るよ」

「……どうして?」

「悪いヤツらに苦しめられてる人を助けたいんだ」

「それは軍に入らずとも、できることなんじゃないか?」

 フェリオは試すように聞いてきた。

「ガウェインのように戦って人を助けたいんだ」

 ガウェインは、人々を苦しめる悪人と直接対峙した。その姿がカッコよかった。自分も戦うなら、そうなりたい。

 確かにフェリオのように軍に入らなくても、悪者に苦しめられてる人を助けられるかもしれない。だが人を助けたいと思った時、真っ先にレオンの頭に思い浮かんだのは、フェリオの姿だった。レオンはかつてマフィアに殺されそうなところをフェリオに助けられた。

 しかしフェリオのようになりたい、とは言えなかった。それを口にするなど、さすがに恥ずかしすぎる。

 フェリオは笑みを浮かべて答える。

「いいんじゃないか」

「……馬鹿にすんなよ」

「してないさ」

「じゃあ、どうして笑ってんだよ?」

「いや、俺と同じだなと思ってな」

「同じ? どういう意味だよ?」

「俺も憧れを理由にして軍人になったんだ」

「フェリオは誰に憧れたの? ランスロット?」

「いや、ランスロットというよりピース・メーカーそのものにだな」

 レオンは本に目を移した。本の表紙にはピースメーカーと書かれている。

「ピース・メーカーってどういう意味?」

「意味はシスターにでも聞け」

「えー……教えてくれないのかよ」

「もう本部に行かなきゃいけないんだ。じゃあな」

 フェリオは再度レオンに背を向け、片手を振りながら孤児院を去った。


 この日から八年後、レオンは帝国軍情報部公安課に配属された。その二年後、フェリオは殉職した。

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