第2話 運命の邂逅
暖かい光に包まれて穏やかな気持ちのまま俺は眠った。全ての不安から解放されてとても心地良かった。後悔はない。全ては運命神の定めのままに……。
ーーー異世界シューンヴェルトーーー
目を覚ますと、一本の木にもたれかかるようにして眠っていたようだった。
あたりを見渡すと緑いっぱいの美しい野原が広がっていた。雲ひとつない澄んだ青空。暖かくて心地の良い日差し。この世界が俺のことを歓迎しているようにすら思える。
「本当に来たんだ……」
自分の顔をつねってみる。うん痛い!
「夢じゃないんだ……やった!!」
俺は歓喜のあまりガッツポーズで叫んだ。
その声に驚いた1羽の鳥が、木から飛んで行った。俺は行くアテもないので、何となくでその鳥の進む方に行くことにした。
空を見上げると地球で言うところの、太陽のような光り輝く星があった。その太陽(正確には違う)の高さから推察すると、今の時刻はちょうど昼時ぐらいだろう。勿論、この世界に現世と同じような物理法則が存在するかは知らない。
そして、まわりを観察してみると木々や草の種類から、この土地は温帯に近いと言うことが判った。
自分の力でどんどん謎を解明していく感じが、俺を更に酔わせた。
「なるほど。こっちが南か」
森に入ったので木の葉を見てみると、俺の進む方角がより茂ってた。この世界の理ことわりを知らないから断言はできないが、現世と同じなら俺の進む方角が南になる。南だから何だって話ではある。そこはツッコまないでくれると嬉しい。
大きな木の下に果実が落ちていた。表面は赤く白い光沢も見えた。そう、リンゴのようなものである。
「いける……か?」
俺はその果実を手に取ってみる。見た感じ腐ってはなさそうだった。熱に浮かされていたのかどうかは、判らない。俺は少し齧かじってみた。
「ぐぅぇぇ!!」
とても酸っぱくて食べられたものではなかった。酢を原液のまま飲んだようだ。
更に森の奥へと進んで行くと、高い木々によって太陽光(正確には違う)の光を遮られて、あたりは段々と暗くなり始めた。
(ひぇぇ……怖すぎるだろ)
恐る恐る進んで行く。引き返すという選択肢があるはずなのに、完全に失念していた。
「ぐぁぁぁ」
そんな獣けだもののような声が聞こえてきた。
「ひっっ!!」
俺は完全にビビっていた。あとちょっとで漏らしていた。いや、少し出たかもしれない。
そしてその声主の正体が判ってしまった。
「あぁぁ……アレは……
昔、某RPGゲームで見たことがあるような、緑色の皮膚と尖った耳、そして涎よだれを垂らし、尖った歯を持つ口。こんな醜悪な姿の生き物を俺は他に知らない。
よくアニメとかで、こういう状況でヒロインが叫んでバレてしまう場面があるだろ?俺は馬鹿だな〜と思いながら見ていたが、実際にこう言う場面に遭うとそうなってしまうようだ。
「あぁぁ!!!」
俺は叫んでしまった。すぐにその過ちに気づき、口元を手で塞いだが、もう遅かった。
件くだんの
その瞬間、奴が俺の方へと向かってきた。逃げなければいけないのに、足が動かなかった。
「ああぁ……」
情けない声をあげて、その場に倒れてしまった。
振り返ると、距離は1メートル程まで近づいていた。
「いっ、いや、嫌だ! 死にたくない!」
尻餅をつきながら後退りしているが、意味のない行為だということは言うまでもないだろう。
前世で最悪な17年間を過ごして、その代わりに夢にまでみた異世界ライフをエンジョイできると思ったのに。何で、何で俺の人生はこうも上手くいかないんだ?俺が何をしたって言うんだよ!
「誰か! 誰か助けてくれ! 嫌だ、嫌だ嫌だ死にたくない!」
醜く叫んだが、助けは来なかった。
死を直感し、思わず目を閉じた。
「……え?」
死んでいないことが疑問に感じて、恐る恐る目を開けてみた。
すると眼前に、首のない
そして首のない死体が後方にドサッと倒れた。
「ひいぃぃ!!」
俺は、また情けない声をあげた。この時は、恥なんて考えられなかった。
そして俺の背後はいごから足音がした。
振り返ると人間だった。少なくとも
赤髪の少女が凛とした表情のまま俺に声をかける。
「大丈夫? 怪我はない?」
美人だとか、言葉が通じるんだとかは、どうでも良かった。ただ、助かったことに安堵してまた泣いた。
俺が泣き止むまで、彼女は俺の横に腰掛けて黙って待っていてくれた。
「泣き止んだみたいね」
彼女は少し困ったように微笑んだ。
「うん……助けてくれてありがとう」
今になって恥ずかしくなってきた。少し赤面しながら言う。
「ううん、良いのよ。それよりあんた珍しい服着てるのね」
今の俺の服装は高校の学ランだ。確かに、珍しい格好かもしれない。
「まぁ、良いわ。あんた名前は何て言うの?」
「弦坂朔つるさかはじめともっ申します」
女子と話すことなんて俺の人生で数えるほどしかなかったので、妙な敬語になった。
「私は、アリシア・ベルタ・ローゼンクランツよ。よろしく」
俺はここで勇気を振り絞る。
「すっ素敵な名前だね」
緊張からどもってしまった。経験から判ることだが、確実に嗤わらわれる。そして真似をされる。
俺は今から起こる残酷な仕打ちを覚悟していた。
「本当? ふふ、ありがと」
俺の予想とは反して彼女は嬉しそうに微笑む。
彼女の顔を見て、また泣きそうになった。
「あんた珍しい名前よね。どこ出身なの?」
「えぇっと……」
正直に話して良いのだろうか。転生者ですって。ここはてきとうなことを言うべきだろう。
「実は……記憶喪失でさ。自分の名前以外何も覚えていないんだ」
嘘を吐いてしまった。でも、一応ここの世界のことは何も知らないし、ギリ嘘ではないような気もする。
その話を聞くと彼女は同情の言葉を話す。
「それは……不安よね。何も判らないって、怖いことだと思うわ」
その言葉を聞いた瞬間、自分の判断ミスを責めた。
こんな可憐な美女に要らぬ心配をさせるなど、許されることではないだろう。しかし、もう引くこともできない。
「じゃあ、行くアテもないの?」
「……うん」
しばらく黙った後、彼女は立ち上がって俺に手を差し伸べた。
「じゃあ、一緒に行こ! この街のこととか色々と案内してあげるわ」
「うん……ありがとう……」
彼女はまた、困ったように笑う。
「もう、また泣いてるの?」
「……うん」
生まれて初めてかもしれない。こんなに人の優しさを感じることができたのは。
俺にとって女性は、恐怖の対象だった。殴られ、蹴られ、蔑まれ、罵られる。でも、それは少し変わった。彼女は今まで出会ってきた人達とは絶対に違う。
「ありがと、アリシア」
「別にそんなお礼を言われる程のことはしてないわよ。あと、私はなんて呼べば良いの?」
「ハジメで良いよ」
そして彼女は、一歩先へ進んだかと思うと、スカートをひらりと舞わせて振り返った。
「よろしくね。ハ ジ メ 」
少し悪戯っぽくもある健気な表情に、俺は完全に心を奪われた。
(可愛すぎるだろどぉぉぉ!! 今まで見てきたどんなアニメや漫画のキャラより100倍可愛い)
俺は平常心を保つのがやっとだった。
彼女の燃え盛るルビーのような瞳は、俺を映していた。
「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
「ああ、いや、その。何でもない」
「そっか。じゃあ行こっか」
俺は前を進む彼女の横に並び、着いて行った。
天を見上げて想いを馳せる。
女神様、フォルトゥナ様よ。
誠に残念ながら、俺の望んでいた異世界生活ではなさそうです。でも、彼女との出逢いは、俺の人生(前世を含む)で1番嬉しい出来事と言えます。貴女のお陰で今があります。本当にありがとうございます。
空を見上げていた俺を、彼女が不思議そうな顔で見つめていた。
一匹の蝶が俺の近くを飛んだ。蝶が美しく空を舞う姿を見ると、どこからか勇気が湧いてきた。
俺は小さく呟く。
「もう一回頑張ってみるよ」
「ん? 何か言った?」
「ううん。何でもないよ」
チート無双もハーレム生活もできないかもしれない。また、格好悪いところばかり晒すかもしれない。でも、俺はこの世界でなら生きていける気がする。
そんな淡い期待を抱きながら、彼女と一歩、また一歩と歩みを進めた。
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