異世界カウンセラー~天界天使は勇者を嫌う~
@mukibutu
第1話
因果応報。
輪廻転生。
良き行いをした者には相応の祝福を。悪人にはそれ相応の報いを。そして、それは生まれ変わる際にも適応される。
「生前の犯罪履歴はなし。商人として成功してはいるものの、目的のためなら手段を選ばない残酷さもあり、計画が失敗した際には部下に責任転嫁することもしばしば。おまけに浮気を三回……。犯罪こそしてませんが、これなら来世の待遇はあまりよろしくないですね。親に捨てられた孤児あたりが妥当かと」
「孤児!?ちょっと待ってくれ!いくら何でもそれはあんまりじゃないか!もっといい待遇でもいいじゃないか!」
頭頂部の光る小太りの男は騒ぎ立てるも屈強な天使によって奥の部屋へと連れていかれた。男はそのまま親に捨てられた孤児として転生させられるのだろう。
俺の言葉一つであの男の生まれが決まる。罪悪感はない。あの男の自業自得だ。
「次の方、どうぞ」
何千と繰り返してきたセリフはもう自動的に口から出るようになった。
視線を遠くにやると思わず、頭を抱えそうになる。列に並んでいる魂の数はあと数千はくだらない。これから俺は並んでいる彼らの生前の記憶を読み取り、来世の待遇を決めなければならない。あと何時間かかるのやら。
しかたないとはいえ、頭が痛くなってくる。
頭の中で仕事を終える時間を計算しながら次の魂へと向かい合った。
――――
あれから丸二日と九時間。ようやく一区切りつき、少しばかりの休息を堪能していた。
ベンチに腰を下ろし、コーヒーを喉に流し込むと、頭の中の霧が晴れていくような気がした。遠くを見ると、俺と交代で入った天使が必死に働いていた。
この天界、人間からしたらあの世とでもいう場所だが、ここには複数の世界から毎分毎秒、死んだ魂がやってくる。一日に数億、いやそれ以上か?
輪廻転生の名のもとに死んだ魂というのは生まれ変わらせなければならない。そうしなければ世界の崩壊の危険性もあるのだとか。
だからと言って適当に転生させればいいというわけでもない。そんなことすれば、悪人が来世では大富豪の家に生まれ、善人が奴隷扱いされる子供に転生する、という不平等なことになりかねない。
そこで天使の出番だ。俺を含む天使は生前の記憶を読み取り、そこから来世の処遇を決めるのだ。
と、口で言うのは簡単だ。実際、難しい仕事ではない。
だが、仕事の難易度と忙しさというのは必ずしも比例するわけではない。なんせ数億の魂に対して、一人一人対応しなければならないのだ。激務なんてもんじゃない。
滝のようにやってくる魂に対し、俺を含む天使は常に激務に追われていた。天使は寝ないでも死なないので二、三日ぶっ続けで仕事なんてざらにある。訴えれば勝てそうだが、残念ながら天界に裁判所はない。
ふいに首に冷たい感触が伝わった。思わず振り返ると、赤い髪が光を反射して輝いていた。
「何してんですか、アルチェリーナ先輩?」
「にひひ、驚いた?」
アルチェリーナ先輩の右手には冷えたジュースが握られており、いたずらが成功したからか満足げな表情だ。面倒見の良い先輩なのだが、こういう所がたまにめんどくさかったりする。
まあ、俺よりも経験のある天使なので色々と助けてもらえることもあるので、悪い印象はあまりない。
「よっと」
というとアルチェリーナ先輩は隣に座ってきた。
「で、なんの用ですか?貴重な休憩時間なんですから有意義に過ごしたいんですよ」
「まあまあそんな邪険にしないで。新人の後輩天使くんがちゃんと仕事できてるのか確認しに来たんだよ」
「新人って。俺、天使になってから五十年以上たってるんですけど」
「そんなのまだできたてほやほやの赤ちゃん同然だよ。千年こえてやっと一人前。そのぐらい知ってるでしょ?」
「それはまあ……」
眼の前の天使に言われ、口ごもってしまう。天使はほぼ不老不死の存在だ。だから、数千歳越えの天使なんて珍しくない。
それと比較すると俺はまだまだ新入りの部類なのだろう。とはいえ、アルチェリーナ先輩もせいぜい三百歳ぐらいで決してベテランではないのだが、それを言うとまためんどくさいので心の中にとどめておく。
「けど私が心配するまでもなかったかな。レイトくん、新人なのにすごい仕事ができるってみんな言ってるよ」
目の前の美人な先輩からストレートにほめられ少しばかり気恥ずかしくなってしまう。
「お世辞はいいです。先輩も忙しいのにわざわざ会いに来たってことはなにか話があるんでしょ?」
アルチェリーナ先輩は特に驚きもせず、にんまりと笑った。
「話が早くて助かるよ。レイト君相手だし、前置きは省かせてもらうよ。二つほど伝えなきゃことがあってね。まず一つ目が私たちの担当している世界の一つで魔王の出現が頬濃くされてね。それを止めるために近々、勇者になる魂を選ぶための勇者検定をするの。その検定をレイト君に取り仕切ってもらいたいんだ」
勇者検定とは簡単に言えば、勇者にふさわしい魂を見つけ出すいわばテストだ。勇者となった者は絶大な力を得るが、その力を操るにはそれ相応の資格がいる。
勇者を選ぶ検定を取り仕切るのは責任重大のように思えるが思いのほか簡単な仕事だ、時間もそれほどかからない。
……それに合格者が出るはずもないしな。
「まあそれは構いませんけど、もう一つは?」
「もう一つなんだけどね。お~い、こっちこっち」
アルチェリーナ先輩が手招きすると、一人の少女がこちらにやってきた。
紫色の宝石を首に下げた少女。人間の基準で言ったら十歳前後だろうか。人形のように顔が整っているのに表情が乏しいからか、あまり華やかには見えなかった。
背中に羽が生えてないから俺や先輩のような天使ではなく、すでに死んだ魂のようだ。
「ささ、このお兄さんにお名前を言って」
先輩は人付き合いのよさそうな表情で少女に語りかけるが――
「……」
少女はうんともすんとも言わなかった。
「お、お~い?ライラちゃ~ん?」
先輩がもう一度言うも一切反応なし。というか名前言っちゃたし。
少女は本当に何も聞こえていないように眉一つ動かなかった。
「あ、あはは。初対面だからかはずかしいのかな?この子の名前はライラちゃん」
「はあ」
名前を言われてもやはりライラという少女はやはりまったく反応がなかった。機械のような子だ。
「この子なんだけど、記憶がないみたいなの。覚えてるのも自分の名前だけでね」
記憶喪失?
天界に五十年ほどいるがそんなことは初めてだ。死んだ魂にそんなことがあるなんて。とはいえ――
「それは気の毒ですけど、あまり関係ないんじゃないですか?ここに来た魂は例外なく転生します。転生したらどのみち前世の記憶なんて消えますよ」
「まあそうなんだけど、記憶喪失だとそうはいかないというかなんというか……」
アルチェリーナ先輩はどこか歯切れが悪い。
「その、私たち天使は死んだ魂が生前の所業を見て来世の処遇を決めるわけでしょ」
さすがにそれは知っている。今まで何万とやってきた作業だ。
「で、その生前の所業をどうやって知るのかってことなんだけど、魂の記憶を読み取って生前の行いを調べてるの。言い方を変えれば心の中を読み取るってことなんだけど、ライラちゃんの場合だと……」
「記憶がないからまったく彼女の過去のことがわからないと?」
アルチェリーナ先輩はコクリと頷いた。
たしかにそれは由々しき事態だ。生前の行いが調べられないのなら、当然のことながら転生した際の待遇も決められない。
生前の行いがわからないから適当に来世の待遇を決める、なんてことは許されない。人生が左右されるのだ。適当なことなど許されない。
当の本人であるライラは我関せず、と言ってるかのように無表情のままだが。
「私たちはすご~く困ったわけだ。ライラちゃんの記憶がないから、転生させることができない。そこで私の頭の中に名案が閃いたんだ。ぴかーんとね。記憶喪失なら記憶を取り戻してあげればいいじゃない、と。記憶が戻れば、生前のことも調べられてすぐに転生させられて万事解決。そういうわけで、レイト君お願いね」
「……ちょっと待ってください。『お願い』ってなにをですか?」
なぜかとてつもなく嫌な予感がした。
「なにって、ライラちゃんの記憶を戻してあげるお手伝い」
「俺、他にも仕事が山積みでめちゃくちゃ忙しいんですが」
「がんばれ」
「記憶を取り戻すって、具体的な方法は?」
「がんばれ」
……完全なノープランのようだ。
「あ、私そろそろ仕事だから行くね。じゃあ、よろしくね~」
「いや、ちょっと待ってください!まだ話は終わってません!」
止める間もなくアルチェリーナ先輩は立ち去ってしまった。ご丁寧に面倒ごとだけ残して。いつか呪ってやる。
隣をみると、ライラという少女はまったく表情に変化がなかった。本当に生きているのか疑ってしまうほどだ。
休憩時間中だというのになぜか疲れた気がする。これからのことを考えると頭が痛くなってきそうだった。
――――
「ええと、よろしくライラ」
「はい、よろしくお願いします」
意外なことに挨拶をしたらしっかりと返事をしてくれた。機械音声みたいに無機質な反応だったが。ひとまず意思疎通ができたことに安堵する。
「記憶喪失ってことだけど、名前以外にはなにも覚えてないのか?」
「はい。申し訳ございません」
ライラは深々と頭を下げた。無機質な声なのに本当に申し訳ないと思っているのが分かった。あんまりにも真剣なのでむしろこっちが罪悪感を感じてしまう。
「いやいや、そんなあやまらなくていい。記憶喪失なのはライラが悪いってわけじゃないだろ。とはいえ、どうしようかな」
記憶喪失の治し方についてアルチェリーナ先輩は具体的な方法についてはなにひとつ言及しなかった。方法については完全に俺任せというわけだ。
時間をかければなにか方法があるかもしれないが、残念ながら時間的余裕は一切ない。
アルチェリーナさんに頼まれた勇者検定の監督役の仕事もこの後ある。悲しいことに天使は暇とは無縁なのだ。
「とりあえず、いろいろとやってみよう。記憶喪失は刺激を与えて治るって話もあるしな。ひとまず移動しながら考えよう」
「はい」
――――
勇者検定は巨大な大広間で行われる。世界を救う勇者を選ぶのだから、さぞ御大層なことをやると思われがちなのだが、実際はただのペーパーテストだ。実践形式など一切ない。紙切れ一枚で勇者が決まるのだから、面白いものだ。
勇者検定の開始時刻までまだ一時間以上はあるのに会場は人で埋め尽くされていた。天界に来た魂ならば誰でも勇者検定は受けることができる。会場内にはすでに十万人以上はいるだろうか。これからもっと増えるだろう。
『勇者』なんていう御大層な名前に憧れて、数えれないほどの人物がやってくる。が、毎回と言っていいほど全員落ちてる。一人残らずだ。簡単に勇者になれるはずないのだ。
とはいえ、落ちた人間は運がいい。周りが思うほど『勇者』なんてろくなものではないのだから……。
移動中、なにか記憶を取り戻す手がかりはないかと思い、ライラに尋ねてみる。
「そういえばライラは『勇者』については知ってるのか?」
「はい。世界の危機が訪れたときに現れる救世主のような存在だと」
どうやら一般的な知識までは忘れていないらしい。なにか記憶を取り戻す手がかりはないかと思い、そのまま続ける。
「ライラの言う通り、救世主っていう認識は合ってるよ。やることは魔王を倒したり、崩壊寸前の世界を立て直したりと、端的に言えば人助けの究極系だな。『世界』っていうのはいくつかあってな。その中の一つで勇者の存在が必要になったときに、天界で勇者検定が行われる。そして、勇者検定に合格した者は晴れて勇者として転生することになるんだ。で、その勇者検定が今から行われる。内容はペーパーテストだ」
ライラの顔に少しだけ驚きが浮かんでいた。
「意外だろ。普通なら実践形式で戦ったりするものだと思うだろ」
「はい」
「普通はそう思うよな。けど、勇者に選ばれた人間は神様から絶大な力を与えられるんだ。だから、もともとの戦闘力はあまり関係ない。重要なのは力をうまく扱える知識と精神だ。それを調べるためにペーパーテストの形をとってるんだ」
こくりとライラがうなずく。なんとなくは理解したようだ。
勇者検定の開始まであと三十分ほど。監督役である俺はそろそろ会場に入っていた方がいいだろう。とはいえ、その間ライラをどうしようか。仕事が終わるまでライラに待ってもらうのはさすがに申し訳ない。天界のこともよくわかってないだろうし、暇を持て余してしまうだろう。
一つ案を浮かべたので素直に言ってみた。
「……せっかくだしライラも勇者検定を受けてみるか?」
そうすれば俺の仕事中もライラも時間を潰せるだろうし、テストを通してうまい具合にいい刺激を与えられるかもしれない。
だが、ライラの反応はあまりいいものではなかった。
「無理です。私に受かるはずなんてありません」
はっきりと拒絶された。彼女のはっきりとした意見を聞いたのはこれが初めてだ。ライラは無口というより、自分に自信がないのだろうか。
「そんな気負わなくていいよ。どうせ周りの連中もみんな落ちるんだ。記念受験とでも思っておけばいい。せっかくの機会だから試しにやってみよう、ぐらいでいいよ」
「それなら、まあ……」
しぶしぶと言った表情でライラは合意する。
そのまま二人で会場に入ると、ライラに席を案内し、俺は監督役として部屋の一番前に立った。
勇者検定十分前。部屋には十万人以上はいるだろうか。何度見てもこの人の多さは慣れるものではない。
――――
試験開始から三時間が経過した。監督役として大広間の一番前で試験者たちを見ているが、ほとんどが集中力を失っていた。
テスト用紙には途中退出可と記されているため、すでに部屋から出ている者もかなりいた。あきらめたのだろう。
勇者検定の内容は、ペーパーテストのみ。実技試験の類は一切なし。じゃあ勇者になるのは簡単なのかというと、まったくそんなことはない。このテストというのがなかなかいじわるな形式なのだ。
まず第一に問題数が尋常じゃないくらい多い。その数千五百。短い選択問題だけでならともかく、時間のかかる長文問題もあり、これで心が折れる。
そしてこのテストで特徴的なのが回答時間を事前に教えられていないのだ。回答時間は十二時間だということを監督役である俺は知っているが受験者たちは終わりの見えない時間と戦わなくてはいけない。
そして、問題は集中力を限界まで保って解いて、やっと終わるかどうかという量なのだ。当然、十二時間も集中力が持つ者などいるわけもない。理不尽なテストなのだ。
解答者は問題を一通り見て、ペース配分を考え、解答時間を予測しなければならない。
視界の隅でまた一人、部屋から出ていった。
なぜ実践形式ではなく、こんなテストで勇者を決めるのかと毎回受験者から不満が出る。
たしかに以前は実践形式で戦闘力を図り、勇者を決めていた。勇者は神様から力を与えられるとは言え、もともと強くて悪いことなんてない。実際、勇者に選ばれた者は転生後も特に苦労なく世界を救っていた。
が、ここで問題が起こった。
あまりの力に傲慢になった勇者が今度は自らの手で世界を征服しようとし始めたのだ。本来世界を救うはずの勇者がまったく逆のことをしては本末転倒だ。そう言った事情があり、それ以降は大きな力を悪用しない精神を持つ存在が求められるようになった。
とはいえ、そう簡単に勇者候補が見つかるわけもなく今まで勇者検定を行っても合格者がゼロなんてことはざらにあった。むしろ合格者が出たときの方が少ない。
試験開始から四時間が経過していた。
ライラの様子が気になり、問題を解く様子を見ていたが思いのほか健闘しているようだった。四時間経過してもなお筆の勢いは止まってなかった。
受験者たちの中ではかなり頑張っている方なのだろう。だが、試験時間はまだ半分も過ぎてない。おおかた、あと数時間もすれば諦めるだろう。
だが、予想に反してライラは試験終了まで筆を一切止めることはなかった。
――――
勇者検定が終わっても、ライラは何事もなかったかのようにけろっとしていた。十二時間にも及ぶ長丁場なので普通なら死んだような表情をしている者が大半なのだが、ライラは最初に会ったときと変わらない無表情のままだった。
「おつかれ。疲れただろ」
「いえ、このぐらい大丈夫です」
口ではそう言うが、さすがに多少の疲れがにじみ出ていた。素直に疲れたと言えばいいのに。いや、弱みを見せることをためらってるのか?
気軽に受けてみればいいと言ったのは間違いだったかもしれない。まさかあそこまで真剣に取り組むとは。思いのほかまじめな性格ならしい。
「念のため聞いておくけど、なにか思い出したこととかないか?」
「いえ、申しわけございません」
「気にするなよ。そんな簡単に戻るなんて俺も鼻からおもってないよ」
記憶を取り戻すためにもしやと思い、受けさせてみただけだ。大した期待などしていなかったのは事実だ。
早いところ記憶を取り戻したいところだが、一度休憩を挟もう。ライラも疲れているだろうし。
ライラを引き連れて、場所を移動する。次第に人の数が増えていった。
「ここは?」
「食堂みたいなところだ。そこで待っててくれ」
ライラを席に座らせ、カウンターに向かう。
天界の数少ない娯楽施設として有名なのがここだ。天界ではいくつかの世界を管理、および観測しているわけだが、世界ごとに文化も異なる。文化が異なれば食事も変わるというものだ。
各々の世界で人気のある料理を天界にいるシェフが見よう見まねで作り、提供しているのだ。そのおかげでメニュの数は豊富であり、五十年間天界にいてもこの食堂の味に飽きたことはない。
ライラの味の好みは知らないので、女の子は甘いものが好きだろうという偏見で勝手に決めさせてもらった。
俺の持ってきたものを見てライラは目を丸くした。
「それは……?」
「『クレープ』っていうものらしいな。俺も食べたことがあるがけっこううまいぞ。ほれ」
クレープを差し出すも、ライラは受け取るそぶりを見せない。
「どうした?もしかして嫌いだったか?」
「……わたしなんかにこんな贅沢なもの、もったいないです」
「こんな時ぐらい遠慮しなくていい。というかもう買ったものなんだ。食ってくれ」
「でも――むぐっ」
さすがにめんどくさかったので、クレープを無理やりライラの口に突っ込んだ。けれど、反応は悪くはなかった
「おいしい……!」
そのままライラはむさぼりつくすように食べていった。結局、一個だけでは足りず追加で三個ほど頼む羽目になった。
このときばかりはライラの表情はとても喜びに満ちていた。だが、彼女が一心にクレープをむさぼりつくしている最中に、俺は見てしまった。
今までは体のサイズより一回り大きい服で隠されていたが、手首に痛々しい切り傷があった。それだけでなく首回りや腹部も内出血したかのように肌が紫色に染まっていた。なにか硬いもので叩かれたかのような跡だ。
天界にいる魂の姿は生前の最後、死んだときの状態を反映している。つまり、今見た傷はライラが生前から負っていたものだということだ。
十歳前後の少女についていい傷ではない。親から虐待でも受けていたのか。それとも奴隷として扱われていたのか。
ともかく、ライラの生前の扱いはあまりいいものではなかったようだ。
だが、仮にそうだとしたら少し気になる点がある。
ライラの首にかけられた紫色の宝石だ。素人目でもかなりの高価なものだとわかる。それだけひどい扱いを受けてた子に対し、そんな高価なものを持つのを許すだろうか。ライラの面倒を見ていたのが親であれ奴隷商人であれ、それだけ金になりそうなものを放っておくとは思えないが。
それともなにか別の理由が?
気がついたときにはライラがクレープを一口残さず平らげていた。
「ありがとうございます。その、とてもおいしかったです」
「そう。それはよかった。さて、休憩はもういいだろ。そろそろ本格的に記憶を取り戻さないとな」
立ち上がると、後に続く形でライラもついてきた。ライラには悪いが俺もあまり時間的に余裕があるわけではない。
早歩きで進んでいると、めずらしくライラの方から話しかけてきた。
「その、以前レイトさんが言ってましたけど、私の記憶が戻ったらすぐに転生するってことですか?」
「ああ、そうだよ」
「そしたら今までの記憶は……」
「なくなる。全部な」
回りくどいのはガラじゃないから、はっきり言った。なによりここでの嘘はこの子のためにもならない。
「転生したら今の私が経験したことも忘れちゃうってことですか?今食べたクレープの味も……」
「そうだな」
機械音声のように無機質に答える。
後ろでライラが落ち込んでいるのが分かった。よほどクレープを食べた記憶がうれしかったのか。
だが、申し訳ないが無理なものは無理なのだ。転生しても記憶を持ちこすことのできる方法もあるのだが、ほぼ不可能に近い。
ライラは落ち込んでしまったが、間違ったことをしたつもりはない。死んだ魂は皆平等に転生するのだ。もちろん、記憶を消去して。この子だけを特別扱いするわけにはいかない。
けれども、どれだけ心の中で自らの行為を正当化しようとしても心臓の痛みは止まらなかった。
――
記憶喪失を直すにはいろいろと刺激を与えることが大事だ。特に生前、印象に残っていたものなどは記憶を呼び起こすかもしれない。
図書館にいるのはそのためだ。図書館は知識の宝庫と言っても過言ではない。ここならばライラの記憶を呼び戻す手段も見つかるかもしれない。
「そういえば、ライラはどこまで記憶がないんだ?」
記憶がないと言っていたが、自分のことはよくわからないくせに勇者のことは知っていた。単純に一般知識までは失っていないということか。
「その、実をいうとそれなりに記憶はあるんです。ただ、詳細なことは頭の中にもやがかかっているみたいにわからないだけで。理由はわからないのですが勇者のことだけは、いえ、勇者と魔王のことだけは鮮明に覚えているんです。魔王にとって勇者は危険な存在であると」
少し言い方に引っかかったものを感じた。
ライラの言い方は勇者側ではなく、魔王の視点から勇者を捉えていた。それだとまるで……
いや、無駄な検索はよそう。
ひとまずライラに本を大量に読ませ、刺激を与えることにした。が、あまり効果はなさそうだった。ライラは本を読んでも、首を横に振るだけだった。
とはいえ、他になにか案があるわけでもない。不幸中の幸いというのか、ライラの本を読むスピードはかなり速く、辞書並の分厚い本も数分で読み終えていた。
ふと、ライラのページをめくる手が止まる。
「その、私がさっき受けた勇者検定ですが、もしも仮に受かってたらどうなるんですか?」
「そんなことないだろうけど、もし合格してたら神様から力を授かって魔王が生まれた世界に転生、というかその世界に転移するってことになるな」
「その場合でも今の私の記憶は消えるんですか?」
「……いや、勇者になったときだけ例外的に記憶をそのままだ」
知識や精神力を調べるための勇者検定だというのに、勇者になって記憶を消去してしまっては意味がない。
それを知ってかライラの顔がパアッと明るくなる。
「じゃあ!」
「やめといたほうがいい。絶対に。仮に合格したとしても辞退したほうがいい。勇者なんてろくなもんじゃない」
きつい言い方だが、はっきり言った方がこの子のためだ。
「勇者になったら、魔王も倒せるだろうし一時的にはその世界のだれからも尊敬のまなざしを受ける。けど、時間が経てば厄介者扱いだ。なんせ魔王すら上回る力の持ち主だからな。一人で国を滅ぼせる存在だ。国から恐れられて強引な理由で反逆罪で家族もろとも死刑になったやつもいるし、実験体として死ぬまで体を弄られたやつもいる。勇者になったやつの末路なんて全員ろくなもんじゃない」
勇者になったやつの中には、死んで当然なクズもいた。だが、大半は国のために、世界のために命を懸けて戦ったやつらなのだ。だというのに、用が済んだら邪魔者扱いなんてあんまりだ。
もしかしたらライラは勇者検定に合格しているかもしれない。俺が監督役として見ていた受験生の中では、一番の有望株と言っていいかもしれない。けど、この子にそんな過酷な運命を背負わせるわけにはいかない。
「そもそも、なんでそこまで記憶にこだわる。あんまり言いたくないが、生前のお前はいい扱いを受けてきたわけじゃないだろ。そんなつらい記憶なんてきれいさっぱり忘れた方が幸せだろ」
外部から見えないようにつけられた傷。おそらく親かそれに類似した存在からつけられたもの。覚えてはいないのだろうが、彼女自身あまりいい経験ではなかったはずだ。
それなのになぜ記憶にこだわる??
俺の疑問に答えるように、ライラがゆっくりと口を開ける。
「クレープ」
「ん?」
「レイトさんがクレープをくれました。初めてだったんです、人にあんなに優しくされたのは」
変色した手首の傷跡をなでながら、ライラは優しく笑った。
「具体的なことは覚えてません。けど、ひどい扱いを受けてきたってことはよく覚えています。私の体の傷もそのときつけられたんだと思います。毎日が暗かった」
「だったらなおさら忘れた方がいいだろ」
「そうかもしれません。けど、だからこそレイトさんと一緒にいたことが私の中で輝かしいものなのです。私の中に残ったたった一つだけの光を私は失いたくないんです」
「け、けど勇者になったらろくなことにならないぞ」
「今まで誰の役には立てなかったんです。こんな私でも人の役に立てるならそれでいいです」
「っ……」
ライラの眼には確固たる意志が宿っていた。だめだなこれは。なにがなんでもこの子は自分の意思を曲げないつもりだ。
とはいえ、まだ結果が出てないのにここでとやかく言っても無意味なことだ。
勇者検定の倍率は優に十万を超えている。到底受かるとも思えない。
それに悪いことばかりじゃない。思ってた以上にライラは記憶を失っていないようだ。自分がどんな扱いを受けていたのかも何となく覚えているようだし。
「ライラ、どこの世界にいたのかは覚えているのか?」
天界は複数の世界を観測しており、ここにくる魂も観測した世界からやってくる。どの世界の出身なのかがわかれば、その世界の文献に絞り込めばなにかを思い出せるかもしれない。
「ええっと、あまり覚えていないのですが、たしか、あぐ、アグ」
「もしかして『アグノリヤ』か?」
「たぶんそうです」
奇妙なこともあったものだ。以前にアルチェリーナ先輩が言っていた魔王が出現した世界とはアグノリヤのことだ。とはいえ、ライラにはあまり関係ないかもしれないが。
もう少し深堀していけば、案外あっさり記憶を取り戻すかもしれない。
「そういえば、ライラの首元のその宝石ってなんなんだ?だれかにもらったのか?」
虐待を受けていた子にしては不釣り合いな高価な代物。そのことに違和感を覚えていた。
「これはたしか、お父様から絶対になくさないように渡された……えっ?」
「お父様?」
俺が同じ言葉を繰り返すと、突然ライラが頭を抱えてその場にうずくまる。
「あ、あ、あああああああああああああああああああああああ!」
「ライラ、どうした!?」
まさか記憶を取り戻したのか?だが、様子がおかしい。ライラのそばに駆け寄ろうとしたとき、突如ライラの背後に魔法陣が出現する。
いや、これは転移陣か?
転移陣のある空間が歪むと、そこから少しずつ人の形をした何かが姿を現していった。
禍々しい魔力を帯び、本能的な恐怖を呼び起こす存在。
まさか――――
「魔王!」
魔王はこちらに一瞥もすることはなく、恍惚とした目で辺りを見回していた。
「ここが天界。役に立たぬごみに試しに、転移石を持たせてみれば、まさか本当にうまくいくとは!褒めてやるぞ、ライラ!」
「お父様……」
ライラの眼は恐怖で染まっていた。
ライラの首元を見る。先ほどまで光り輝いていた宝石は役目を終えたかのように黒ずんでいた。
天界にいる魂の服などの装飾は生前の最後の姿が反映される。ライラの持たされていた宝石は魔王をここに呼び寄せるための転移石だったのだ。
そして、魔王が天界に来た理由はただ一つ。
「ふははははは!これで勇者なんぞという邪魔なものを派遣する天界を滅ぼすことができる!」
勇者を倒すのではなく、勇者を派遣する大本である天界を滅ぼす。なるほど、理にかなっている。
魔王は大剣を頭上に掲げると、勢いよく振り下ろす。剣先にはライラがいた。自分の娘もろとも殺す気か!!
猛然と走り出し、地面にうずくまるライラを抱え、本棚の影に飛び込む。
間一髪、剣は外れるも振り下ろされた大剣はすさまじい衝撃波となってあたりを襲いかかった。
「フン、避けたか。まあいい、どのみち時間はかかるまい」
魔王がこちらに足を踏み出した。それだけで大気が揺れる。俺はすぐさまライラを抱えながら、図書室の奥へと逃げていく。
天界の図書室は巨大だが無限というわけでもない。逃げていてもいずれ捕まる。いや、仮に逃げれたとしても魔王をそのままにするのはまずい。あんな危険なやつを野放しにすれば天界が滅んでしまう。
抱えていたライラの体が震えていた。無理もない。
転移陣を使用してここにいる魔王と違い、ライラは死んでここにいるのだ。
魔王の言い分を素直に受け取るなら、ライラは魔王の計画のためにここに来たのだ。おそらく、ライラを天界に送るために魔王はこの子を殺したのだろう。おそらく体の傷もあの父親につけられたのだ。
記憶がなかったのも魔王の仕業だろう。記憶があればライラが俺たち天使に自身の父親である魔王の計画を言うかもしれない。それを防ぐために魔法かなにかでライラの記憶を封じたのだ。
体の中の血が沸騰してきそうだ。この子はあんな奴のために犠牲になってきたのだ。
「ごめんなさい。私のせいでこんなことに……」
「やめろ。自分が悪いみたいに言うな。お前は被害者であって加害者じゃないんだ」
慰めるようにライラの頭をなでる。今まで親から頭をなでられたこともないんだろうな、この子は。
魔王の地響きに近い足音が近づいてくる。
俺は覚悟を決めて、立ち上がる。ライラは戸惑いの表情を浮かべていた。
「ライラ、一つだけ約束だ。あいつが死んだら、二度と自分のことを悪く言うな。お前はあいつと違って優しい子だ。人の痛みをわかってやれる。これから勇者になろうが、記憶をなくして転生しようがそれだけは忘れるな」
ライラを本棚の影に隠し、魔王の元へと足を踏み出す。
「待ってください!まさか戦うつもりですか!?無茶です、お父様の実力は本物です」
「心配するな。あいつとは別だが『魔王』とは戦ったことがある」
「え?」
ライラの返答を待たず、本棚の影から飛び出す。魔王は現れた俺に対して驚いた様子もなく、先ほど振り下ろした大剣を携えていた。
「ふん、逃げるのをあきらめたか。賢明だな。まあ、どのみち天界の連中は皆殺しにするつもりだったがな」
「殺される気はさらさらない。むしろ、わざわざ天界に来てもらって手間が省けたよ。勇者を派遣しなくて済むからな」
「ふん、減らず口を」
魔王は泰然とした表情でこちらを見据えていた。
なるほど、勇者を派遣させないためにその大本である天界を攻める、か。なかなか悪くない案だ。
だが、勇者との戦いを避けるために天界に攻めてきたのに、その天界に『勇者』がいるとは皮肉な話だ。
右腕を突き出し、口ずさむ。
「聖剣解放」
右腕は熱を帯び、形となっていく。その時になってようやく魔王の眼が驚愕で見開かれる。
「ば、バカな!?そんなはずが!?」
右手にはかつて使っていた懐かしい黄金の剣。ひさしぶりだというのにずいぶんと手に馴染む。
「なぜ勇者がここにいる!?」
「元、だけどな。運が悪かったな。お前はここで殺す」
――――
勇者検定を受けてみたのは、なんとなくだった。自分のような凡才に勇者になれるはずもない。
だからこそ、合格したと言われたときには心の底から驚いたし、なによりうれしかった。
何者でもない自分が特別な存在になれるのだと歓喜した。
勇者となって魔王を討伐するのは決して簡単な道のりではなかった。けれど、自分にしては珍しく最後までやり遂げることができた。仲間に恵まれていたからだろう。
魔王を討伐した俺は国から歓迎され、尊敬のまなざしを受けた。妻にも恵まれ、妻のお腹の中に子を授かったと聞いたときには涙が出た。人生の中で一番幸せだった。早く子の顔を見たいと毎日臨んだものだ。
けれど、自分の子を腕の中に抱えれる日はついに来なかった。
魔王すら退ける勇者の力。それは次第に恐怖の対象へと変化していった。今は大人しくしているが、いずれ自分たちに歯向かってくるかもしれない。
国王は俺に身の覚えもない罪を着せた。妻を人質に取り、俺を死刑台に向かうように仕向けたのだ。妻のためならと思い、俺は自らの手で死刑台の上に上がった。妻のお腹にはまだ生まれてない子供がいたのだ。死刑台に上がることにためらいはなかった。
だが、死ぬ寸前に見せられたのは妻の死体だった。腹を深々と槍で突き刺され、お腹の中の赤ん坊も絶命していた。
その時の王の醜い笑みは今でも忘れられない。俺はこんなやつらのために死ぬ思いで戦っていたのか。
俺が死んだあと、その国は他国との戦争に敗れ滅んだという。だが、どうでもよかった。
わかったのは、『勇者』なんてろくでもない。ただそれだけだった。
天使になったのもそのためだ。俺と同じような被害者を出さないようにするために。勇者検定の問題を作成したのは、新人の役割らしい。だから、合格者が出ないほど難易度を上げた。それでも合格者が出たときにはどんな手段を使ってでも辞退させた。
勇者がいなければ滅んでしまう世界など、勝手に滅んでしまえばいいのだ……。
――――
聖剣が魔王の胸部へと深々と突き刺さる。口から血が噴き出し、眼も光を失っていく。
「ば、バカな。こ、この俺がこんなところで……」
剣を横に薙ぎ払うと、魔王は地面に体から倒れこむ。それ以上ピクリとも動くことはなかった。
「すごい……魔王を倒してしまうなんて」
いつの間にか隣にはライラがいた。自分の父親が殺されたというのにとくに悲しんでいる様子はない。自分を虐待していたやつだからある意味当然ではあるのか。
いろいろあったが、一件落着だろう。魔王は倒したし、ライラの記憶も元に戻った。あとは手筈通り、ライラを転生させるだけだ。
魔王の娘だったとはいえ、ライラ自身がなにか悪事を働いたわけでもない。転生先がひどい環境になることはないだろう。
ライラが文句を言うかもしれないが、この子のためにもそれがいい。
「お~い、ってなんじゃこりゃ!?」
図書館の入り口から間抜けな声が響いてきた。
「ちょ、ちょっとレイト君、なにがあったの!?図書館がめちゃくちゃなことになってるんだけど!?」
「アルチェリーナ先輩……」
現れたアルチェリーナ先輩は唖然としていた。無理もない。
慌てふためく先輩を落ち着かせながら、これまでの経緯を教える。
「なんか私がいない間にずいぶんと大変なことになってたんだね。けど、ライラちゃんの記憶が戻ってよかったよ。記憶がないと大変だもんね」
「そうですね。あとはこれからライラを転生させればそれで終わりです」
「そ、そんな……」
ライラが落ち込むが、仕方がない。転生させるのが俺の仕事なのだ。
「ああ、それなんだけどね。ライラちゃんに伝えなきゃいけないことがあったんだ。おめでとう、ライラちゃん。勇者検定合格してたよ」
「ほんとですか!」
ライラの顔がぱあっと明るくなる。
「うん。すごいよライラちゃん。歴代でも最高得点だよ。けど、合格したからと言って必ずしも勇者にならなくちゃいけないわけだけど、ライラちゃんはどうする?」
「やります!」
「ちょっと待ってください!」
勝手に話が進みそうだったので、待ったをかける。
「出現した魔王は今倒しました。もう勇者を派遣する必要なんてないはずです」
「レイト君の言う通り、魔王はいなくなったけど完全に脅威がなくなったとは言えないんだよね。魔王軍の幹部はまだ存命だし、魔物も活発化している。まだまだ脅威が去ったとは言えないんだよね」
「けど、けど……」
だからと言ってライラが犠牲になる必要はない!
勇者になって世界を救ったとしても、どうせ周りから疎まれることになるのがオチだ。そんな運命にライラを巻き込むわけにはいかない。
すると、なにか閃いたかのようにアルチェリーナ先輩が手を叩く。
「じゃあ、レイト君が一緒についていってあげればいいんじゃない?」
「は?」
思わず間抜けな声が漏れてしまう。空いた口がふさがらないまま、先輩は続けた。
「レイト君なら勇者の経験があるわけだし、ライラちゃんにいろいろと教えられるし、何よりいざとなったら守ってあげられるでしょ」
「い、いやそういう問題じゃ……」
「わたしもレイトさんと一緒がいいです」
「ライラ……」
ライラが泣きそうな目でこちらを見つめていた。断りでもすれば今すぐにでも泣いてしまいそうだ。
「……」
勇者なんてなるもんじゃない。責任と義務だけはあるくせに、役目が終わればすぐに厄介者扱い。どう考えても割に合わない役目だ。
それをわかってもなお、この子は勇者になりたいと望んでいる。記憶を失いたくないだけじゃない。自らの手で人を助けたいから。それは白雪のように純粋で無垢で。あまりにも脆そうで。隣に誰かがいてやらないとすぐにでも崩れてしまいそうで……
「わかった、わかりましたよ。俺もライラと一緒にいきます。けど、言っておくけどそんな楽しいだけのものでもないからな。当然、つらいことだってある。覚悟はあるんだな」
「大丈夫です。レイトさんと一緒ならなんだってやれます」
ライラの決意は固いようだ。是が非でも勇者になるつもりだろう。
「ふふ、話はまとまったみたいだね。じゃあ、手続きは私がしておくから二人は転移の準備をしててね」
アルチェリーナ先輩は手を振りながら、立ち去っていった。
記憶喪失を治すだけだったのにずいぶんと話がこじれたものだ。だというのに、なぜか心の奥底で楽しんでいる自分がいる。
ライラが手を差し出した。最初に会ったときはほんとに人間かどうか疑わしいぐらいに無表情だったというのに、今ではずいぶん笑うようになった。
「これからもよろしくお願いします。レイトさん」
「ああ」
ライラの小さく、けれども温かい手を握り、二人で駆け出す。同調するかのように心臓も脈打っていた。
異世界カウンセラー~天界天使は勇者を嫌う~ @mukibutu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます