【番外編】惨劇

──は、暴力の化身だった。


 戦地に突如として現れたソイツは、一瞬にしてレヴァル共和国の軍勢の半数近くを消し去った。


 俺達は、声を上げるのも忘れて呆然と立ち尽くしていた。


 戦況は、元々俺達がずっと優勢だった。


 レヴァル共和国軍は、敗走寸前だった。


 もう一押し。そうすれば、この戦いは終わる。


 そう、信じていた。


 レヴァル共和国軍バカどもが召還したソイツは、そんな俺達の希望を全てを上から塗りつぶすみたいな、異質な存在だった。


 全身を赤黒い鎧のようなもので覆い、腰に剣を差している。


 全身からは禍々しいオーラのようなものが湧き出ていて、尋常ではないプレッシャーを感じる。


 人型ではあるが、人では無い。


──魔族だ。


 だが、こんなにも強大な魔力を放つ魔族は、どんな戦地でも……いや、歴史書でも読んだことがない。


 召還した筈のレヴァルの兵士たちも、突如起こった惨劇を飲み込むことができないらしい。


 指揮系統も完全に崩壊して散り散りに逃げようとしていた。


 だが、それは叶わかなった。


 奴は逃げ惑う虫を踏み潰す子どものように、薄ら笑いを浮かべて右腕をゆっくりと上げる。


 その掌から放たれた魔力は、まるで意思を持っているかの様に逃げ惑うレヴァル兵を追従する。


「ギャァァ」とか、「ウワァァ」とか、無数に悲鳴が上がる。


 奴は、弄ぶかのようにレヴァル兵を追い詰める。


 魔法陣を組む間も、剣を振るう間もなく、只々、死を迎えていく。


 それは、正に鏖殺おうさつだった。



 気が付くと、レヴァル兵はみんな死んでいた。


「ひぃっ……」


 誰かが発した、そんな引き攣った声がハッキリと聞こえるくらいに、辺りは静まり返っていた。


 

「総員、構えェ!」


 その声で我に返る。


「不明魔族出現!決して気を抜くなッ!!」


 指揮官の声だった。俺より若くて俺より優秀な彼の声で、軍が統率を取り戻す。


 国境の防衛線で幾度も激戦を経験してきた。練度も士気も、レヴァルとは格が違う。


──俺達はナトレア王国軍だ。


 その自負が、俺達を奮い立たせた。


「魔法部隊、射撃よーーいッ!!」


 どんな戦場でも見たことがない程の絶対的な


 その根源に向けて、ナトレア王国自慢の魔法部隊が幾つもの魔法陣を組み、幾重にも連なった複雑な魔法が構えられる。


 それに呼応する様に、魔族が右腕を挙げた。


 背筋が凍る様な感覚。


 その右腕に、心臓を鷲掴みにされているかのような悪寒がした。


ェえ!」


 無数の魔法が、魔族に向けて放たれる。


 しかし、その魔法が奴に命中することは無かった。


 奴の掌から放たれた禍々しい魔力が、その全てを迎撃し相殺してしまったのだ。


「効果認められず!こっちに向かってきます」


 報告とも悲鳴ともつかない声が響く。


 ふと、兜の隙間から奴の眼が見えた。


 その赤い瞳は、俺達の迎える結末を無言の内に伝えているようだった。


「前衛、攻撃開始!奴は危険だッ、ここで叩く!」


 指揮官の声が戦場の空気を震わせる。


 その声に背中を押されるように、前衛が一斉に突撃する。


 その中には、当然俺も居る。


 どんな戦場でも、怯まずに先陣を切るのが俺達の役目だ。


 だというのに俺の足は、鉛のように重かった。



 俺の隣を走っていたゲイルが奴の懐に飛び込み、渾身の力で剣を振り下ろす。


キンッ


 兜に向けて振り下ろされたゲイルの剣は、半ば辺りから折れていた。


「は?」


 ゲイルが折れた剣を見て愕然としていたのも束の間。


 奴の無骨な拳が、彼の脳天に振り下ろされた。


 ゴシャっという音がして、地面に歪な肉塊が生成された。


 息ができない。


 だが、止まっている暇もない。


 剣に魔力を流し込み、仕込まれた魔法陣を起動する。


 狙うは鎧の隙間。


 あの温度を感じない無機質な赤い瞳に、渾身の一撃を突き立ててやる。


「は?」


 奴はまるで俺の狙いを予知していたかのような最小限の動きで、ゆったりと身を捻る。


 俺の剣は、奴の鎧を掠めて空を切った。


 考える間もなく、その次の瞬間には奴の左腕がまるで鞭のようにしなり伸びてくる。


「クソッ!」


 咄嗟に剣を投げ捨て、両腕でガードを固める。


 痛みを感じる暇もないまま、僕は宙を舞っていた。



 ドフっという鈍い音を立てて俺の背中が地面に叩きつけられた。


 肺から空気が押し出される。


 視界が歪み土埃が舞う中で、辛うじて遠目に見える戦場は、地獄と言っても過言では無かった。


 ナトレアの精鋭部隊が、まるで虫けらの様に次々となぎ倒されていく。


 魔法兵は第二陣を用意している間に全身を奴の魔力で貫かれ、前衛の剣士たちは一撃で地に伏していく。


 無骨で、荒々しく、それでいて圧倒的な力で全てを蹂躙していた。


 抵抗は、無駄だった。


 絶望が全身を包み、遅れて痛みがやってきた。


 両腕の肘から先が、なくなっていた。



「この命に代えても……ッ!」


 指揮官が、叫び声とともに大剣を振り上げる。


 その剣身には複雑な文様が浮かび上がり、異常なまでの魔力が込められているのが分かる。


 だが、が長すぎる。


 奴は当然気付いている。


──駄目だ。


 そう思った瞬間、俺は走り出していた。


 地面に落ちている誰のかも分からないナイフを咥え、無様に喚き散らしながら、必死に走った。



ドスッ


 胸に、衝撃を感じた。


 全身から力が抜け、咥えていたナイフが落ちる。


 下を向くと、自分の左胸から奴の腕が生えていた。


 違う、貫かれたんだ。


 眼を上げると、指揮官が泣きそうな顔で俺の方を見ていた。


 彼の胸までは、奴の腕は届いていなかった。


「たの、んだ……ごほッ、れおねる、しき、かん」


 頼んだ、レオネル指揮官。と。そう言いたかったのだが、ポンコツな口は言うことを聞いてくれなかった。


「うぉぁぁらぁぁぁあ゙アぁあ゙アあッ」



──指揮官の絶叫するかのような大声とともに振り下ろされる大剣を見ながら、俺の意識はそこで途絶えた。


◇◆


 眼を開けると、今では見知った天井だった。


 全身に脂汗をかいて、息も上がっている。


「夢……か?」


 悪夢と呼ぶには、いささかリアルなビジョンだった。


 ベッドから身体を起こし、息を整える。


 窓の外はまだ暗い。


 全身に残る不快感を拭うように水道で顔を洗い、またベッドに腰掛ける。


 疲れているのか、全身を眠気が襲う。


 色々と気になることは多いが、意図に反して意識は薄れゆく。


 僕はまたベッドに倒れ込んだ。

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