6

 ガサガサと茂みを掻き分けて、ようやく俺は森を抜けた。

 「ふう、ふぅ…疲れた……」

 長距離走を短距離を走る速度で走らされた感覚だ。

 ずっと走り続けが、三十分は走り続けただろう。

 まだ山中にいるのは変わりないが、ガードレールがある車道まで出てこれたし、右か左へ行けばどっか人がいる場所に行けるだろうと息を整える。

 『お前さんよ。今チラリと見えたが、右の方に小さな店っぽいのがあったぞ』

 俺の脳内に声が響く。

 言われてそちらを向けば、確かに焦げ茶色の木造のお店のようなモノがある。

 入り口の扉には、赤青白の三色カラーの布の屋根があり、入り口の横には黒板バージョンの看板が立てられている。

 水くらいはあるだろうかと、その建物に近づく。

 黒板には白いチョークで『きっちゃてんです』とひらがなで書かれていた。

 『なんだこりゃ、子供が経営してるとでもいうのか?』

 「きっちゃてんって、喫茶店だろ」

 可愛らしい文字に癒されつつ、さっき俺達を追っていたビリーさんから隠れるって意味も込めて、俺は店内に入ろうとする。

 しかし、俺の右半身、つまりゲルさんがそれを引き留める。

 『ちょいちょいちょい!こんな変わった店に入ろうってのか?大人が経営してるなら看板がてきとうすぎるし、この文字とおりに子供が経営してるなら頼れねぇ。おすすめできないぞこの店』

 「そうかもだけど、足を止めちゃった時点で休憩しなきゃ損ってやつだぜ?俺は喉も乾いたし腹も減った。お店ならどっちかは満たされるでしょ」

 俺の意見に『うぅん』と納得がいかない声を出すゲルさん。しかし、俺の体調を優先してくれたようで、右半身も店の方へ動いた。

 『オッケー。この体はお前さんのもんだしな、俺についても詳しく話さなきゃいけないことも考えれば、カフェでゆっくりできるのは助かる』

 ゲルさんからの同意も得て、俺は喫茶店に入っていく。

 


 カランカランとベルが来店を知らせる。

 カウンターは五席。テーブルは四人座れる席が窓際に三席と店の奥に二席。

 観葉植物なんかも置かれていて、初めて喫茶店に入ったが、いかにもって感じだ。

 「すいませ~ん。誰かいらっしゃいませんか~?」

 誰もいない店内に声を発するが、物音も聞こえてこない。

 もしかして、潰れた店が放置されていたのかな?

 『立地を考えればその可能性もあるが、看板の文字や日付は更新されていたし、店も綺麗に掃除されている。休憩中なのかもしれないな。少し待ってみよう』

 ゲルさんの提案をのんで、俺は入り口で立ち呆けていると、店の奥から物音がして人影が見えた。

 「あ、どうむぉ!」

 出てきたのは人型のロボットだった。

 動きは滑らかで、暖簾をのけて裏から出てきた仕草は生身の人間そのものだった。

 人型のロボットは顔の目にあたる部分に付いているレンズが拡大と縮小を繰り返している。俺を観察しているみたいだ。

 ロボットはタオルを取りコップを拭きながら、人と遜色ない声色で

 「いらっしゃいませ。どうぞお好きな席にお座りくださいハツキさん」

 と滑らかに喋った。

 名前を呼ばれてびっくりする。

 それを察したのか、ロボットは「私の頭部は、職場のネットワークと連携されていまして、ヤナギワカンパニーで働く方の情報は全て入っているのです」と説明をしながら、何かの機械を操作する。

 その機械はガリガリと大きな音を立てて動き出す。

 あれでコーヒーを淹れてるのかな?

 「そ、そうなんですね」

 俺の名前を知っている理由を知り、安心するが、ロボットは「ああ、それと今から二十分前に、あなたが指名手配されたこともお伝えしておきます」と穏やかな口調でとんでもない事を発言する。

 「は?指名手配?」

 「ええ、なんでも危険物質を国内に持ち込んだテロリストだとか」

 「え、ええ、あ、あの、何も飲んでいないけど失礼します!」

 そんなことがバレているなら、ここでのんびりなんてしてられない!

 慌てて入り口へ向かうが、扉は鍵がかけられていてびくともしない。

 『やられた……向こうさん方の方が頭が回ったな。指名手配とはね』

 ゲルさんは諦めた口調。

 それもしかたない。俺は見事、ネズミ取りのトラップにあっさり捕まったわけだ。 これから起こるであろう事を想像して、どうにかここから脱出できないかと店内を見渡す。

 すると、まるでそんなことは知らないと言うのか、ロボットは慣れた動作でカウンター席にカップを置き、

 「安心してください。私は通報などしておりませんので。こちら、ハツキさんでもスッキリと飲めるカフェオレです」と、席に座るよう勧めてきた。




 

 「いかがでした?」

 白いカップを拭きながら、ロボットはカフェオレの感想を聞いてくる。

 「美味しいかったです」

 本当に美味しかった。

 コーヒーの違いなんてわからないけど、甘過ぎなくて、それでいて飲みやすくて、つまり美味しかった。

 「それは良かった」

 ロボットはカップを拭き終わると、それを布巾に伏せてこちらを見つめる。

 「さて、疑問に思われているでしょうからお答えしますが、私はあなた達をアレらに突き出すつもりはありません」

 「え、あなた達ってもしかして」

 「ハツキさんを宿としているソレのことも把握しております」

 ロボットの発言に、ゲルさんは憤慨。

 『ソレとはなんだ!これでも生物!そいつと言え!』

 怒るポイントそこなんだ。

 ゲルさんの声はもちろんロボットには聞こえていないので、ロボットは淡々と話し続ける。

 「私は、機械を人に近づくべく造られたロボットの一つですので、人工知能も入っており、自分なりの生き方を考えて生きていました。様々な事に興味を持った私は、独自のネットワークを構築し、世界の様々な事を調べておりました。この事が知られれば即解体となる程の機密事項も知ってしまいました」

 「機密事項って?」

 「詳しくは言いません。せっかく調べた事をあっさりと喋っては、こちらが損をした気分になりますので」

 鼻息が聞こえそうなくらい偉そうにふんぞり返るロボット。

 気持ちはわかるけど、言ってくれてもいいじゃん!とも思った。

 「ところで、名前はないんですか?」

 「名前、私ですか?ありません」

 「そうなんですか」

 「型番はありますが、それを名前とするのは風情がありません。もしよろしければハツキさんが付けてみますか?私の名前」

 「え!急ですね……」

 真剣に悩んでいると、ゲルさんが話しかけてきた。

 『おい、やっこさんの足音だ。どうやらぼんやりしてるうちに追いつかれたな』

 ゲルさんの言うとおり、ビリーさんの機械と人間の足が合わさった足音がする。

 「ほんとだ!どうしよどうしよ!」

 俺があたふたしていると、ロボットはすぐさまキッチンの床を掴んで「こちらに隠れてください。追手はうまくします」と言いながら床の隠しドアを開ける。

 「選択肢はないっすね。マスターを信じますよ!」

 中を覗くと梯子が掛けられていた。

 底は暗くて見えないが、隠れるとするならばちょうど言いと言える。

 俺は梯子を下りていく。

 



 ハツキさんが中へと下りていったことを見届けて、丁寧に隠し戸を閉じる。

 遠隔で喫茶店の扉の解錠をする。

 さて、ビジネスパートナーを連れていかれぬ為にも、口八丁で騙しますか。

 「それにしても、ふふ、マスターですか…良い響きですね…」

 

 

 カランカランとベルが来客を知らせる。

 黒いカウボーイハットを被った半身が機械の男が入ってきた。

 「いらっしゃいませ。お好きな席へお掛けください」

 カウボーイ風の男は、懐から写真付きの名札を取り出してつきつけてくる。

 「警察官のビリーだ。認証を」

 指示に従い名札を読み取る。

 該当なし。とエラーが発生する。

 ほお、この男なかなかの食わせものだ。

 私の認証システムは、エラーだと言っているが、この名札に問題は一切ない。

 もし私が、ヤナギワカンパニーが造ったロボットでないなら、認証システムは搭載されておらず、問題ありませんと答えてしまうだろう。

 自分の身分を明かす振りをしながら、こちらが正式品かどうか調べるとはな。

 「申し訳ありません。認証エラーが発生しました」

 「え!?ああくそ!こっちだこっち。前使ってた期限切れのを出しちまったよ」

 カウボーイ風の男は焦った演技をして、懐からもう一つの名札をつきだす。

 名札を読み取る。

 今度は読み取ることができた。

 「確認できました」

 「うっし、ならさっそくで悪いが質問。ここにこいつが来なかったか?」

 こちらの身元を安全なものだと判断した男は、カウンター席まで来て、一枚の写真を見せてきた。

 ハツキさんだ。

 私は、一応その写真をスキャンして、あくまでも今、この写真の男の子がハツキさんであることを知ったという風に装う。

 「確認はしました。ヤナギワフーズで働いているハツキさんですね。四十三分前に指名手配されております」

 私の事務的かつ機械的な対応に男はガッカリした様子でため息をする。

 「そうだよなぁ。あそこんとこのロボならそんくらい知ってらぁな。一応聞くけどこいつが来ては~?」

 「いません」

 「はっ!だろうよ。もし来てたら即通報だわな。邪魔して悪かったな営業頑張れよロボットさん」

 カウボーイ風の男は外へと出ていった。

 「ふふ、この閑古鳥が鳴いている店に営業頑張れですか」

 男の皮肉に笑い、男の姿が見えなくなったのを確認して、私は床の隠し戸を上げ、手を伸ばす。

 「止まりな、ゆっくり手を上げるんだ」

 指示に従い、ゆっくりと手を上げる。

 「さっきカウンターからちらりとその床が見えたもんでな、もしかしたら匿ってるんじゃねぇかと思って一芝居うってみりゃあ。こんなすぐに開いてくれるとはな」

 「おっしゃっていただければ床の戸くらい開けましたのに」

 「指名手配犯を匿ってるかもしれないなら、そう簡単に頼みを聞いてくれるか怪しかったもんでね。さて、中を見させてもらうぜロボットさんよ」

 男は勝ち誇ったように私の顔を見た後、床にある穴を覗いた。

 「ロボットさんよ、これはどう説明するんだ?」

 男は手を伸ばして、中にある物を持ち上げて問う。

 「なんでコーヒー屋にワインがあるんだよ!」

 男が持っているのはワイン瓶だ。

 「ここら一帯には酒場が無いもので、この喫茶店を、バー代わりにするお客様がいらっしゃるんてすよ」

 「それにしたって、なんだって今この床を開ける必要があったんだよ」

 「そのラインをご覧ください」

 男はワインを観察し、ラベルに『葉月』と書かれていることがわかった。

 「は、はつき…」

 「ええ、本日夜に予約されているお客様がその名のワインを飲まれるので、先程の指名手配犯の名前を読み取り思い出したのです」

 「それで、開けたってのかい」

 「ええ、もっともそのワインの名はハツキではなくハヅキですが」

 男は落胆し、ワインを私に渡す。

 「はっ、ロボットが隠し部屋で匿ってるなんて、ちと映画の観すぎだったな」

 男は力なく笑うと、邪魔したなと背中で手を振り今度こそいなくなった。

 まだまだ甘いですね。視線の動きくらい読み取れますよ。

 ワインに視線を落とし、ラベルの文字を元の文字に書き換える。

 「さてと、お迎えに上がり、いや下がりますかね」

 私は床に開いてあるワイン貯蔵スペースをスライドさせて、ハツキさんが隠れている地下への梯子を出現させる。

 「もう少し、注意深く観察しないと駄目ですよ、ビリーさん」

 遠隔で店の前にある看板の文字を『じゅんびちゅうです』に変え、私は地下へと下りていく。

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ハーフ&ハーフに生きていく バンゾク @banzoku011723

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